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2017年10月 7日 (土)

運慶展『いつも 心に 運慶を。』:2017.10.4

9月18日に願成就院で入手したパンフレット「運慶展」をもとに調べ、“ゆっくり・じっくり拝観”を優先して「夜間貸し切り鑑賞」ツアーに申し込みました。
*昨年5月の東京都美術館「生誕300年記念 若冲展」では、開館前から並び、3時間後にようやく入館できました。入館後も2時間以上もかかったため、入館者限定の「夜間貸し切り鑑賞」ツアーは魅力的でした。

10月4日夜、東京国立博物館で開催中の『UNKEI 運慶』展の「閉館後貸し切り鑑賞」ツアーに参加することができました。
…17時半過ぎ、東京都美術館西門で合流した家人と受付を済ませ、博物館の通用口から館内に入ると、ラウンジにはすでに400~500名の人が待っていました。

●運慶展・スクリーン

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*東京国立博物館の1階から、2階の会場に向かうエスカレーターを写しました。写真は円城寺の大日菩薩像です。

ラウンジでは、運慶作の仏像が祀られた寺院の写真パネルが展示されていました。その中から、円城寺と願成就院のパネルを写しました。

●円城寺・パネル

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●願成就院・パネル

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ツアーは、2グループ(①18:00~18:30の時間帯で大講堂での「運慶展の楽しみ方講座」に参加し、終了後見学/②初めに見学で、18:45~19:15講座参加)でした。私たちは②のグループで、18時から会場に入ることができました。

…17時50分、ラウンジでは“早く見たい気”を発散している人たちが我先に列を作り、18時の開場とともにエスカレータを上っていきました。
私たちは、しんがりで入ることにしました。最後の入場は大正解で、大半の人が見終わった後の第1、第2会場の諸仏をゆっくり鑑賞することができましました。

18時45分、興福寺・辻明俊執事の「運慶展の楽しみ方講座」を聴講し、再び、最後尾で第1、第2会場を回りました。
そして20時を過ぎると、観覧する人もまばらになり、お目当ての仏像と1対1で対面することも可能となって、じっくり・ゆっくり拝観することができました。

今日の拝観で、運慶の凄さを感じた歩歩歩評「運慶 BEST3 & PLUS1」です。
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◆BEST1:大日如来像【奈良・円城寺蔵】
*運慶作の仏像を初めて観たのは2013年、奈良の円城寺・多宝塔の大日如来像でした(2014年にも再訪しました)。両方ともガラス越しの拝観だったので、直接向かい合えることが楽しみでした。
今日の大日如来像は、第1会場の入り口で静かに出迎えてくれました。
柔らかなスポットライトを浴びて両手で智拳印を結んでいる姿に魅せられて、何度も拝観してしましました。間近で対面できた大日如来像は、運慶のデビュー作らしい瑞々しさにあふれていて、歩歩歩評 BEST1でした。

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◆BEST2:厨子入木造大日如来座像【足利・光得寺蔵】
*この厨子入木造大日如来像は、運慶が足利義兼の仏道修行のために造像したと考えられています。
高さ83.3cmの厨子に入った像高:32.1㎝の本像は、運慶作の大日如来像では最も小さいのですが、実際見ると、周りの諸仏を圧倒する美しさと存在感がある大日如来でした。

………………………………………………
◆BEST3:制多迦童子【高野山・金剛峯寺蔵】
*制多迦(せいたか)童子は、運慶一門によって造像された不動明王に仕える脇像の1駆です。
制多迦童子の顔、上半身、手足の色は写真とは違って、紅蓮華(ぐれんげ)と呼ばれる深い赤色でした。
また、360度回ってみると、立像を見る角度によって瞳(玉眼)の色が変化し、強い光を放っていました。
そして、頭髪を5つに束ねた五髻も角度によって変化し、飛躍感のあるスタイルでした。軀全体から光を放っているようなパワーを感じた制多迦童子像でした。

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◆PLUS1:天燈鬼像・ 龍燈鬼像【奈良・興福寺蔵】
*第2会場で並んで立っていた天燈鬼(てんとうき)像と龍燈鬼(りゅうとうき)像が、運慶関連の仏師のBEST1です。
運慶の三男である康弁作の両像は、ユーモアのある龍燈鬼像(像高:77.8cm)と口を開いて睨みを効かす天燈鬼像(像高:78.2cm)が阿吽の形をしていました。
初めに観た龍燈鬼は、頭に載せた燈籠を見ている上目遣いの目(玉眼)と「へ」の字の口元、そして短足の褌姿がほのぼのとした雰囲気を醸し出していました。
次に、天燈鬼像です。筋骨隆々とした胸や腹、腕の盛り上がった筋肉を木の年輪が等高線のように残っていて、彩色前の運慶一派の彫像の凄みを感じました。


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20時30分、会場を出て、ツアー引換券で「運慶・公式図録」をもらいました。

●「運慶・公式図録」表紙・裏表紙

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*英語版の表紙は、玉眼鋭い願成就院の多聞天像でした。

●「運慶学園」PRコーナー

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*最後に、「運慶学園」の黒板を写しました。黒板の『いつも 心に 運慶を。』は、記憶に残るコピーとなりました。

今日の歩歩歩数は、11,800歩でした。

END

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2017年10月 1日 (日)

高麗神社と巾着田・曼殊沙華:2017.9.24

今回の歩歩歩ポ~ンは、9月24日に参拝した高麗神社(こまじんじゃ)と巾着田の曼殊沙華の観覧記です。

9月20日、天皇皇后両陛下が日高市の高麗神社と巾着田曼珠沙華公園を視察されたニュースを見ました。
「高麗神社は、昨年、日高山に登った時、参拝できなかった神社だったね。巾着田は、日高山頂上直下の金乃比羅神社・三の鳥居から見えた巾着のような所だよ!」と、家人に伝えた結果「行ってみよう」となり、今日の歩歩歩ポ~ンのコースとなったのです。いやはや…。
*奥武蔵ほっこり山行:2016.12.18
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2016/12/20161218-9824.html

●JR高麗川駅

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*拝島駅から乗ったJR八高線の沿線風景は、住宅地から次第に畑や森となり、遠くに秩父や武蔵の山々が見えました。そして、9時前に高麗川駅に着きました。

…高麗川駅で、地図「曼殊沙華の花咲く高麗の里(平成29年版)」をもらいました。そして秋風が心地よい高麗川の街を歩き、高麗神社に向かいました。

●栗林

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*日高市は、栗の栽培でも有名です。コースの途中で、毬栗から実を出した栗の木を何度も見かけました。

●出世橋

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*駅から30分くらい歩くと、高麗川に架かる橋に出ました。
この橋のに手前に栗の販売スタンドがあり、見ていると、「今朝、採ったばかりの栗ですよ」とおばあちゃんが声がけしてくれました。橋の周りは栗林で、正に産地直売です。ネットの袋に詰められた大きな栗(300円・他の売店では、同様の栗が500〜800円でした)を買い、橋を渡りました。

■高麗神社・将軍標(チャンスン)

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*JR高麗川駅や西武高麗駅でも見たトーテムポールのような標は、北朝鮮・韓国の村落に見られる将軍標(チャンスン)で、魔除けのための境界標ということです。
この地域に設置されているものは「天下大将軍」、「地下女将軍」と刻まれた男女の標が対になっています。

●高麗神社・説明板

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*参道に高麗神社の由来が書かれた説明板が立っていました。

■高麗神社・参道

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■高麗神社・水天宮

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*参道横の山道を5分ほど登った山の上に鎮座する水天宮は、高麗神社の末社で、江戸時代に水天宮から分嗣された神社です。

■高麗神社・神門

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■高麗神社・扁額

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*高麗神社は、高句麗が7世紀に滅亡した前後に、この地域に移り住んだ渡来人ゆかりの神社で、高句麗からの渡来人・高麗王若光(こまのこきしじゃっこう)を主祭神として祀っています。
神門の扁額には、「高」と「麗」の間に小さく「句」の字が刻まれていました。

■高麗神社・社殿

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*拝殿の前には、多くの参拝者が並んでいました。

●今日のルートMAP

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…高麗神社の参拝を終えて、MAPのコース→を歩き、巾着田を目指しました。
40分ほど歩くと、高麗川に架かるあいあい橋に出ました。この橋を渡ると巾着田です。

●あいあい橋からの巾着田・曼殊沙華①

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*あいあい橋の上から、巾着田の曼殊沙華の花畑を写しました。

●巾着田からのあいあい橋

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●巾着田・曼殊沙華②

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●巾着田曼殊沙華まつり①

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*「巾着田曼殊沙華まつり」の幟が並んだ巾着田内の道です。奥に、昨年登った日高山と金乃比羅神社・三の鳥居が見えました。

●巾着田曼殊沙華まつり②

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*今日は、「巾着田曼殊沙華まつり」です。東側のひろばではテントの店が並び、多くの人でにぎわっていました。
広場では「栗祭り」も行われていて、栗で有名な長野県小布施のキャラクター「おぶせくりちゃん」が栗大使として招待されていました。舞台の左側が
「おぶせくりちゃん」です。そして日高市のゆるキャラ・「くりっかー(中央)」と「くりっぴー(右側)」**も登場しました。

**日高市のHPでは、くりっかー&くりっぴーのプロフィールを「豊かな自然に囲まれた日高市を流れる清流高麗川のほとりで生まれた市の鳥「カワセミ」によく似た鳥です。
特産品の栗を食べ過ぎて栗のような体になってしまい、飛べなくなってしまいました。頭に生えているのは、日本一の群生を誇る曼珠沙華です。巾着田で見つけた魔法の球根のチカラで見た人をえがおでしあわせなキモチにします。」
と紹介しています。

ゆるキャラを見た後、高麗川の河原で昼食をとりました。川辺では、水切りで遊ぶ子供や漫画のキャラクターに変身した若者達が川に入って写真撮影するなど、平和な昼下がりの河原でした。

●巾着田・曼殊沙華③

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*花が満開前の群落で、今日の巾着田では、最も美しいエリアでした。

●巾着田・曼殊沙華④

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*巾着田の一部のエリアでは
、白い花を咲かせた曼殊沙華を見かけました。

●巾着田・曼殊沙華⑤

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*森の中で、陽射しに輝く花と
日陰の花のコントラストが綺麗なエリアでした。

●巾着田・曼殊沙華⑥

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*木の苔と曼殊沙華の緑の茎、赤い花、日本庭園のようなエリアでした。

●巾着田・曼殊沙華⑦

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*巾着田の南西側に立っていた案内板です。
この周りの花の満開は一週間ほど前で、枯れかかっていました(曼殊沙華の花は、高麗川の上流から下流に向かって満開の時期が遅くなるとのことでした)。
今日は、あいあい橋から時計回りに上流に歩いたので、満開前の群落から満開後の群落を鑑賞したことになります。

「巾着田の曼殊沙華は日本一」と言われるように、「いちめんのまんじゅしゃげいちめんのまんじゅしゃげいちめんのまんじゅしゃげ」の風景でした。

今日の歩歩歩数は、22,230歩でした。

END

2017年9月30日 (土)

[4]三嶋大社と鰻、柿田川公園

伊豆の国市から三島市へ北上し、伊豆国一の宮の三嶋大社へ向かいました。

源頼朝が源氏再興を祈願した三嶋大社は、1854(嘉永7)年の東海地震で罹災し、その後1866(慶応2)年に再建されました。

■三嶋大社・拝殿①

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*台風が去った秋晴れの空の下で、舞殿から拝殿を写しました。

■三嶋大社・拝殿②

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■三嶋大社・本殿

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*高さ16mの本殿は、東海地域の古建築社殿で最大級の高さです。

…三嶋大社の参拝後、三島名物のうなぎを求めて旧東海道を歩き、三島広小路の老舗・桜屋を目指しました。

●三島市内MAP(右側→北)

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*三島市の「時の鐘」の傍「うなぎの桜屋」前に立てられたMAPです。MAPの中央下が三嶋大社で、ここから市街地を歩いて来ました。

●桜屋

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*13時20分、桜屋着。店の周りは順番待ちの人たちでいっぱいでした。
この看板の横で順番待ち帳にサインし、店の横を流れる源兵衛川の岸辺で待つことにしました。

●源兵衛川①

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*待ち時間の間に、彼岸花が咲く源兵衛川周辺を探索しました。写真の左側が三石神社、奥の白いコンクリート製の櫓が「時の鐘」です。

●源兵衛川②

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*①の反対側(下流側)です。伊豆箱根鉄道の修善寺行き電車が通り過ぎていきました。

サイン後、1時間30分で2階に上がることができました。長い待ち時間でしたが、源兵衛川周辺の散策や行き交う電車、川の涼風、せせらぎの音などで癒されたひと時でした。

●桜屋・うなぎ重

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*ちょっと山椒をかけ過ぎましたが、ほっこりする美味しい蒲焼きでした。

●司馬遼太郎氏・色紙

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*2階の踊り場に、司馬遼太郎氏の写真と直筆の色紙が架かっていました。

桜屋から再び三嶋大社に戻りました。色紙の言葉ではありませんが、「風船の糸を持ってくれた」三嶋大社の「おかげ」に感謝しました。

…伊豆半島の旅の最後は、日本三大清流の1つ柿田川の水源周辺を散策しました。

●柿田川・わき間①

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*わき間は、柿田川公園の北側・国道一号線の脇にありました。
富士山に降る雨や雪が伏流水となり、ここで湧き出ています。
柿田川湧水群の湧水量は、「1日に70万トンから100万トン程度で東洋一の湧水量」との説明でした。

●柿田川・わき間②

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*わき間からの湧水群が柿田川の始まりです。
柿田川は全長1,2㎞の短い川で、天城山を源とする狩野川に合流しています。

●柿田川公園案内図

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*第1展望台に立つ案内図には、「柿田川湧水のしくみ」と「柿田川で見られる生物」が書かれていました。

■柿田川公園・貴船神社

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*貴船神社は、京都の水の神様である貴船神社から分嗣された神社です。

●柿田川・わき間③

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*遊歩道の脇に、コンクリートで囲まれたわき間を見ることができました。

旅の最後に、駐車場横の水飲み場で名水百選に選ばれている湧水をペットボトルに詰めました。

今回の伊豆半島(2日間)の歩歩歩数は、22,230歩でした。

END
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2017年9月29日 (金)

[3]願成就院・運慶作の諸仏と守山八幡宮

修善寺から下田街道(国道136号線)を北上し、狩野川を渡って伊豆の国市に入りました。
韮山の手前で西に向かい、光照寺前の駐車場に着きました。ここから南に歩き、400m程離れた願成就院を目指します。

■願成就院・山門

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*小ぶりの山門から、大御堂に向かって参道が延びていました。

■願成就院・大御堂①

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*参道の横に古い石塔群があり、奥には六地蔵と大御堂が見えます。左奥は守山(標高102m)の尾根です。

■願成就院・大御堂②

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*いよいよ運慶作の諸仏が祀られた大御堂です。現在、運慶作と言われる31軀(35軀との説もあります)の中で5軀の仏像を同じ空間で観れるのは有難いことです。

…大御堂は、小さな御堂でした。
御堂に入ると、初めに目に飛び込んできたのは、須弥壇の左側の不動明王像(木造137㎝)と脇侍の制咤迦童子(せいたかどうじ・木造82cm)、矜羯羅童子(こんがらどうじ・木造78cm)でした。

次に、須弥壇中央に祀られた阿弥陀如来像(木造142cm)をが見えました。
そして、楽しみにしていた毘沙門天像は、?…!毘沙門天像は、実物大のパネル写真で立っていました。

ボランティア・ガイドの方から「毘沙門天像は、東京国立博物館で9月26日から始まる『運慶』展にお出ましです。」との説明を受け、毘沙門天像が映ったパンフレットをいただきました。

●毘沙門天像・パンフレット

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*9月26日から11月26日にかけて、東京国立博物館で興福寺中金堂再建記念特別展「運慶」が開催されます。
今回見れなかった毘沙門天像と円成寺の大日如来像を含めて22躯の仏像が展示されるので、ぜひ、足を運びたいと思います。

…運慶のデビュー作と言われる円成寺の大日如来像**は、多宝塔のガラスごしに見ましたが、光がガラスに反射して、よく見えなかった思いが残っています。
**柳生の里・円成寺・滝坂の道:2015.4.27
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2015/05/2015427-6f0c.html

今日はガラス越しではなく、直接観ることができました。
願成就院の諸仏は、円成寺・大日如来像の次の作品と言われていて、35歳頃の運慶の躍動感が直に伝わってきました。

ボランティア・ガイドの方から、
・願成就院は、北条時政が源頼朝の奥州征伐の戦勝を祈願して、平泉の毛越寺を模して浄土庭園様式の寺院を建立したこと
・願成就院の建立に併せて、奈良から運慶を呼んで諸像が造られたこと
・願成就院は幾度も戦火に会い、苑地の大部分の堂宇が消滅したこと
・願成就院に残る5躯の仏像は、戦火や廃仏毀釈から守られたこと
・願成就院は、檀家が少なく荒廃していたが、浅草・雷おこしの社長や浅山講の寄進などで大御堂が再建されたこと
・5駆の胎内の銘札から、運慶作であることが確認でき、制作年(文治2年・1186年)や施主(北条時政)も判明したこと
・2013(平成25)年に、それまでの重要文化財から国宝となり、参拝が増えたこと

等々…、沢山の話を伺いました。

…大御堂の奥に建つ宝物館に入りました。
宝物館には、北条政子七回忌供養の地蔵菩薩像や北条時政の像、運慶の名が記された銘札などが並んでいました。

■宝物館・胎内銘札

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*宝物館で許可をもらい、制咤迦童子と矜羯羅童子の胎内銘札を写しました。

■胎内銘札・説明板

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●願成就院・浅山講石碑

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*境内に、大御堂の再建に寄与した浅山講の記念碑が建っていました。

●北条時政の墓

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*石塔群の裏に、時政公の墓がありました。

…願成就院を後にして、守山の麓に鎮座する守山八幡宮に向かいました。
守山八幡宮は、647(大化3)年に大山祗神を祭神として創建され、907(延喜7)年には、宇佐八幡宮の八幡神が勧請され合祀されました。

■守山八幡宮・参道

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*参道の石段(150段余り)の奥に守山八幡宮の本殿が見えました。私達が参拝している間、高校生が階段の駆け上がりを繰り返していましたが、参拝を終えて拝殿まで下ると、父親らしき人がストップウォッチ片手に「あと○秒!」と声掛けしていました。巨人の星のようなシーンでした。

■守山八幡宮・本殿

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*ここは、源頼朝が源氏の再興を祈願して挙兵した所です。
武家が守護神とした八幡神を祀る守山八幡宮で、1180年(治承4)年頼朝が
兵した情景が目に浮かびました。

願成就院、守山八幡宮を参拝して、800年前は願成就院の苑地だった住宅地と畑の中を通って駐車場に戻りました。

[4]三嶋大社と鰻、柿田川公園に続く

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2017年9月25日 (月)

[2]晴天の富士と修禅寺

19日朝、台風は日本海に抜け、伊豆は台風一過の晴天となりました。

●富士山

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*朝、7時過ぎに宿から見た富士山です。晴天の下、富士は「頭を雲の上に出し」ていました。

…朝方まで吹き荒れた風で落ちた枝や木葉の道を慎重に下り、北条氏・源氏縁の修禅寺に向かいました。
*修禅寺HP:
http://shuzenji-temple.com/index.html

■修禅寺・山門

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■修禅寺・水屋①

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■修禅寺・水屋②

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*龍の口から流れていたのは、源泉かけ流し温泉でした。御手水ですが飲料可とのこと、手と口を清めた後で飲んでみると、優しい白湯のようでした。

■修禅寺・本堂①

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*修禅寺は、807(大同2)年に弘法大師開基と伝わる名刹です。

■修禅寺・本堂②

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*屋根には、逆立ちをしている唐獅子と龍の鬼瓦が睨みを効かしていました。

■修禅寺・寺犬「空」

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*社務所前にいた犬の空(くう)です。住職から「『色即是空』から『空』と名付けたんですよ」と教えていただきました。優しい仕草の空でした。

修禅寺を出て、桂川に架かる虎渓橋を渡り、対岸の山麓にある源範頼の墓と指月殿に向かいました。

●虎渓橋

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■源範頼の墓①

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*北条氏によって1203(建仁3)年に二代将軍の座を奪われた源頼家は、修禅寺に幽閉され、翌年暗殺されました。

■源範頼の墓②

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*「征夷大将軍左源頼家尊霊」の文字が刻まれた石碑(左側)の背後に2基の五輪塔がありました。
これが源範頼の墓石とのこと、鎌倉幕府の二代将軍の墓とは思えない小さな墓石でした。

■指月殿①

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*指月殿(しげつでん)は、修善寺で暗殺された源頼家の冥福を祈って母親の北条政子が建立した菩提所で、源範頼の墓の西側に建てられていました。

■指月殿②

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*お堂には、蓮の花を持った釈迦如来坐像が安置されていました。

指月殿を参拝した後、再び虎渓橋を渡り、修禅寺の隣に鎮座する日吉神社を参拝しました。

■日吉神社①

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*日吉神社は、修禅寺の創建時に山王社として建立されました。

■日吉神社②

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*境内には、巨大な夫婦杉や源範頼が幽閉された信功院跡もあり、700年の歴史の趣がありました。

…修禅寺を後にして、いよいよ今回の旅のメインテーマ「運慶作の仏像拝観」です。一路、願成就院を目指しました。

[3]願成就院・運慶作の諸仏と守山八幡宮に続く

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2017年9月23日 (土)

●伊豆半島の旅-[1]台風前の天城越え:2017.9.17-18

今回の歩歩歩ポ~ンは、9月17日から18日にかけて回った伊豆半島を4回シリーズで特集します。

[1]台風前の天城越え
[2]晴天の富士と修禅寺
[3]願成就院・運慶作の諸仏と守山八幡宮
[4]三嶋大社と鰻、柿田川公園

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[1]台風前の天城越え

…9月17日、九州に上陸した台風18号が東進する中、私達が乗ったmomo2号は東名高速に入り、厚木から小田原・厚木道路を走りました。
そして、熱海から伊東に向かう海岸線では、相模灘から吹く東風が強くなってきました。

●海岸の荒波①

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*昼食で立ち寄った北川温泉の海岸です。打ち寄せる波が海岸の岩に当たって、白い飛沫をあげていました。

●海岸の荒波②

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…北川温泉から河津に向かい、温泉会館で一風呂浴びた後、国道414号線を通って天城峠の天城山隧道を目指しました。

国道414号線の新天城トンネルを抜けて、天城峠の北側から旧道に入ると、雨脚が強くなりました。
天城山隧道(旧天城トンネル)までの旧道は、伊豆の踊子の書き出しのように「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思う頃、雨脚が杉の密林を白く染めて…」の様な風景でした。

●天城山隧道①

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*天城峠の北側トンネル入口です。トンネルは真っ直ぐに延びていて、入口(出口)からは反対側の出口(入口)が見えました。

●天城山隧道②

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*隧道の要石の上に、「天城山隧道」と刻印された石の扁額がありました。

●天城山隧道・案内板

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*天城山隧道は標高708.74mにあるトンネルで、案内板には、隧道の長さ:446m、幅員:3.5m、高さ:3.5mと書いてありました。

北側の隧道入口から南側まで、歩いて往復することにしました。

●天城山隧道③

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*天城山隧道の内部です。国内で最長・最古の石造道路隧道は、壁面から天井にかけて石がアーチ形に積まれていました。

●天城山隧道④

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*天井部の石積です。「巨大な3Dあみだくじ」のような美しい積み方です。

●天城山隧道⑤

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*南側の隧道入口です。

●天城山隧道⑥

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*南側の隧道入口から20mほど離れたところからトンネルを写しました。隧道の南側は雨も無く、陽射しを浴びていました。

●天城山隧道⑦

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*南側の「天城山隧道」扁額です。扁額を観察して発見!南側の「天城山隧道」の刻印は凹で、北側は凸の刻印でした。

●天城山隧道・説明板

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天城峠を下りて修善寺に向かい、今日の宿泊先に向かいました。

[2]晴天の富士と修禅寺に続く

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2017年8月26日 (土)

銀座散策と八月納涼歌舞伎:2017.8.18

今日は、八月納涼歌舞伎の観覧日です。
第3部「野田版 桜の森の満開の下」の上演は、17時45分開場・18時30分開演だったため、観劇前に久しぶりに銀座を散策しました。

●GINZA SIX①

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*今年の春にオープンしたGINZA SIX(ギンザ シックス)は、初めてです。早速、館内中央の吹き抜けに吊るされた草間彌生の新作を観ました。

●GINZA SIX②

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*赤いドットのカボチャ・バルーンが12個、シャンデリアのように吊り下げられていて「草間ワールド」そのものでした。

GINZA SIXから銀座通りを歩き、三越経由で歌舞伎座に向かいました。

●歌舞伎座①

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*歌舞伎座の玄関です。左側には、八月納涼歌舞伎の大ポスターが貼られていました。

●歌舞伎座②

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*歌舞伎座の玄関を東側から写しました。屋根の上には高層ビルとなった歌舞伎座タワーの窓が見えています。

●歌舞伎稲荷神社

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*かつては歌舞伎座の劇場脇に祀られていた歌舞伎稲荷神社が、2015(平成27)年2月に現在の地に遷座されました。

歌舞伎稲荷神社を参拝した後、地下2階の木挽町広場の長椅子で涼みながら、開場を待ちました。

●歌舞伎座・内観①

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*開場後、まずは3階席まで上り、歌舞伎座の舞台を写しました。緞帳『朝光富士』(松尾敏男画)が鮮やかです。

●歌舞伎座・内観②

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*開演前に、2階の座敷から舞台を写しました。ライトアップされた定式幕(じょうしきまく)も鮮やかでした。

●八月納涼歌舞伎ポスター

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存命であれば、中村勘三郎もこの舞台に立っていたであろう「野田版 桜の森の満開の下」では、耳男役の勘九郎の汗だくの演技と夜長姫役の七之助が光っていました。

今日の歩歩歩数は、12,800歩でした。

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【おまけ】
8月8日、帰宅時に大きな虹を観ました。下車した駅のロータリーを歩いていると、バス停やビルの前でスマホを空に向けている人たちがいました。
…立ち止まって、空を見ると、大きな虹が架かっていました。

●8月のレインボー①

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*18時35分のレインボーです。なんと外側にもう一つの虹が架かっていて、2重の虹でした。思わず「オーバー・ザ・レインボー」を思い出していました。

●8月のレインボー②

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*18時40分のレインボーです。東側の空が晴れてきて、虹の端が薄くなってきました。
*この写真を送ったヌキナさんから、「カーペンターズの『レインボー・コネクション』を思い出しました。カレンの歌声が沁みますね。」の返信がありました。…夏の夕暮れの心に沁みる虹でした。

…8月は、猛暑の後に雨が続くあいにくの天気でした。しかし…、この日の虹が心に残り、良い思い出ができた8月でした。

END

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2017年8月11日 (金)

みかも山と茂林寺散策:2017.8.3

夏休みの一日、館林の野口師匠が定期的に歩いている定点観測地を一緒に散策しました。
*師匠の定点観測地は、栃木県・佐野市のみかも山や群馬県・館林市の茂林寺湿原、渡良瀬遊水地などで、四季に亘る動植物の営みをブログ「つれづれ野山あるき」**の写真で紹介しています。 
**「つれづれ野山あるき」コピー:「つれづれなるままに館林周辺に残された森や林や近郊の低山をぶ~らぶらしながら見つけたお気に入りをメモしています。」

今日は、野口師匠にガイドをお願いして、みかも山公園と茂林寺を一緒に散策しました。

9時10分に茂林寺前駅で下車し、師匠と合流。”まず、涼しい午前中にみかも山を登ろう。”ということになり、佐野に向かいました。
*みかも山(三毳山)は、関東平野の北端に位置し、南北約3.5kmにわたって連なる細長い山で、その一角が栃木県営都市公園・みかも山公園となっています。

●みかも山・竜ヶ岳

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*東口広場・駐車場から見たみかも山の最高峰・青竜ヶ岳(229m)です。

●みかも山公園・案内図

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*案内図の中央下の東口広場から登り始め、山の斜面を中心に歩きました。

●キツネノカミソリ①

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*尾根の斜面の明るい所に、キツネノカミソリが群生していました。

●みかも山・登山道

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*コナラやクヌギの広葉樹林の中の登山道は、遊歩道のようでした。広葉樹林の中はひんやりしていて、正に「納涼山登り」です。

●キツネノカミソリ②

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*中岳の尾根の斜面に広がるキツネノカミソリの群生地**です。
「キツネノカミソリは、明るい広葉樹林に生育するヒガンバナ科の多年草で、名前は葉の形がカミソリに似ていて、花の色がキツネの体毛に似ていることが由来」と師匠が教えてくれました。
**みかも山は、カタクリの群生地としても有名です。山の斜面に一斉に咲くカタクリの花も観てみたいと思いました。

●キツネノカミソリ③

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*キツネノカミソリを望遠で写しました。キツネノカミソリの花は、ヒガンバナをオレンジ色にしたような山野草でした。

●カラマツソウ

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…中岳(210m)から青竜ヶ岳に延びる尾根道をしばらく歩くと、山頂広場に出ました。
歩き始めて約1時間、広場の長机とベンチを見て「お茶会にしよう。」ということになりました。

●山頂広場

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●ずんだ餅とコーヒー

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*いつもの吉木堂のずんだ餅とコーヒーは、師匠の差し入れです。どちらも旨かった!

●机の上の蟻

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*机の上に落ちたずんだ餅の餡(すりつぶした枝豆)を、蟻がせっせと運んでいました。ピントがずれてしまいましたが、右下の茶色い粒(蟻)が白っぽい粒を運んでいます。

●山頂広場・道祖神

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*お茶会した山頂広場には、石の祠がありました。

●道祖神と説明板

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●オトコエシ

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*名前を師匠に教えてもらいました。 「オトコエシ(男郎花)は、オミナエシ(女郎花) と同じ仲間で、花の色がオトコエシが白、オミナエシが黄色だよ。」とオミナエシのことまで教えてもらい感謝。

●バッタの幼虫

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*公園のコンクリート製の丸太の上にいました。全身が綺麗な緑色のバッタでした。
トノサマバッタの幼虫と思いましたが、帰って「バッタの幼虫」で調べると、トノサマバッタは幼虫でも足が茶色なので、ヤマトフキバッタの幼虫のようです。

●みかも山公園・木道

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●タチギボウシとミソハギ

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●トチノキ

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*トチノキ(左奥)とトチノキの葉を観る野口師匠です。

●トチノキの葉

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*トチノキの葉は大きく、葉柄から葉先までの長さは40~50cmになります。「長い葉柄の先に小葉5〜7枚ついているけど、全部で1枚の葉(掌状複葉)
だよ。」と教えてくれました。

●トチノキの実

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*これが実ると、トチ餅になるんですね。

●シオカラトンボ(望遠)

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*みかも山の麓で、シオカラトンボを見つけました。羽の模様が綺麗です。
 

みかも山を下りて、館林市に戻りました。
途中、蕎麦を食べて、茂林寺に向かいました。

*茂林寺(もりんじ)は、1426(応永33)年に大林正通大和尚によって開山され、文福茶釜ゆかりの寺として知られる曹同宗の名刹です。

●茂林寺・総門(黒門)

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*総門は、1468(応仁2)年に建立されました。

●茂林寺・山門と狸像

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*総門と 山門間の参道では、20体ほどの夏バージョンの狸像(フラ狸)が出迎えてくれました。

●フラ狸①

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●フラ狸②

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●茂林寺・守鶴堂

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*大林正通大和尚と共に茂林寺を開いた守鶴和尚を祀る堂です。守鶴和尚は、分福茶釜を茂林寺にもらたしたと伝えられています。

●守鶴堂・こま狸①

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*守鶴堂の左側に、口を閉じた吽形(うんぎょう)のこま狸(石製)が立っていました。

●守鶴堂・こま狸②

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*守鶴堂の右側には、口は開いていませんが、巨大なカタツムリで遊ぶ阿形(あぎょう)のこま狸(陶器製)が立っていました。

●茂林寺・本堂①

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*茂林寺は木曜日が定休日とのこと。本堂の扉は閉まっていて、本堂内に安置された分福茶釜を見ることはできませんでした。

●茂林寺・本堂②

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*茂林寺裏の墓地から本堂を写しました。茅葺の屋根の一画には、野草がたくましく育っています。

…茂林寺の裏手の茂林寺沼湿原(師匠の定点A :湿原入り口)に向かいました。

●茂林寺沼湿原・入口

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●茂林寺沼湿原・説明板①

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●茂林寺沼湿原・説明板②

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●茂林寺沼湿原・中央通路

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茂林寺と茂林寺沼湿原を散策した後、館林駅に向かいました。

●館林駅前・温度計

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*日本一の暑さの館林、今年も38.8度(8月9日)を記録しましたが、3日は、なんと29度(低い!)でした

今日の歩歩歩数は、14,500歩でした。

END

2017年8月 1日 (火)

[5]花の山・至仏山 ②:2017.7.21

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[5]花の山・至仏山 ②

至仏山から小至仏山を通り、鳩待峠に下山しました。
[5]花の山・至仏山 ②では、下山道で見つけた高山植物と尾瀬の風景をUPします。

●至仏山・石碑[10:08]

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*至仏山は、太平洋側と日本海側の分水嶺です。この石碑の奥に降った雨は、水上の方に流れ下り、利根川と合流して太平洋に注いでいます。
逆に、石碑の手前に降った雨は、尾瀬ヶ原のヨッピ川に流れ、奥只見ダムを経て阿賀川や阿賀野川となり、日本海に流れ出るのです。

🌼ウラジロヨウラク② [10:20]

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*ウラジロヨウラクは、別名をツリガネツツジというそうです。釣鐘状で紅紫色の花がぶら下って咲いていました。

●至仏山・南尾根[10:22]

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*水上側の谷から稜線にガスが吹き上げてきました。

🌼ホソバヒナウスユキソウ②[10:33]

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🌼ハクサンシャクナゲ③[10:34]

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●小至仏山・北尾根[11:00]

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*小至仏山に登り返す途中、尾瀬ヶ原と燧ケ岳を写しました。小至仏山の尾根道も蛇紋岩(下部)とハイマツの間を抜ける道でした。

🌼タカネナデシコ②[11:04]

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*至仏山に登る途中で見たタカネナデシコ①に比べると、花の色が濃いタカネナデシコです。中央部に蕾も見ることができました。

●小至仏山・山頂[11:09]

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*石碑には、「小至仏山頂 二、一六二米」と記されていました。

🌼シナノキンバイ②[11:32]

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●小至仏山・南尾根の雪渓[11:33]

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🌼チングルマ③とオゼソウ②[11:34]

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●小至仏山・南尾根の道

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*尾根の登山道は、いたるところに蛇紋岩があり、その間を通ります。
長年登山靴で踏まれた岩は、
丸く削られ磨かれます。雨やガスで水分を含むと滑りやすいので、3点確保で慎重に歩きました。

🌼イワカガミ②とチングルマ④[11:49]

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●オヤマ沢田代・分岐[11:56]

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●至仏山と小至仏山[12:18]

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*下山道から、至仏山(右奥)と小至仏山(中央)を写しました。
地図上では短い距離でも、実際に歩いた登山道を観ると”あんな遠くから歩いてきたんだ…”と足に感謝し、感慨深くなってしまうものです。

●尾瀬ヶ原と鳩待峠[12:21]

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*下山道から尾瀬ヶ原(左奥)と鳩待峠(右側中央・尾根の鞍部)を写しました。今日歩いたコースとスタートした鳩待峠休憩所も見え、尾瀬の西側を俯瞰することができました。

●鳩待峠・登山者カウンター[13:14]

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*鳩待峠・至仏山口の手前で登山者カウンターを通過しました。
尾瀬ヶ原周辺では、鳩待峠の3ヶ所を含め6ヶ所のカウンターで入山者数の自動計測を行っています。

13時15分、樹林の中の登山道から明るい広場に出て、鳩待峠に到着しました。

●鳩待峠休憩所前広場から見た至仏山[13:25]

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●尾瀬探勝図

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*鳩待峠休憩所内に架けられた尾瀬探勝図です。今日は、左下の赤いラインの内側とライン上の一部の登山道を歩いたことになります。

鳩待峠休憩所で、「無事に下山できたこと」、「数多くの山の花を観ることができたこと」「尾瀬ヶ原と燧ケ岳と至仏山の素晴らしい風景のこと」等々、を振り返りながら、至福のBeer timeとなりました。

遥かな尾瀬の第一次山行(7/7-9:59,230歩)と第二次山行(7/20-21:23,270歩)の歩歩歩数の合計は、82,500歩でした。

END
 

[4]花の山・至仏山①:2017.7.21

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[4]花の山・至仏山①

至仏山の登山口を7時10分に通過しました。
登山口の標高が約1,400mなので、これから828mの上りとなります。気合を入れて木の階段を登りました。

[4]花の山・至仏山①では、登山道で見つけた高山植物と、高度を上げるごとに変化する尾瀬ヶ原と燧ケ岳の写真をUPします。

🌼ハクサンシャクナゲ①[7:15]

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🌼ハナニガナ[7:53]

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●登山道から望む尾瀬ヶ原①[8:04]

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*登山道の展望が開けたところで、尾瀬ヶ原を写しました。池塘が朝陽を反射して鏡のようでした。

●至仏山の大盆栽①[8:00]

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*白骨化した木が太陽の塔のようにも見えましたが、周りの松と合わせると巨大な盆栽です。

●登山道から望む尾瀬ヶ原②[8:47]

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*急登に作られた木の階段です。この辺から、登山道の周りに数多くの高山植物が見られるようになりました。

🌼ヨツバシオガマ[8:59]

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🌼ウラジロヨウラク①[9:00]

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🌼タテヤマリンドウ①[9:04]

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🌼ハクサンシャクナゲ②[9:05]

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🌼コオニユリ①[9:12]

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🌼タカネナデシコ①[9:12]

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●登山道から望む尾瀬ヶ原③[9:15]

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*尾瀬ヶ原と雲がかかっていた燧ケ岳の全容が見えてきました。

🌼チングルマ①[9:16]

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*チングルマ②の花後の状態です。花弁が落ちると、花柱が長くのび羽毛状となります。 

●至仏山の大盆栽②[9:17]

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🌼ホソバヒナウスユキソウ① [9:21]

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*至仏山の蛇紋岩の崩壊地帯に咲いていました。
ホソバヒナウスユキソウは、ミヤマウスユキソウが蛇紋岩の酸性土壌に適応した変種といわれています。
 

●至仏山・高天原①[9:22]

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*高山植物の宝庫・高天原です。ハイマツを抜けた蛇紋岩の崩壊地帯の周りには、至仏山固有の高山植物が花を咲かせていました。

●登山道から望む尾瀬ヶ原④[9:23]

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*高天原①の地点から、反対側を写しました。登山者が、天上の花園を回遊しているような風景でした。

🌼コオニユリ②[9:27]

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*木道の階段の間に、コオニユリの花が咲いていました。

🌼タカネシュロソウ[9:28]

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🌼ジョウシュウアズマギク [9:36]

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*ジョウシュウアズマギクは、朝日岳、谷川岳、至仏山の蛇紋岩の崩壊地だけに生える高山植物です。
淡紫色の花びら状のものは舌状花で、中心部の黄色い部分は筒状花の集まりです。

 

🌼タテヤマリンドウ②[9:37]

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*タテヤマリンドウ①の青紫色に比べると、白色の小粒の花でした。

●至仏山・雪渓[9:38]

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🌼イワカガミ①[9:41]

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*岩場に生え、葉に光沢があることから「岩鏡(イワカガミ)」と名付けられました。

🌼ハクサンイチゲ①[9:41]

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🌼ハクサンイチゲ②[9:42]

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*このハクサンイチゲは、①の近くの登山道沿いの風の強い所に健気に咲いていました。

🌼オゼソウ①[9:43]

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*尾瀬の至仏山で発見されたため、オゼソウという名がつけられたそうです。

🌼シナノキンバイ①[9:49]

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*漢字では、
「信濃金梅」と書きます。「黄金の花びら」に見えるのは、萼片です。

🌼チングルマ②[9:50]

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9時50分、至仏山のピークに着きました。山頂には30名くらいの登山者がいて、石碑の前で写真を撮ったり、水分補給をしていました。

●至仏山・山頂三角点[9:52]

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*至仏山・山頂には、標高2,228.1mの二等三角点が設置されていました。

[5]花の山・至仏山②に続く

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