2016年12月 2日 (金)

●熊野古道②‐熊野本宮大社と中辺路、闘鶏神社

熊野川沿いの国道169号線を遡って、熊野本宮大社に向かいました。

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[2]熊野本宮大社と中辺路、闘鶏神社

■熊野本宮大社・鳥居

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■熊野本宮大社・神門

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*神門には注連縄が架けられ、申の絵馬の両脇には八咫烏(やたがらす)の飾り藁が掲げられていました。

■熊野本宮大社

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*1889(明治22)年の大水害で、旧熊野本宮の中四社・下四社が流されました。現在の熊野本宮大社は、1891(明治24)年に流失を免れた上四社3棟を移築・再建したものです。
熊野本宮大社は、左から西御前(結宮・第一殿)→中御前(結宮・第二殿)→証誠殿(本宮・第三殿)→東御前(若宮・第四殿)で並んでいます。

■熊野本宮大社・満山社

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*東御前の右側に祀られた満山社です。
神殿内の参拝順序に則って、①証誠殿(素戔嗚尊)→②中御前(速玉大神→③西御前(夫須美大神)→④東御前(天照大神)→⑤満山社(八百萬の神)の順で参拝しました。

■熊野本宮大社・本宮勝守

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*熊野本宮大社でお守りを買いました。
「本宮勝守」が並んだコーナーには、素戔嗚命(すさのうのみこと) の御名の
正勝吾勝:人に対して勝つことよりも自分自身に勝つ神」の意味が、英語でVictory amulet  Use the power Susanoo Omikami to win personal battles」と表記されていました。

…熊野本宮大社から国道169号線を渡って、大斎原(おおゆのはら)まで歩きました。

■旧社地大斎原・大鳥居①

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*水田の向こうに、大斎原の大鳥居と杉の森が見えてきました。大斎原の森は、川霧に包まれ、しっとりとした空気が漂っていました。

■旧社地大斎原・大鳥居②

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*2000(平成12)年に建立された日本一(幅約42m、高さ約34m)の大鳥居です。

■旧社地大斎原・大鳥居③

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*大鳥居の中央に八咫烏が掲げられていました。

■旧社地大斎原

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*大斎原の旧社(熊野坐神社)跡は土壇状に整備され、流失した中四社・下四社を祀る石祠が建てられていました。

■旧社(大斎原)水害前の絵図

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*かつての熊野坐神社は、熊野川の中州(大斎原)に鎮座していました。水害前の絵図から当時の壮大な境内の様子が伺えます。

●大斎原前の熊野川

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*大斎原から熊野川の川岸に出てみました。熊野川は上流のダムの影響のためか水量が少なく、河原は石で埋め尽くされていました。
昔はこの河原に熊野川の豊かな流れがあり、岸辺は巡礼用の舟が行きかっていたのでしょう。熊野川が熊野三山への重要な参詣道(の川)だった頃の面影が浮かんできました。

中世の上皇や貴族による熊野三山の巡礼は、中辺路(なかへち)の道を辿って熊野本宮大社を詣でました。その後、大斎原の川岸から熊野川を下り、新宮の熊野速玉大社や熊野那智大社に向かった(帰途も熊野川を遡上して本宮へ戻り、中辺路を戻って都へと帰ることが一般的だった)そうです。

…その中辺路の一部、大坂本王子と近露王子をむすぶ参詣道を語り部さんの話を聞きながら歩きました。

●牛馬王子口・バス停

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*大坂本王子と近露王子の間にある「道の駅 熊野古道中辺路」前のバス停です。ここから、熊野古道・中辺路コースに入りました。

●箸折峠・道標

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*箸折峠(はしおりとうげ)の由来は、熊野行幸中の花山法皇が食事のため休憩した際、近くに生えていた萱を折って箸にしたため「箸折」の名がついたと伝えられています。

●箸折峠・石仏と牛馬童子

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*箸折峠の小高い丘に、役行者の石仏と花山法皇法皇の旅姿を偲んで明治時代に彫られたという牛馬童子(高さ50cm程)が立っていました。

●近露の里

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*牛馬童子像から近露の里への道は、石敷の急な下り坂で、雨上がりの道を慎重に下りました。

●近露王子

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*近露王子(ちかつゆおうじ)は、中辺路で中でも社格の高い王子**のひとつで、王子跡の周辺には、かつて熊野詣をする天皇や上皇などの宿所がありました。
**王子とは、熊野古道の紀伊路・中辺路沿いの神社のうち、皇族・貴人の熊野詣に際して先達をつとめた熊野修験によって組織された一群の神社のことです。

…近露王子から、熊野古道の入口である滝尻王子に向かいました

●熊野参詣道・コース図

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*コース図の左端が滝尻王子で、左から1/3の地点が近露王子、そして右端が熊野本宮大社です。
中辺路は、川沿いが増水や渡渉の繰り返しで歩けないため、山と山里との上り下りの繰り返しが続く険しい道であることがわかります。

●滝尻王子宮

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●滝尻王子・中辺路起点

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*熊野三山の聖域のと入口されていた滝尻王子は、参詣者たちが奉幣を行い、王子前の川に身を浸して沐浴(水垢離の儀礼)を行ったところです。
語り部さんが「滝尻王子は尾根から山裾に広がる原生林の中に磐座があり、磐座祭祀の場であるとともに熊野本宮に対する浄地・聖地です。」と説明してくれました。

…中辺路を経て、和歌山県田辺市にある闘鶏神社(とうけいじんじゃ)を参拝しました。
*闘鶏神社は5世紀初めに熊野権現を勧請し建立され、白河法皇の時代に熊野三所権現を勧請した神社です。
熊野権現の三山の参詣に替えるという三山の別宮的存在です。今年(2016)年、世界文化遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」に追加登録されました。

■闘鶏神社・闘鶏像

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■闘鶏神社・拝殿

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■闘鶏神社・社殿

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*闘鶏神社は、1891(明治24)年に熊野本宮大社が流失する以前の社殿の並び方をしているそうです。

今日は、熊野本宮から中辺路の道を辿って滝尻王子、そして闘鶏神社の参詣と続き、「紀伊山地の霊場と参詣道」の世界遺産を五感で感じることができました。

[3]熊野速玉大社と花窟神社に続く

2016年11月30日 (水)

●熊野古道①‐那智大滝と熊野那智大社 :2016.11.13-15

夏の出羽三山に続き、熊野古道を辿りながら熊野三山と世界遺産「紀伊山地の霊場と参詣道」を巡りました。
*熊野三山は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社の3つの神社の総称で、日本全国に約4000社ある熊野神社の総本社です。

歩歩歩ポ~ンでは、今回の旅を

[1]那智大滝と熊野那智大社
[2]熊野本宮大社と中辺路、闘鶏神社
[3]熊野速玉大社と花窟神社

の3回に分けて特集します。
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[1]那智大滝と熊野那智大社

熊野三山の一番目は、大門坂を上り参詣した熊野那智大社(くまのなちたいしゃ)でした。

■大門坂・鳥居

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*大門坂の入口に立つと、石の鳥居の奥に朱塗りの小橋が見えます。この橋が振ヶ瀬橋(ふりかせばし)と呼ばれ、那智の聖域と俗界とを分かつ橋と伝えられています。
振ヶ瀬橋を渡り、大門坂に向かいました。

●大門坂①

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*大門坂の入口に聳える夫婦杉を過ぎると、坂の上の方から平安衣装を纏った女院?が下りてきました。
女院の方々は、袖からデジカメを取り出し、「写真をお願いできますか…」と宣われたので、パチリ。その後、お許しをいただき、この写真を撮らせていただきました。

●大門坂②

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*①と同じ参道から、夫婦杉付近を下りて行く女院を写しました。
すると…大門坂を上ってくる烏帽子・狩衣姿の童がいて、まるで平安時代の上皇の熊野御幸のようでした。

…大門坂から那智大滝に向かいました。

■那智大滝と飛瀧神社①

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*飛瀧神社(ひろうじんじゃ)は、鳥居の奥の那智大滝(なちのおおたき)を直接参拝します。飛瀧神社は、出羽三山・湯殿山神社本宮と同じく本殿や拝殿がなく、それぞれ流れ落ちる滝、熱湯の湧き出る岩が御神体となっているのです。

■那智大滝と飛瀧神社②

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*那智大滝は、銚子口の幅13m、落差133m、滝壺の深さ10mの名瀑です。滝の水飛沫を浴びながら鳥居の下から参拝しました。

…飛瀧神社を後にして467段におよぶ石段を上り、標高約500mの山中に鎮座する熊野那智大社に向かいました。

■熊野那智大社・鳥居

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■熊野那智大社①

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*熊野那智大社の拝殿の前に、赤い袴の巫女さんが颯爽と歩いていました。

■熊野那智大社②

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*熊野那智大社は、熊野夫須美神(ふすみのかみ)を主祭神とする神社です。
社殿は熊野本宮大社や熊野速玉大社のように横一列に並ばず、主要五社殿と八社殿及び御県彦社が矩折して配置されていました。

■青岸渡寺・全景

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*全景図の左端が熊野那智大社、その右側が青岸渡寺(せいがんとじ)・本堂、そして右端が那智大滝という神仏信仰の聖地です。

■青岸渡寺・本堂

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*那智山・青岸渡寺は、一千日の滝篭りをした花山法皇が、988(永延2)年に御幸され、西国三十三ヶ所第一番札所として定めたと言われています。

■青岸渡寺・三重塔と那智滝

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【おまけ】

●平安装束の八咫烏

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*青岸渡寺の売店前で、平安装束の八咫烏(やたがらす)に会いました。

●那智黒碁石と碁石蛤

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*熊野那智大社の参道沿いに並ぶ土産物店の軒先に、碁石の黒石、白石の原料となる那智黒石と蛤の殻(どちらも碁石の幅にくり抜かれています)が吊るされていました。

[2]熊野本宮大社と中辺路、闘鶏神社に続く

2016年11月27日 (日)

●佐渡島を訪ねて③‐順徳天皇・世阿弥・日蓮縁の地

佐渡島は、第84代・順徳天皇をはじめ、日蓮、世阿弥が配流された地で、中世の歴史的な史跡や寺社が残っています。また、北前船や佐渡金山など江戸時代の歴史も辿ることができます。
今回、これらの史跡を訪ね、在りし日の面影を忍びました。

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[3]順徳天皇・世阿弥・日蓮縁の地

…真野御陵(まののみささぎ・順徳上皇火葬塚)は、真野の町から小佐渡山地に向かう小高い尾根にありました。

●真野御陵①

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*歴代の天皇陵と同じ宮内庁の案内板が立っていました。

●真野御陵②

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*順徳天皇は、父の後鳥羽上皇よる鎌倉幕府の倒幕計画(承久の乱)に参画したものの北条義時によって鎮圧され、1221年、佐渡に流されました。
順徳(上皇)は、在島22年後に46歳で崩御、真野御陵で火葬された後、京都大原の三千院から勝林院へ向かう参道沿いの大原陵(おおはらのみささぎ)に後鳥羽上皇とともに眠っています。


●佐渡赤玉石

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*真野御陵入口の石材店に陳列されていました。赤玉石(あかだまいし)の色彩の美しさは日本三大名石のひとつとされていて、庭石・飾石・貴石として貴重な石になっています。
「看板の前の赤玉石が5000万円」と聞いて、思わず触ってしまいました。

…真野御陵の参拝後、麓の佐渡歴史伝説館で佐渡の歴史や伝説(順徳上皇の配所の月、日蓮の塚原問答、世阿弥の雨乞いの舞)を見学しました。その後、佐々木象堂の作品群を見て温かい気持ちになりました。

●瑞鳥

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*佐渡歴史伝説館入口の屋根に、佐渡生まれの鋳金家:人間国宝・佐々木象堂の瑞鳥(ずいちょう)の飾りがありました。
瑞鳥とは幸運を招く鳥を表し、鶴や鳳凰を意味するそうです。これと同じ瑞鳥が皇居宮殿(豊明殿)の棟飾りとなっています。

●稚子馬郎婦像

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*象堂の稚子馬郎婦像(ちしめろうふぞう・1957年作)です。鋳造ですが、石地蔵のような素朴な温かみが漂う立像でした。

…国仲平野の南に祀られた、佐渡で最も古い能舞台がある大膳神社(だいぜんじんじゃ)を訪ねました。

■大膳神社・鳥居

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■大膳神社・社殿

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■大膳神社・能舞台①

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*寄棟造・茅葺屋根の能舞台は、1846(弘化3)年に再建されました。苔生した茅葺屋根と能舞台の松の絵の組み合わせが見事でした。

■大膳神社・能舞台②

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■大膳神社・能舞台③

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*能舞台は、本舞台と後座からなり、鏡板には日輪と松の絵、天井には「道成寺」で使用する鐘穴がありました。

…佐渡の清水寺(せいすいじ)に向かいました。この寺は、佐渡の人も都の清水寺を参拝できるように”と建立されたのだそうです。

■清水寺・参道

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*中門の前から振り返って、上ってきた参道を写しました。中央の門が仁王門です。

■清水寺・中門

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■清水寺・救世殿

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*中門から境内と奥の救世殿を写しました。佐渡清水寺は、808(大同3)年、京都から佐渡に布教にきた賢応法師が建立しました。
寺には京都の清水寺を模して建造された救世殿(ぐぜでん)があり、清水寺の舞台を小さくしたような舞台が作られていました。

■救世殿・扁額

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*佐渡清水寺は、救世殿の扁額のみならず救世殿や本殿の柱や壁が長年の風雪・雨の影響で相当傷んでいました。このままでは、近い将来、舞台に上ることもままならないと思いました。
現在、住職がいない寺となっていますが、佐渡市指定文化財でもある名刹を維持すること(檀家の減少、無住職、維持資金不足など)の大変さを感じました。

…小佐渡山地の懐に入り、渓谷沿いの道を辿って、佐渡屈指の古刹・長谷寺(ちょうこくじ)に向かいました。

■長谷寺・参道

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*山上の観音堂に向かう参道の東側に、本堂などの堂舎が並んいました。

■長谷寺・本堂と高野槙

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*前庭の高野槙は、周囲4.6m、樹高40m以上、推定樹齢は500年以上といわれる巨樹です。

■長谷寺・高野槙

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*本堂から観音堂に登る途中、高野槙に触るための木橋が架けらていました。高野槙の瘤を触り、巨樹パワーをいただきました。

■長谷寺・本堂の提灯

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*本堂は、六間取方方丈形式で壮大な規模を持つ講堂です。
講堂で袈裟の下に兎を入れた名物住職の説法を聴き、この寺の歴史(行基または弘法大師の開基と伝わる長谷寺は、1589年に上杉景勝に寺領を没収されますが、1599年に直江兼続によって再興されたことや寺に伝わる秘仏の十一面観世音菩薩にまつわる話)を知りました。

■長谷寺・十一面観世音菩薩説明板

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*平安時代後期の作と伝わる木造十一面観音立像三体(国指定重要文化財)は、像高106cmの木造仏で、33年毎の開扉で2001(平成13)年に33年ぶりの開扉法要が行われたそうです。
本堂奥の木造十一面観音立像1体(県指定文化財)を拝観しながら、4体の観音立像の話を聞かせていただきました。

…佐渡の最後は、鎌倉時代(1271年)に佐渡に流された日蓮上人が「開目抄」を著した根本寺(こんぽんじ)を拝観しました。

■根本寺・戒壇塚

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*三昧堂跡といわれる戒壇塚は、日蓮上人が佐渡の流人生活で三昧堂に入り、ここで他宗の僧と塚原問答を戦わせ、日蓮宗の根本教典の「開目抄」を著した日蓮宗霊跡と伝えられています。

根本寺は、江戸時代(1607年)に金山の山師・備前遊白が祖師堂を建立したことに始まり、山師・味方但馬が大寄進してできたお寺です。

■根本寺・二天門

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■根本寺・太鼓堂

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■根本寺・本堂

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約2年半の在島の後、赦免となり鎌倉へ帰った日蓮聖人縁の遺跡を後にして、佐渡の旅を終えました。

3日間の歩歩歩数は、25,800歩でした。

END

2016年11月19日 (土)

●佐渡島を訪ねて②‐宿根木・佐渡金山・紅葉の大佐渡スカイライン

小木港でたらい舟体験をした後、宿根木(しゅくねぎ)に向かいました。

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[2]宿根木・佐渡金山・紅葉の大佐渡スカイライン

●宿根木・船着き場(大浜)

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*宿根木は、江戸寛文期(1661~1678年)に北前船で栄えた地区です。大浜の船着き場は、千石船の荷揚げ場、造船場でもありました。船着き場の左右の岩礁に「シロボウズ」と呼ばれる白い御影石製の船つなぎ石**が建っていました。
**船つなぎ石は、帰りの千石船で米俵の代わりの重しとして運ばれてきた花崗岩です。

●宿根木・集落図

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●宿根木・集落への出入口

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*集落は、巨大な竹柵(防風柵?)で囲まれていました。

●宿根木・ツワブキの花

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*称光寺川添いのコンクリート土手の隙間に、ツワブキの花が咲いていました。

●宿根木・三角屋①

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*狭い路地の形状に合わせて三角形に建てられた三角屋(さんかくや)です。建物の形から舟形の家とも呼ばれています。
船大工が最大限に土地利用を図った知恵と技が見られ、宿根木を象徴する建造物のひとつです。吉永小百合さんのようにポーズを取り写真を撮っている人達がいました。

●宿根木・三角屋②

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*①の左奥から三角屋を映しました。右側の水路のような流れが称光寺川です。

●宿根木・宿根木公会堂

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*1958(昭和33)年に大正期の旧公会堂とほぼ同じ仕様でに建てられた公会堂です。内部には舞台もありました。

●宿根木・白山神社石鳥居

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●宿根木・称光寺山門

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*1349(貞和5)年開創と伝わる時宗の古刹で、山門は1713(享保2)年の棟札が残っているそうです。

●称光寺・山門前石仏

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*称光寺の参拝の帰り、山門前で地蔵仏におばあちゃんが花を活けていました。
宿根木の集落内の畑には多くの花が植えられていて、檀家の方々によって手向けられているとのこと。お寺と住民の深い繋がりを感じました。

●旧宿根木郵便局

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*旧郵便局舎は、1921(大正10)年に建てられた洋風建築です。
*宿根木は、迷路のような路地に面して100棟を超える総二階造りの民家が密集していました。国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている宿根木。その集落は、主屋や納屋、土蔵の外壁に船板や船釘を使ったものもあり、船大工の技術が駆使されていました。

…おけさ柿を買って、相川の佐渡金山に向かいました。

●道遊の割戸①

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*相川金銀山は、16世紀末から400年間稼働した日本最大の金銀山です。 定番の道遊の割戸(どうゆうのわりと)を写しました。

●道遊の割戸②・望遠

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*道遊の割戸は、江戸時代の露天掘り跡です。山頂部で幅約30m、深さ約74mにも達するV字の巨大な割れ目でした。

宗太夫抗(そうだゆうこう)のコースを見学しました。小一時間、江戸時代に手掘で掘られた坑道や採掘跡を回りながら、ここで産出された金が各地の寺社や城まで運ばれ使われたんだなぁ、と思いました。

●佐渡金山の紅葉

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*宗太夫抗の入り口がある山の頂の紅葉です。黄金色の黄葉も「金の山」でした。

…相川から、大佐渡スカイラインを通って両津に向かいました。

●妙見山の紅葉

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*白雲台から見た妙見山(1042m)の紅葉です。妙見山の奥に金北山(1172m)があり、航空自衛隊のレーダーのある稜線を歩いてみたいなぁ…と思いました。

●両津と加茂湖

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*白雲台から見た両津と加茂湖です。白雲台(標高約850m)の南側・国仲平野を東(両津)側に流れる雨雲が雨を降らしている様子を見ることができました。

●真野湾と小木半島

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*佐渡島の西側の真野湾側は、雨雲が切れて晴れ間が見えていました。佐渡島は、北の大佐渡山地と南の小佐渡山地の間の国仲平野が雨雲の通り道となっているようです。

大佐渡スカイランと白雲台から眺めた風景は、海や山、湖、町並みの巨大なジオラマを見るような感じでした。

[3]順徳天皇・世阿弥・日蓮縁の地に続く

2016年11月17日 (木)

●佐渡島を訪ねて①‐朱鷺の里・佐渡:2016.10.30-11:01

日本海に浮かぶ佐渡島を訪ねました。

歩歩歩ポ~ンでは、今回の佐渡島の旅を
[1]朱鷺の里・佐渡
[2]宿根木・佐渡金山・紅葉の大佐渡スカイライン
[3]順徳天皇・世阿弥・日蓮縁の地

の3回シリーズで特集します。

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[1]朱鷺の里・佐渡

新潟港から大型フェリーに乗って佐渡島を訪ねました。

●佐渡島MAP

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*佐渡島はSの文字の形をしています。今回の旅は東(右)側中央部の両津から国仲平野と西南部の史跡、寺社を中心に巡りました。

●船尾の引き波

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*「おけさ丸」の船尾(艫)から、美しい引き波が続いていました。

●海猫

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*新潟港から「おけさ丸」の周りを海猫が十数羽飛びながら航海していました。
左舷のデッキにウミネコが寄ってきたので近づいたら、乗船客がエビセンを投げていました(餌付けを学習した海猫?)。

●佐渡島遠望

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*「おけさ丸」のデッキから佐渡の両津港が見えてきました。中央部の頂は、佐渡島の最高峰(金北山:1,172m)です。

●おけさ丸・船首

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*おけさ丸は、総トン数:5,862t、 全長:134.7 m 、全幅:21.0 m 、最大速力:23.4ノット、定員:1,705名 、車両搭載数:大型バス32台・乗用車48台の大型フェリー船です。

…両津港からトキの森公園に向かいました。

●「サドッキー」

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*トキの森公園・資料館の玄関で迎えてくれたマスコット「サドッキー」です。

●トキ・ガード

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*トキふれあいプラザに向かう舗道のガード(単管バリケード・スタンド) は、トキ・デザインになっていました。

●トキ家族紹介ボード

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*トキふれあいプラザの大型ケージで飼育されているトキ家族です。

●トキ①

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*ボードを見て、顔の赤色が濃いのが親鳥、薄いのが幼鳥と検討をつけていましたが、判別できませんでした。

●トキ②

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*②のトキは、尾羽の朱色と濃い赤(顔から親鳥と思われます。

●トキ③

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*館内には、「トキまで、2センチ?トキを間近に観察できるトキふれあいプラザ」のコピーがありましたが、本当に強化ガラス窓(2㎝)の先にドジョウを食べに来たトキを見ることが出来ました。

●トキ④・おまけ

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*最終日(11月1日)にトキの森公園近くの田んぼで見かけた野生の放鳥トキ家族です。

…ホテルに戻り、レイクビューの部屋から加茂湖を映しました。

●加茂湖①

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●加茂湖②

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*翌朝の湖です。日本海の塩水が流れ込んだ加茂湖では、牡蠣の養殖用の筏が浮かんでいました。

●加茂湖と金北山(望遠)

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*朝、加茂湖周辺を散歩し、湖畔から金北山を映しました。紅葉が五合目あたりまで降りてきていました。

[2]宿根木・佐渡金山・紅葉の大佐渡スカイラインに続く

2016年11月 5日 (土)

飛べ翔べブルーインパルス‐自衛隊観閲式観覧記:2016.10.23

8月28日の富士総合火力演習に続いて、またまたH氏から貴重なチケットをいただきました。
H氏と二人で山手線と東武東上線を乗り継ぎ、陸上自衛隊朝霞訓練場の自衛隊観閲式に行って来ました。
歩歩歩ポ〜ンでは、観閲式の一部を紹介します。
*陸上自衛隊朝霞訓練場で実施する観閲式で、陸上自衛隊のHPでは、「自衛隊記念日観閲式の目的は、自衛隊の最高指揮官である内閣総理大臣(観閲官)の観閲を受けることにより、隊員の使命の自覚及び士気の高揚を図るとともに、防衛力の主力を展示し、自衛隊に対する国民の理解と信頼を深めるものであり、3年に1度行われます。」と紹介されていました。

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●自衛隊観閲式・入場門【9:30】

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●観閲官訓示

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*訓練場に整列した約4,000名の自衛官や学生隊(写真は空挺部隊の列です)の前で、観閲官(安部首相)の訓示が行われました。
奥の手旗に合わせて〝気を付け”〝休め”を同時にとる隊員たちの姿勢は、キリリとしていました。

…上空の飛行機から3つの落下傘(スクエアーパラシュート)が降下し、会場を時計回りに下りながら、訓練場の中央に着地しました。

●空挺団の落下傘降下①

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●空挺団の落下傘降下②

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…陸、海、空の自衛官と防衛大、防衛医大等の学生隊の観覧行進が始まりました。

●観覧行進(行進)・海上自衛隊 女性隊員

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●展示飛行・CH-47J

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*陸上自衛隊・CH-47Jの編隊飛行です。

●展示飛行・P-3

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*海上自衛隊・P-3の編隊飛行です。

●展示飛行・F2

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*航空自衛隊・F2の編隊飛行です。スピードと飛行音がすごかった!

●観覧行進(車両)・89式武甲戦闘車

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●観覧行進(車両)・12式地対艦誘導弾

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●観覧行進(車両)・87式自走高射機関砲

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●観覧行進(車両)・99式自走155mmりゅう弾砲

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●観覧行進(車両)・10式戦車

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●祝賀飛行・オスプレイ

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…自衛隊観閲式のフィナーレは、ブルーインパルスです。東側から『空飛ぶ広報室』でも描かれた5機の「青い衝撃」が現れ、上空に様々な絵を描きました。

●ブルーインパルス①

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*5機がスパイラルで急上昇し、白い塔を創りあげました。

●ブルーインパルス②

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*現在、ブルーインパルスのスモークはカラーではなく白のみだそうです。

●ブルーインパルス③

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●ブルーインパルス④

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*大きく旋回して南側から飛んできた2機が、大きなハートを描きました。

●ブルーインパルス⑤

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…わずか20分ほどでしたが、「青い衝撃」の飛行は唯々感動!でした。

●国旗降下時・観閲官席

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…12:30分の閉式後、帰りがてらに訓練場内に展示された装備を見学しました。

●90式戦車

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● 機動先頭車(試作車)・サイポンりく

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*機動先頭車の前に 自衛隊埼玉地方協力本部のPRを担当するゆるキャラ「サイポン3兄弟(りく・うみ・そら)」の一人、「サイポンりく」が立っていました

今日の歩歩歩数は、10,200歩でした。

END

2016年10月 9日 (日)

[5]ホノルルマラソン・コース偵察記:2016.9.12

旅は道づれ歩歩歩ポ~ン・特集5は、「ホノルルマラソン・コース偵察記」です。

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[5]ホノルルマラソン・コース偵察記

■ポ~ン:ホノルルマラソンはTVや雑誌でホノルル市街とダイヤモンドヘッドを通ることは知っていたけど、コースについては関心がなかったね。

●歩歩歩:今回、靴やウェアを持ってきたけれど、走れるかどうか分からなかったし…。でも、ダイヤモンドヘッドから見えた灯台がマラソンのコースだと分かって、あそこまでなら走れそうって思った。

■ポ~ン:昨日の3万歩越えで脚の調子もまぁまぁ…。ホノルルの最終日にマラソンコースの一部だったけどジョギングできて良かった。

…という訳で、ワイキキビーチのデューク・カナハモク像を6時40分にスタートし、ダイヤモンドヘッド・ビーチパーク往復のコースをジョギング+散策しました。

◆デューク・カナハモク像①(6:40)

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*ワイキキのビーチで一番有名なサーフィンの神様の銅像です。

…スタートしてしばらくは、カラカウア大通り脇の歩行者専用道路を走りました。

◆カラカウア大通り(6:40)

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*通りからダイヤモンドヘッドが見える道路が、マラソンコース10Km手前の地点で、中央がカピオラニ公園、そして右側の通りの先(カピオラニ公園内)がゴール(42,195km)地点です。

◆ワイキキ・ビーチ(6:51)

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*マラソンコースからは外れますが、ワイキキビーチ沿いの遊歩道を走り、ワイキキ水族館裏からワイキキ・ビーチを写しました。

◆終戦記念プール(6:56)

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*ワイキキ水族館の隣が終戦記念プールです。

◆カピオラニ公園から望むダイヤモンドヘッド(7:00)

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…カピオラニ公園からダイヤモンドヘッド・ロードに入り、灯台を目指しました。住宅街ではなだらかな道でしたが、家並みが途切れたあたりから坂道の傾斜が急になりました。
頑張って腕を振りながら走っていると、灯台の手前から海に向かう道があったので、その道を降りてダイヤモンドヘッド・ビーチに向かうことにしました。

◆ダイヤモンドヘッド・ビーチ①(7:17)

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*灯台の下のダイヤモンドヘッド・ビーチは溶岩と黄色い砂の浜でした。

◆ビーチから見上げた灯台(7:17)

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*灯台からビーチの間の崖に、ホームレスと思われるテントが数張り点在していました。“気候と眺めは最高だけど、水はどうしているのだろう…”と思いました。

◆ダイヤモンドヘッド・ビーチ②(7:21)

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*灯台からさらに東に進んだ地点のビーチです。この一帯はダイヤモンドヘッドのクレーターと同じ溶岩の海岸となっていました。

◆ダイヤモンドヘッド・ビーチ③(7:27)

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*ビーチ沖合のサーファーを望遠で撮影しました。このビーチは、ワイキキ海岸と違い、地元のサーファーがほとんどだそうです。

◆ダイヤモンドヘッド・ビーチ④(7:28)

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*沖合では数十名のサーファーが波を待っていましたが、1人のハワイアンの青年がボードを持って現れ、大きな波が来そうな別のポイントを探していました(この後、沖に向かって泳いでいきました)。
「静かな砂浜、波を見つめるサーファー」…映画の1シーンの様でした。

◆ダイヤモンドヘッド・パーク・入口への道(7:31)

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*ビーチからパークの入口につながる道を登りました。振り返って写しましたが、この坂の途中にサーファー用の水道(シャワーにもなる消火栓の様に大きな水道です)があり、ホームレスのテントで使える水源であることがわかりました。

◆灯台(7:41)

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*ダイヤモンドヘッド・ロードから写しました。「[3]ちゃっちゃとダイヤモンドヘッド登頂記」の◆ダイヤモンドヘッド・頂上①から見た灯台と比べると、大きくて美しい灯台です。

◆灯台から望むダイヤモンドヘッド①(7:42)

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*灯台からダイヤモンドヘッドの頂上と稜線を写しました。車が駐車している道はダイヤモンドヘッド・ロードで、ここがホノルル・マラソンの通過地点(行き約12㎞ポイント・帰り約40㎞ポイント)です。

◆灯台から望むダイヤモンドヘッド②(7:42)

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*①の望遠です。ピークの白い展望台が見えました。

…灯台からの帰りは、マラソンの40㎞からの2.195㎞しかも下りの道なので快適に走ることが出来ました。

◆ワイキキ水族館(7:58)

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*ゴール付近でワイキキ水族館の入口を写しました。

◆カピオラニ公園(8:00)

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*ゴール手前でダイヤモンドヘッドを振り返って写しました。公園では、スプリンクラーが廻っていて、涼しげでした。

◆ホノルルマラソン・ゴール地点(8:03)

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◆カピオラニ女王像(8:04)

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*ゴール地点の傍に公園名の由来となったカピオラニ女王像が立っていました。

…マラソンゴールからは、ワイキキビーチ沿いの道を歩いてスタート地点に戻りました。

◆波乗りのサーファー像(8:07)

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*ワイキキビーチ沿いにある像です。

◆アザラシと少年(8:09)

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*ワイキキビーチ沿いに手前のプレート板には「Makua and Kila」と記されていました。

◆デューク・カナハモク像②(8:20)

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*ゴール時に写したカナハモク像です。頭に架かったレイはスタート時と同じままでした。

●歩歩歩:ホノルルマラソンのゴール付近を走れてよかった。今回は、4〜5㎞の距離でゆっくりだったから楽しめたけど、実際のマラソンでは40㎞以降の2.195㎞はつらいでしょうね。

■ポ~ン:大昔、西宮で初めてのフルマラソンを走った時は36㎞からは歩いたり走ったりで辛かったしね。今年は無理だけど、何年か先のマラソンで今日のコースを楽しんで走るには、練習を積み重ねないとね。

ホノルルマラソン・コース偵察ジョギングの歩歩歩数は、21,500歩でした。

旅は道づれ歩歩歩ポ~ン・特集[1][2][3][4][5]  END

2016年10月 8日 (土)

[4]ワイキキ海岸&地ビール探索記:2016.9.11

旅は道づれ歩歩歩ポ~ン特集・第4弾は、「ワイキキ海岸&地ビール探索記」です。

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[4]-1.ワイキキ海岸探索記

旅行前、“ワイキキビーチの海岸沿いは、全て歩ける(ビーチがホテル専用で道が途切れないで繋がっている)かなぁ?”と思い、ガイドブックや地図で調べてみましたが、海岸線沿いの道を歩けるかどうか分かりませんでした…。

◆ワイキキビーチ・花火

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*9月9日19時46分、シェラトン・ワイキキ前のビーチから見た花火です。

■歩歩歩:ロイヤル・ハワイアン・センターでの夕食後、ワイキキビーチに出て花火を見たけど、打ち上げは5分くらいだったね。
このとき、ワイキキビーチ東側の砂浜と海沿いの道を歩いてホテルまで帰ったけど、ライトアップされた砂浜と海が綺麗だった…。

■ポ~ン:9日は、シェラトン・ワイキキから東側の海岸が歩けたので「西側の海岸沿いも歩いてみよう」ということになったね。
そして、今日のアラモアナ・ショッピングセンター(SC)をスタート地点にして西側の海岸探索となったんだ。

◆かぼちゃのオブジェ

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*アラモアナSCの通路に草間彌生氏のオブジェ「かぼちゃ(M)2014」がありました。

◆アラモアナSC・フラダンス

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*アラモアナSC内の広場で、2016年「フラガール甲子園」で優勝した福島県立平商業高等学校の生徒さんのフラダンスショーが行われていました。
フラダンス本場のワイキキで、16名の高校生が伸び伸びと踊っていて、地元の人達から大きな拍手をもらっていました。

…アラモアナSCを散策後、アラモアナ・ビーチパークを経て、ワイキキビーチを目指しました。

◆アラワイヨットハーバー

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*アラモアナ・ビーチパーク東側から見たアラワイ・ヨットハーバーです。ここから左側の海岸を回り込んで、ヒルトンホテル(中央右端)を目指します。

…アラワイ・ヨットハーバー沿いの道を歩き、ヒルトンホテルを目指しました。
海に延びた道の東側に人工湖(ヒルトン・ラグーン)のビーチがあり、子ども連れの海水浴の人達で賑わっていました。

◆シーカヌーとダイヤモンド・ヘッド

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*ヒルトン・ラグーン南端のビーチからダイヤモンド・ヘッドを写しました。

…ヒルトンホテル沿いの海岸から東に向かうと、公園の中にホテルがあり、海辺のテラスにはショートカットで筋肉質の男性とその家族らしきグループがたくさん見えました。
後日確認すると、米軍専用のホテル(ハレ・コアホテル)でした。

◆岬からのダイヤモンド・ヘッド①

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*アウトリガー・リーフ・オン・ビーチホテル前の人工の岬からダイヤモンド・ヘッドを写しました。

◆岬からのダイヤモンド・ヘッド②

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*①の写真を撮っていると、沖合からヨットが…。「ワイキキビーチとホテル群、海に浮かぶヨット、ダイヤモンド・ヘッドと青空」という観光ポスターの様な写真になってしまいました。

写真撮影後、ハレ・コアホテル前の海岸を歩いてシェラトン・ワイキキに到着しました。
9日と今日(11日)の探索で、ワイキキビーチの海岸の道(時々、砂浜や人工の岬もありましたが)を繋ぐことが出来ました。

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[4]-2.地ビール探索記

ハレ・コアホテル前の海岸に戻り、フォート・デルッシ公園を抜けて、カラカウア通り交差点にある地ビールの店『ワイキキ・ブリューイング・カンパニー(Waikiki Brewing Company)』に向かいました。

◆Waikiki B.C入口

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*オープンエアの店内は8つの醸造タンクが並んでいて、これらのタンクで造られたオリジナル地ビールが飲めます。私たちは、テント屋根の下の座席でクラフトビールを楽しみました。

◆地ビール・メニュー

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*メニューには、8種類の地ビールが載っていました。
全て1パイント(レギュラーサイズ)・$6.5ですが、いろんなビールを飲んでみたかったので、小グラス・$2をオーダーして、グリルチキン・シーザーサラダを食べながらティスティングしてみました。

◆地ビール①(左)、②(右)

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*メニュー表から、2種類ずつオーダーしました。①Aloha Spirit Blonde Aleは柑橘系の香りがするビールで、②Hana Hau Hefeはフルーティで軽やかなビールでした。カウンターの奥には、醸造タンクも見えていました。

◆地ビール③(左)、④(右)

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*③Ala Moana Amberはエビスビール風で、④Black Strap Molasses Porterは、ギネス風の苦味とコクがあるビールでした。

①~④の後、⑤808 Pale Ale、⑥ Eee Pah IPA、⑦English Brown Aleをオーダーしましたが、飲んでいるうちにほろ酔い状態となり…、写真とメモを忘れてしまいました。
ハワイのサラダは量が多く、ビールとサラダで満腹となり、8種類目のJalapeno Mouth前でオーダーストップとなりました。

◆Waikiki B.Cのマスコット犬

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*店内に、メニューの⑦English Brown Ale(メニューの一番下のエンブレム)に描かれたブルドッグ(名前は聞けませんでした)がいました。カメラを向けると恥ずかしそうに視線を逸らすシャイなブルでした。

…夕日を見る時間になったので、Waikiki B.Cから往路と同じフォート・デルッシ公園内の芝生を横切り、アウトリガー・リーフ・オン・ビーチホテル前の岬に向かいました。

◆岬からのワイキキの夕暮れ①

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*今日は、雲が多く夕焼けは一部でしたが、再びワイキキビーチの波打ち際を歩き、ホテルに戻りました。

■歩歩歩:今日は、早朝からダイヤモンドヘッドに登り、午後からワイキキ海岸や海岸から『ワイキキ・ブリューイング・カンパニー』まで往復してホテルまで…よく歩いたね。

●ポ~ン:ダイヤモンドヘッド登山で11,100歩、ワイキキ海岸や海岸から地ビールの店までの往復、そしてホテルまでが23,400歩、今日の歩歩歩数は34,500歩で久々の3万歩越え達成だったね。

[5]ホノルルマラソン・コース偵察記に続く

2016年9月25日 (日)

[3]ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記:2016.9.11

旅は道づれ歩歩歩ポ~ンの特集3は、9月11日に登った「ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記」です。

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[3]ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記

■ポ~ン:いよいよダイヤモンドヘッド・クレーターに登る日だね。

●歩歩歩:朝一番のトロリーバス(5:34分)は、ダイヤモンドヘッドからの御来光を見るハイカーで混んでいる様子だったので、6:04分発に乗ったけど、ダイヤモンドヘッドの東南側を回り込んでトンネルを抜け、6:24分にはもうクレーターの停留所に着いたね。

◆ココ・クレーター(ココ・ヘッド)

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*ダイヤモンドヘッドのトンネル前の展望台から、ココ・クレーター(左側:368m)とマウナルア湾の半島(右側)を写しました。

◆ダイヤモンドヘッド・トンネル

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*トロリーバスは、クレーターの一角に掘られたトンネルを抜けて、内部に入ります。

…登山口で$1/1人を支払い、いよいよ登山の開始です。

◆登山口(6.30)

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◆ダイヤモンドヘッド登山MAP(6.30)

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◆クレーター上空(6.36)

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*ダイヤモンドヘッド・クレーターの上空には、青空が広がっていました。

◆登山道(6.37)

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*クレーターの内部は、コンクリートの道(道幅1.5m)が続いていました。右手の頂がダイヤモンドヘッドのピーク・レアヒ(232m)です。

◆登山道・標識(6.42)

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*「WORNING」の標識が、登山道の所々に立っていました。

◆登山道(6.50)

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*登山道を振り返って写しました。登ってくる人もいますが、朝一番で登った人達が続々と降りていました。

◆登山道・トンネル①(6.52)

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*勾配のあるトンネルは狭く、下りの人とすれ違う時は道を譲り合いながら上りました。

◆登山道・階段①(6.54)

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*階段(99段)を上り切った後、振り返って写しました。

…階段①を上ると、すぐコンクリートに囲まれた螺旋階段を上りました。ここは軍事下の時代、攻撃統制室だったそうです。出口は砲台の跡で天井が低く、腰を屈めて外に出ました。

◆ダイヤモンドヘッド・頂上①(6.59)

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*頂上直下から南東側のダイヤモンドヘッドビーチと灯台**を写しました。
**ダイヤモンドヘッドビーチと灯台は「[5]ホノルルマラソン・コース偵察記」でもアップします。

…混み合う階段をゆっくり上り、7時ちょうどに頂上(レアヒ:232m)着、展望台から360度の眺望を楽しみました。

◆ダイヤモンドヘッド・クレーター(7.00)

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*頂上からダイヤモンドヘッド・クレーター内部(北側)を写しました。

◆ダイヤモンドヘッド・頂上②(7.04)

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*頂上からワイキキ市街を写しました。

◆登山道・階段②(7.08)

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*頂上直下の階段です。山頂左側の砲台跡の窪みから回り込み、階段を上ると頂上の展望台です。

◆登山道・展望台(7.13)

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*下りの登山道・東側展望台からダイヤモンドヘッド・クレーター内部(東側)とココ・クレーター、マウナルア湾の半島を写しました。

■ポ~ン:2日前、カハラモールに向かうトロリーバスは、私たちだけで貸し切りだったね。バスの陽気な運転手が「Photo!」と言って徐行してくれたので、山に向かって一直線に延びた急な坂道を写したけど、それが、ダイヤモンドヘッドクレーターの尾根越しに見えるなんて…。

●歩歩歩:後で調べると、その坂道はダイヤモンドヘッド北側の山の町・カイムキ(KAIMUKI)・ワイアラエ地区の10th.Avenueだったね。あの傾斜では、歩くの大変そう。

おまけ①:ワイアラエ地区の街並み【9月9日】

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おまけ②:ワイアラエ地区の街並み・望遠(7.15)

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*麓から一直線に延びた坂道が10th. Avenueです。おそらく20度以上の傾斜があると思われました。

…登りで使った階段まで下りました。

◆登山道・階段③(7.16)

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*階段③は、階段①と同じ階段で、下から写しました。

…登りで使ったトンネルを通り、クレーターの眺望を楽しみながら歩くこと20分、7時35分に登山口に戻ってきました。

◆クレーター・草原(7.40)

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◆クレーター・登山口駐車場(7.43)

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*トロリーバスの折り返し地点の駐車場入り口に帰ってきました。看板でWALK INの値段を確認すると、$10/年間なので、近隣の人のトレーニング場所としてベストだと思いました。

■ポ~ン:ダイヤモンドヘッドの登山は観光客でいっぱいだったけど、地元のおじさん達も何度も往復していて鍛えていたね。標高差171m、約40〜1時間で往復出来る(ちゃちゃっと登れる)トレイルは、最適なトレーニングコースなのかなぁ…。
大阪の金剛山や東京の高尾山の様に毎日登っている雰囲気だったね。登山の歩歩歩数は11,100歩だったよ。

「[4]ワイキキ海岸&地ビール探索記」に続く

[2]オアフ島の海・山・樹木・鳥そして虹

旅は道づれ歩歩歩ポ~ンの特集2は、「オアフ島の海・山・樹木・鳥そして虹」です。

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[2]-1 オアフ島の海

■ポ~ン:オアフ島はワイキキの海しか知らなかったけど、内海(半島に囲まれた湾)と外海では海岸の風や波が違っていて、ビックリしたね。

◆ハナウマ湾①:9.10

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*ハナウマ湾①には誰もいないように見えましたが…

◆ハナウマ湾②:9.10

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*①の右側がビーチになっていて、シュノーケルで潜る人でいっぱいでした。

●歩歩歩:ツアーのガイドさんが「オアフ島は、夏は南側の海の波が高くなり、冬は巨大な波が打ち寄せる北側がサーフィン・スポットです。」と説明していたけれど、東側の海は1年を通して大きな波が打ち寄せているみたいね。

■ポ~ン:ハロナやココ・ヘッドの海岸は、ココ・クレーターから流れ出た溶岩だね。太平洋の大波に浸食された黒い溶岩の海岸が印象に残っているよ。

ハロナ・潮吹き岩:9.10

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*タイミングよく吹き上がった潮を撮影することが出来ました。

◆ココ・ヘッド・サンディ・ビーチ:9.10

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*潮吹き岩の北東側には、ココ・ヘッド・サンディ・ビーチの白い砂浜が広がっていました。ここは風が強く、ボディボードのメッカだそうです。

 

[2]-2 オアフ島の山

◆ココ・クレーター(ココ・ヘッド):9.10

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■ポ~ン:ハナウマ湾の公園からココ・クレーター(標高:368m)を写したけど、左側の急峻な尾根を頂上に向かって直登するルートが見えたよ。この山はトレッキングができるそうなので、いつか登ってみたいね。

●歩歩歩:ホノルルの周りのクレーター(ダイヤモンドヘッド・クレーター、パンチボール・クレーター、ココ・クレーター)は、オアフ島が火山の島だった名残りなのね。明日のダイヤモンドヘッド・クレーターが楽しみ。

…ツアーバスは、オアフ島の南東の海岸を回り込み、ワイナマロを経てヌウアヌ・パリに向かいました。

■ポ~ン:次は、オアフ島の東側を縦断するコオラウ山脈の切れ目にある峠のヌウアヌ・パリ展望台だよ。展望台から見た崖の高さは約900m、北東(写真②の右側)から強い風が吹き抜け、崖の上部には雲が湧いていたね。

◆ヌウアヌ・パリ展望台①:9.10

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*ハワイ・ホールデザイン用に撮影しましたが、ヌウアヌ・パリ峠の展望台と東海岸からの古道(がけ崩れで交通止め中)の様子がわかるのでここに掲載しました。
ここは峠の鞍部で風の通り道となっていて、右手のネット・看板が強風で揺れていました。

◆ヌウアヌ・パリ展望台②:9.10

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*①の反対方向です。展望台は、ハワイ島から次々とハワイ諸島を制圧してオアフ島に上陸したカメハメハ大王の軍隊が、1795年この地でオアフ軍を撃破し、ハワイ諸島の統一を成しとげた史跡としても有名です。

◆ダイヤモンドヘッド:9.11

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*今朝登ったダイヤモンドヘッドをワイキキビーチから写しました。中央の頂が最高峰レアヒ(232m)です。


[2]-3 オアフ島の樹木

◆ドール・プランテーションの庭:9.10

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*手前にパイナップル、奥にヤシの木や熱帯樹が整然と植えられていました。

◆ヤシの木とロイヤル・ポインシアナ:9.10

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*ハレイワの通りで見つけました。ノースショアの青い空、風にそよぐヤシの木は緑の葉と赤味がかった黄色い花が一緒に揺れていました。右手前が真っ赤な花をつけたロイヤル・ポインシアナです。

◆バニヤン・ツリー:9.10

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*ワイキキビーチのデューク・カハナモク像の傍に立つバニヤン・ツリーです。数本の幹から横に伸びた枝からいくつもの気根が長い根を垂らすのが特徴で、地面に届いた気根は新しい幹になっていました。

◆イオラニ宮殿前庭の大木:9.10

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*ハワイアンコアの大木?と思いますが、自信無し。イオラニ宮殿の前庭に聳えていました。
枝分かれしている幹の部分にカメオの様な浮き彫りがありました(自然にできたか、人が彫ったものなのかも謎です)が、この宮殿に幽閉されていたカピオラニ妃の像のようでもありました。

◆シャワーツリー:9.11

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*ワイキキの公園や街路で数多く見かけるシャワーツリーです。この木は薄い黄色い花でした。

◆ピンクアンドホワイトシャワー:9.11

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*シャワーツリーにはゴールデンシャワー、ピンクシャワー、さらにゴールデンシャワーとピンクアンドホワイトシャワーのハイブリッドであるレインボーシャワーがありました。

◆おまけ:パイナップル

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*オアフ島の果実、ハレイワのスーパーで写したドールのパイナップルです。1個1.29、物価高のオアフ島の中でも133円は安い!

[2]-4 オアフ島の鳥

◆野生のニワトリ①:9.10

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*ハナウマ湾の公園で、他のニワトリと一緒にのびのびと歩いていました。

◆野生のニワトリ②:9.10

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*ヌウアヌ・パリ展望台の駐車場横のニワトリ家族です。雄鶏がひよこ達を見守りながら歩いていました。オアフ島では、ショッピングセンターの駐車場や公園に行くと、どこでも野生のニワトリが歩いていました。

◆イエスズメ:9.11

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*ワイキキビーチの砂浜で、砂浴び兼日光浴をしていたイエスズメです。1871年にニュージーランドから移入された外来種だそうです。

[2]-5 オアフ島の虹

◆アラワイ運河から見たW虹:9.9

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*カハラからワイキキ中心街に帰る途中、トロリーバスから写しました。ホノルルでは虹は日常で、ダブル・レインボーも珍しいことではないそうです。

◆カラカウワ通りから見た虹:9.11

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*ワイキキではシャワーの後は虹が定番とか。オアフ島で見かけた車のナンバープレートはほとんどが虹のデザインでした。後日調べたら、ハワイはよく虹が現れることから「レインボー・ステイト(虹の州)」と呼ばれていることが分かりました。

[3]ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記に続く

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