2016年9月25日 (日)

[3]ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記:2016.9.11

旅は道づれ歩歩歩ポ~ンの特集3は、9月11日に登った「ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記」です。

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[3]ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記

■ポ~ン:いよいよダイヤモンドヘッド・クレーターに登る日だね。

●歩歩歩:朝一番のトロリーバス(5:34分)は、ダイヤモンドヘッドからの御来光を見るハイカーで混んでいる様子だったので、6:04分発に乗ったけど、ダイヤモンドヘッドの東南側を回り込んでトンネルを抜け、6:24分にはもうクレーターの停留所に着いたね。

◆ココ・クレーター(ココ・ヘッド)

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*ダイヤモンドヘッドのトンネル前の展望台から、ココ・クレーター(左側:368m)とマウナルア湾の半島(右側)を写しました。

◆ダイヤモンドヘッド・トンネル

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*トロリーバスは、クレーターの一角に掘られたトンネルを抜けて、内部に入ります。

…登山口で$1/1人を支払い、いよいよ登山の開始です。

◆登山口(6.30)

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◆ダイヤモンドヘッド登山MAP(6.30)

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◆クレーター上空(6.36)

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*ダイヤモンドヘッド・クレーターの上空には、青空が広がっていました。

◆登山道(6.37)

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*クレーターの内部は、コンクリートの道(道幅1.5m)が続いていました。右手の頂がダイヤモンドヘッドのピーク・レアヒ(232m)です。

◆登山道・標識(6.42)

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*「WORNING」の標識が、登山道の所々に立っていました。

◆登山道(6.50)

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*登山道を振り返って写しました。登ってくる人もいますが、朝一番で登った人達が続々と降りていました。

◆登山道・トンネル①(6.52)

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*勾配のあるトンネルは狭く、下りの人とすれ違う時は道を譲り合いながら上りました。

◆登山道・階段①(6.54)

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*階段(99段)を上り切った後、振り返って写しました。

…階段①を上ると、すぐコンクリートに囲まれた螺旋階段を上りました。ここは軍事下の時代、攻撃統制室だったそうです。出口は砲台の跡で天井が低く、腰を屈めて外に出ました。

◆ダイヤモンドヘッド・頂上①(6.59)

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*頂上直下から南東側のダイヤモンドヘッドビーチと灯台**を写しました。
**ダイヤモンドヘッドビーチと灯台は「[5]ホノルルマラソン・コース偵察記」でもアップします。

…混み合う階段をゆっくり上り、7時ちょうどに頂上(レアヒ:232m)着、展望台から360度の眺望を楽しみました。

◆ダイヤモンドヘッド・クレーター(7.00)

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*頂上からダイヤモンドヘッド・クレーター内部(北側)を写しました。

◆ダイヤモンドヘッド・頂上②(7.04)

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*頂上からワイキキ市街を写しました。

◆登山道・階段②(7.08)

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*頂上直下の階段です。山頂左側の砲台跡の窪みから回り込み、階段を上ると頂上の展望台です。

◆登山道・展望台(7.13)

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*下りの登山道・東側展望台からダイヤモンドヘッド・クレーター内部(東側)とココ・クレーター、マウナルア湾の半島を写しました。

■ポ~ン:2日前、カハラモールに向かうトロリーバスは、私たちだけで貸し切りだったね。バスの陽気な運転手が「Photo!」と言って徐行してくれたので、山に向かって一直線に延びた急な坂道を写したけど、それが、ダイヤモンドヘッドクレーターの尾根越しに見えるなんて…。

●歩歩歩:後で調べると、その坂道はダイヤモンドヘッド北側の山の町・カイムキ(KAIMUKI)・ワイアラエ地区の10th.Avenueだったね。あの傾斜では、歩くの大変そう。

おまけ①:ワイアラエ地区の街並み【9月9日】

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おまけ②:ワイアラエ地区の街並み・望遠(7.15)

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*麓から一直線に延びた坂道が10th. Avenueです。おそらく20度以上の傾斜があると思われました。

…登りで使った階段まで下りました。

◆登山道・階段③(7.16)

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*階段③は、階段①と同じ階段で、下から写しました。

…登りで使ったトンネルを通り、クレーターの眺望を楽しみながら歩くこと20分、7時35分に登山口に戻ってきました。

◆クレーター・草原(7.40)

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◆クレーター・登山口駐車場(7.43)

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*トロリーバスの折り返し地点の駐車場入り口に帰ってきました。看板でWALK INの値段を確認すると、$10/年間なので、近隣の人のトレーニング場所としてベストだと思いました。

■ポ~ン:ダイヤモンドヘッドの登山は観光客でいっぱいだったけど、地元のおじさん達も何度も往復していて鍛えていたね。標高差171m、約40〜1時間で往復出来る(ちゃちゃっと登れる)トレイルは、最適なトレーニングコースなのかなぁ…。
大阪の金剛山や東京の高尾山の様に毎日登っている雰囲気だったね。登山の歩歩歩数は11,100歩だったよ。

「[4]ワイキキ海岸&地ビール探索記」に続く

[2]オアフ島の海・山・樹木・鳥そして虹

旅は道づれ歩歩歩ポ~ンの特集2は、「オアフ島の海・山・樹木・鳥そして虹」です。

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[2]-1 オアフ島の海

■ポ~ン:オアフ島はワイキキの海しか知らなかったけど、内海(半島に囲まれた湾)と外海では海岸の風や波が違っていて、ビックリしたね。

◆ハナウマ湾①:9.10

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*ハナウマ湾①には誰もいないように見えましたが…

◆ハナウマ湾②:9.10

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*①の右側がビーチになっていて、シュノーケルで潜る人でいっぱいでした。

●歩歩歩:ツアーのガイドさんが「オアフ島は、夏は南側の海の波が高くなり、冬は巨大な波が打ち寄せる北側がサーフィン・スポットです。」と説明していたけれど、東側の海は1年を通して大きな波が打ち寄せているみたいね。

■ポ~ン:ハロナやココ・ヘッドの海岸は、ココ・クレーターから流れ出た溶岩だね。太平洋の大波に浸食された黒い溶岩の海岸が印象に残っているよ。

ハロナ・潮吹き岩:9.10

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*タイミングよく吹き上がった潮を撮影することが出来ました。

◆ココ・ヘッド・サンディ・ビーチ:9.10

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*潮吹き岩の北東側には、ココ・ヘッド・サンディ・ビーチの白い砂浜が広がっていました。ここは風が強く、ボディボードのメッカだそうです。

 

[2]-2 オアフ島の山

◆ココ・クレーター(ココ・ヘッド):9.10

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■ポ~ン:ハナウマ湾の公園からココ・クレーター(標高:368m)を写したけど、左側の急峻な尾根を頂上に向かって直登するルートが見えたよ。この山はトレッキングができるそうなので、いつか登ってみたいね。

●歩歩歩:ホノルルの周りのクレーター(ダイヤモンドヘッド・クレーター、パンチボール・クレーター、ココ・クレーター)は、オアフ島が火山の島だった名残りなのね。明日のダイヤモンドヘッド・クレーターが楽しみ。

…ツアーバスは、オアフ島の南東の海岸を回り込み、ワイナマロを経てヌウアヌ・パリに向かいました。

■ポ~ン:次は、オアフ島の東側を縦断するコオラウ山脈の切れ目にある峠のヌウアヌ・パリ展望台だよ。展望台から見た崖の高さは約900m、北東(写真②の右側)から強い風が吹き抜け、崖の上部には雲が湧いていたね。

◆ヌウアヌ・パリ展望台①:9.10

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*ハワイ・ホールデザイン用に撮影しましたが、ヌウアヌ・パリ峠の展望台と東海岸からの古道(がけ崩れで交通止め中)の様子がわかるのでここに掲載しました。
ここは峠の鞍部で風の通り道となっていて、右手のネット・看板が強風で揺れていました。

◆ヌウアヌ・パリ展望台②:9.10

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*①の反対方向です。展望台は、ハワイ島から次々とハワイ諸島を制圧してオアフ島に上陸したカメハメハ大王の軍隊が、1795年この地でオアフ軍を撃破し、ハワイ諸島の統一を成しとげた史跡としても有名です。

◆ダイヤモンドヘッド:9.11

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*今朝登ったダイヤモンドヘッドをワイキキビーチから写しました。中央の頂が最高峰レアヒ(232m)です。


[2]-3 オアフ島の樹木

◆ドール・プランテーションの庭:9.10

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*手前にパイナップル、奥にヤシの木や熱帯樹が整然と植えられていました。

◆ヤシの木とロイヤル・ポインシアナ:9.10

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*ハレイワの通りで見つけました。ノースショアの青い空、風にそよぐヤシの木は緑の葉と赤味がかった黄色い花が一緒に揺れていました。右手前が真っ赤な花をつけたロイヤル・ポインシアナです。

◆バニヤン・ツリー:9.10

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*ワイキキビーチのデューク・カハナモク像の傍に立つバニヤン・ツリーです。数本の幹から横に伸びた枝からいくつもの気根が長い根を垂らすのが特徴で、地面に届いた気根は新しい幹になっていました。

◆イオラニ宮殿前庭の大木:9.10

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*ハワイアンコアの大木?と思いますが自信無し。イオラニ宮殿の前庭に聳えていました。
枝分かれしている幹の部分にカメオの様な浮き彫りをがありました(自然にできたか、人工的かも謎です)が、この宮殿に幽閉されていたカピオラニ妃の像のようでもありました。

◆シャワーツリー:9.11

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*ワイキキの公園や街路で数多く見かけるシャワーツリーです。この木は薄い黄色い花でした。

◆ピンクアンドホワイトシャワー:9.11

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*シャワーツリーにはゴールデンシャワー、ピンクシャワーさらに、。ゴールデンシャワーとピンクアンドホワイトシャワーのハイブリッドであるレインボーシャワーがありました。

◆おまけ:パイナップル

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*オアフ島の果実、ハレイワのスパーで写したドールのパイナップルです。1個1.29、物価高のオアフ島の中でも133円は安い!

[2]-4 オアフ島の鳥

◆野生のニワトリ①:9.10

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*ハナウマ湾の公園で、他のニワトリと一緒にのびのびと歩いていました。

◆野生のニワトリ②:9.10

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*ヌウアヌ・パリ展望台の駐車場横のニワトリ家族です。雄鶏がひよこ達を見守りながら歩いていました。オアフ島では、ショッピングセンターの駐車場や公園に行くと、野生のニワトリが歩いていました。

◆イエスズメ:9.11

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*ワイキキビーチの砂浜で、砂浴び兼日光浴をしていたイエスズメです。1871年にニュージーランドから移入された外来種だそうです。

[2]-5 オアフ島の虹

◆アラワイ運河から見た虹:9.9

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*カハラからワイキキ中心街に帰る途中、トロリーバスから写しました。ホノルルでは虹は日常で、ダブル・レインボーも珍しいことではないそうです。

◆カラカウワ通りから見た虹:9.11

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*ワイキキではシャワーの後は虹が定番とか。オアフ島で見かけた車のナンバープレートにも虹デザインされていました。後日調べたら、ハワイはよく虹が現れることから「レインボー・ステイト(虹の州)」と呼ばれていることが分かりました。

[3]ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記に続く

2016年9月22日 (木)

旅は道づれ歩歩歩ポ~ン:2016.9.8-13 [1]布哇出雲大社&夕焼け・夜景

『旅は道づれアロハ・ハワイ』で魅せられたハワイ・オアフ島を初めて訪れました。
1週間弱の滞在でしたが、この名書をもじって「旅は道づれ歩歩歩ポ~ン」のタイトルをつけ、インタビュー形式【 ●歩歩歩(家人)・ ■ポ~ン(私)】の5回シリーズで特集します。
*高峰秀子・松山善三著(中公文庫)

旅は道づれ歩歩歩ポ~ン・特集
[1]布哇出雲大社&夕焼け・夜景
[2]オアフ島の海・山・樹木・鳥そして虹
[3]ちゃちゃっとダイヤモンドヘッド登頂記
[4]ワイキキ海岸&地ビール探索記
[5]ホノルルマラソン・コース偵察記

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[1]布哇出雲大社&夕焼け・夜景:2016.9.10

◆ワイキキ海岸

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*ホテルのラナイ(バルコニー)から、エメラルドグリーンに輝く海が見えました。

■ポ~ン:「青く澄んだ高い空とエメラルドグリーンに輝く海、そして一年中ヤシの葉をサヤサヤと歌わせている心地よいそよ風の魅力にひかれて…」は、『旅は道づれアロハ・ハワイ』のまえがきの冒頭文だよね。
*『旅は道づれアロハ・ハワイ』は、5年前に高峰秀子氏の本を乱読していた時に読んだ本で、今回の「旅は道づれ歩歩歩ポ~ン」の旅にも持ってきました。

●歩歩歩:ハワイ(布哇)は、二人とも初めて。娘からの旅行券のプレゼントがなかったら縁がなかったし、オプショナルツアーも含めて楽しかった…。

■ポ~ン:空・山・海・風、全てが心地良かったね。まず、いつもの『歩歩歩ポ~ン』のように神社からまとめてみたよ。

●歩歩歩:布哇出雲大社ね。トロリーバスが、神社前の橋で15分間停車した間の参拝であわただしかったけど、社殿も境内の花も綺麗だったね。

◆布哇出雲大社①・遠景

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*トロリーバスの2階席から撮影しました。
**布哇出雲大社は、ハワイ州ホノルル市に鎮座する神社で、出雲大社の分社(出雲大社ハワイ分院)として1906(明治39)年に創祀されました。

◆布哇出雲大社②

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◆布哇出雲大社・扁額

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●歩歩歩:どちらの狛犬も色鮮やかなレイの首飾りだったね。

■ポ~ン:狛犬のレイは、貴女から言われて気づいたけど「アロハ!」と歓迎してくれているようなハワイらしい狛犬だったね。

◆布哇出雲大社・吽形狛犬

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◆布哇出雲大社・阿形狛犬

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◆布哇出雲大社・拝殿

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◆布哇出雲大社・社殿

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◆布哇出雲大社・御守り一覧

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◆布哇出雲大社・鳥居と社殿

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*鳥居前にも鮮やかな紫の花が咲いていました。

■ポ~ン:ホノルルでは、飛行場と市街を結ぶ高速道路(H1)沿いで、「布哇金刀比羅神社・布哇太宰府天満宮」の鳥居と社殿を見かけたよ。
*布哇金刀比羅神社・布哇太宰府天満宮は、まず、布哇金刀比羅神社が1920年(大正9)年にハワイ在留邦人漁師を中心に鎮祭され、1952(昭和27)年に福岡の太宰府天満宮を勧請して同じ場所に合祀されています。

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…布哇出雲大社を参拝した日の夕方、オプショナルツアー(ロイズのディナーとタンタラスの丘からの夜景ツアー)に参加しました。

◆ロイズ・ハワイカイ本店

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*ロイズ・ハワイカイ本店は、ホノルルから東に20㎞程離れていることもあり、観光客はまばらで地元の人達で一杯でした。ロイズ前のこの道路は、ホノルルマラソンの折り返し地点からホノルルに帰るコース(27km地点)です。

●歩歩歩:ハワイといえば、マウナルア・ビーチからの夕焼けも綺麗だったわね。

■ポ~ン:夕食後にマウナルア・ビーチまで歩き、ダイヤモンドヘッドに沈む夕日と夕焼けが写せて良かった。

◆マウナルア・ビーチの夕焼け①

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*マウナルア湾に張り出している岬の先端の山が、ダイヤモンドヘッドです。夕焼けが、マウナルア湾を赤く染めていました。

◆マウナルア・ビーチの夕焼け②

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*ガイドさんの説明によると「マウナルア湾に張り出している岬の先端の山形は、女神の姿に例えられています。左端が女神の長い髪、その右側が横顔、一番高い頂(ダイヤモンドヘッドのピーク・レアヒ:232m)が胸、その右が腹部や脚です」とのこと。7月に観た阿蘇五岳・釈迦の仰向け涅槃像のような女神の姿でした。

…夕日を見た後、ホノルル市内に戻り、タンタラスの丘からホノルルの夜景を満喫しました。

◆ホノルルの夜景①

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*タンタラスの丘は、ホノルル市街の北部の山の中腹(標高614m)に位置します。夜景①はホノルルの東側で、左端の灯が消えた上部がダイヤモンドヘッドの山並みです(写真では見えませんが…(^_^;))。

◆ホノルルの夜景②

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*夜景②は、ホノルルの西側でワイキキ海岸沿いの高層ホテル群が見えました。沖合を移動中のクルーズ船の明かりも見え、贅沢なひと時でした。

■ポ~ン:時折、霧雨が降っていたけど、月明かりの中の夜景は綺麗だったね。それから月のまわりに大きな光の輪が見えて神秘的だったね!
*これは「月のかさ」、「月暈(つきがさ、げつうん)」などと呼ばれる現象だそうです。

[2]オアフ島の海・山・樹木・鳥&虹に続く

2016年9月 3日 (土)

怒涛の富士総合火力演習観覧記:2016.8.28

御殿場で毎年夏に行われる「富士総合火力演習」*の入場券をいただき、行って来ました。
*陸上自衛隊が行う演習の一つで、御殿場市の東富士演習場(畑岡地区)で実施されます。

…momoⅡ号は3時過ぎに東名高速に入り、海老名SAや鮎沢PAで休憩しながら、6時前に御殿場ICに着きました。
御殿場市内に入ると、演習を観覧する人たちが乗ったタクシーや乗用車で混み始めました。駐車場手前の道路で動かなくなり待つこと15分、ようやく隊列が動き出し、5分程で高塚地区駐車場に入ることが出来ました。

■2016富士総合火力演習・駐車券

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*この駐車券をフロント右側に置いて、6時過ぎに指定の高塚地区駐車場に入りました。

駐車場から東富士演習場まではシャトルバスによる送迎です。最初のバス(大型バス8台編成)には乗れず、2回目・6時50分発のバスに乗って東富士演習場に向かいました。

…7時20分に東富士演習場側のバス用駐車場に着き、会場まで500mほど歩きました。
会場に着くと、スタンド(A~E・1スタンド当たり1000人前後収容)は満員で、自衛官の案内でAスタンド前のシート席に座りました。
*ここで、10時スタートの演習を待ちました。シート席は、席とは名ばかりで迷彩シートの上の体育会座りのことです。エコノミー症候群または股関節や腰が痛くなる人が多くいました(私たちは、マットを持参していたため、なんとかしのげました)。

…8時30分から、練馬音楽隊による演奏が始まりました。

●練馬音楽隊【8:33】

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*演習場・観覧席前での演奏(女性隊員の「ひこうき雲」の独唱)風景です。
**演習場の目標地点=的(中央の白枠・長方形の的までの距離が600~800m、奥の褐色の尾根の的[二段山・三段山]までの距離が3,000m)です。後ろは富士山で、この時間帯のみガスが晴れていました。

9時過ぎから来賓を乗せたバスが次々に横付けされ、私たちの座るシートの横を通ってAスタンドに向かっていました(最後は稲田防衛大臣でした)。

10時に主要装備品を紹介する前段演習が始まりました。
*前段演習は、遠距離火力、中距離火力、近距離火力、ヘリコプター火力、対空火力、戦車火力の順番で各種装備の実弾演習が進んでいきます。

●実弾射撃①【10:08】

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*手前の演習場から一斉射撃が始まりました。中央のはげ山に硝煙が上がっていますが、そこが着弾地点の三段山です。

●実弾射撃②【10:13】

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*99式自走155mm榴弾砲が一斉に射撃して、同時に空中で破裂させる同時弾着射撃が行われました。空中で炸裂した火炎が一列に並んでいます。

●実弾射撃③【10:14】

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*②に続いて、空中で炸裂した火炎が富士山を描きました。距離の違う場所からの射撃で、型を作り同時に炸裂させるのは難易度が高いそうです。

11時前、前段演習が終わりました。

●演習司令部【11:09】

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*Aスタンド横のゾーンに設置された演習司令部スタンドを写しました。迷彩服・ヘルメット姿の陸上自衛隊・司令官が並んでいました。

●オーロラビジョン車【11:11】

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*後段演習は、島嶼部に展開した部隊主力による戦闘様相を展示する演習です。オーロラビジョンに後段演習のタイトルが映されました。

●多用途ヘリ・UH-60J【11:33】

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*多用途ヘリ・UH-60Jから、先遣部隊がラペリング降下中です。

●大型輸送ヘリ・CH-47 【11:33】

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*大型輸送ヘリ・CH-47からロープを使用して降下する隊員も写しました

●輸送ヘリ・CH-47J【11:35】

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*輸送ヘリ・CH-47Jから、隊員を乗せた高機動車が出てきました。

●偵察用バイク【11:37】

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*火山灰の小山を偵察用バイクが飛んでいます。

●観客席【11:47】

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*Aスタンド前シート席からB、C、D、Eのシート席とスタンドを写しました。約27,000人の観客が全国から集まっていました。

●実弾射撃④【11:51】

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*最後の実弾射撃です。着弾地点の二段山に硝煙が上がっています。実弾射撃は数えきれない数**でしたが、爆音・爆風に驚き、命中率のすごさに唯々驚きました。
**今日の使用弾薬は、約14t(3億5千万円分)だそうです。

●演習フィナーレ【11:58】

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*富士総合火力演習のフィナーレとなりました。煙幕の中を空からヘリ部隊がら編隊飛行で飛来しました。

12時、無事富士総合火力演習が終わり、シャトルバスに乗り、駐車場に向かいました。

【2016年富士総合火力演習・資料】
*参加部隊は、富士教導団、滝ケ原~駒門駐屯地~中央即応集団降下部隊ほか各方面部隊、航空~海上自衛隊ほか人員2300名、戦車・装甲車80両、各種火砲60門、航空機20機、その他車両600両と大規模な演習です。
*今日の演習は、一般公開で戦車やヘリコプター、様々な火砲による実弾射撃を間近に見る事ができるため、陸上自衛隊のイベント観覧の中で最も人気があり、入場券の入手が難しい(今年は倍率28倍、駐車券付き209.5倍)ということでした。

今日の歩歩歩数は、6,800歩でした。

END

2016年8月27日 (土)

夕涼み・屋形船:2016.8.11

山の日の8月11日、レインボーズのメンバー14人とともに東京湾・墨田川を巡る屋形船に乗りました。
*レインボーズは、子供会のソフトボールチームの父母会から続くOJISAN・OBASAN(OJYOSAN)の交流会メンバーです。

…15時過ぎ、先発隊の10人は六本木サントリー美術館の「エミール・ガレ展鑑賞チーム」と六本木「ビヤバー探訪・チーム」に分かれて英気を養い、17時過ぎに北品川の船清に着きました。

●船清【17:10】

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*船清は、北品川にある屋形船・クルーザー観光の会社です。船着場には、10艘以上の屋形船とクルーザーが繋がれていました。

船清で後発隊の4人と合流し、メンバー全員で17時30分発の屋形船「かぐや姫」号に乗り込みました。

●屋形船・かぐや姫【17:15】

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*かぐや姫は、船清の中で最大の船**で、掘ごたつ式座席・デッキ付きの屋形船でした。
**総トン数:49t、全長:30m、幅:5m、客室:約81㎡、天井高:1.88m、日本最大の屋形船だそうです。今日は乗合屋形船で運行し、乗客も満員(120名)でした。

乗船後、船頭チームの挨拶の後、すぐに飲み物と料理が運ばれてきました。

●屋形船・料理【17:40】

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*江戸前の揚げたての天ぷらと刺身がメインのコースでした。

かぐや姫は、品川の運河を通って東京湾に出て、お台場に向かいました。

●お台場【18:09】

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*お台場で日の入りを待ちました。デッキの上に出て、一緒に日の入りを待つ屋形船とレインボーブリッジ(右端)を写しました。

かぐや姫は、日の入り後の夕闇の隅田川を通って15の橋を潜り抜け、桜橋に着きました。

●桜橋とスカイツリー【19:10】

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*屋形船は、桜橋の上流で旋回し、隅田川の中央部で20分程停泊しました。デッキからライトアップされたスカイツリーと桜橋を写しました。
**今日のスカイツリーは、リオ・オリンピック男子柔道90kg級でベイカー茉秋選手が金メダルを獲得したため、金メダルをイメージしたライティングでした。

●吾妻橋とスカイツリー【19:35】

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*橋脚がピンク色にライトアップされた吾妻橋、高速道路の橋脚を挟んでスーパードライホール屋上の黄金色の○○○オブジェ、その上にスカイツリーが見えました。

デッキから船内に戻り、レインボーズの納涼宴会を楽しみました。船内では、誕生日記念で乗船した人や定年退職記念で宮崎から来た人などが紹介され、拍手とプレゼントをもらっていました。

…かぐや姫は隅田川をゆっくり下り、汐留沖に着きました。

●東京タワー【20:10】

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*東京タワーも「リオデジャネイロオリンピック金メダルおめでとう!スペシャルダイヤモンドヴェール」のライティングでした。

●レインボー・ブリッジ【20:20】

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●船清・船着場①【20:36】

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*提灯ライトが海面に揺れていて、「THE YAKATABUNE」の趣でした。

●船清・船着場②【20:38】

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…レインボーズメンバーは、夕涼みを兼ねて船清から品川インターシティビル群を通って品川駅に向かいました。

■船清HP
http://www.funasei.com/

今日の歩歩歩数は、11,700歩でした。

END

2016年8月13日 (土)

●修験道の聖地・出羽三山を訪ねて③:2016.7.30-31

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[3]湯殿山・湯殿山神社本宮

…出羽三山の最後は湯殿山神社(ゆどのさんじんじゃ)です。修験道では、山伏が羽黒山から月山に登り、西の尾根を下って湯殿山神社まで歩く修行を「三関三渡」と言うそうです。
今回はバスで大きく回り込んでの「三関三渡」でした。

■湯殿山神社・扁額

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*出羽神社(三神合祭殿)の左側の扁額が湯殿神社でした。

●湯殿山神社・大鳥居①

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*平成5年建立の大鳥居です。この下のロータリーから参拝用シャトルバスに乗り換え、湯殿山神社本宮を目指しました。

●湯殿山案内図

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●参拝用シャトルバス

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*参拝用シャトルバスの終点でバスを写しました。バスの左奥の参道入口から湯殿山神社本宮へ降りていきます。

●湯殿山・由来説明板

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●湯殿山神社本宮・参道入口

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*出羽三山の奥宮とされる湯殿山神社本宮は、写真撮影禁止、参拝は土足厳禁という厳しい戒めで知られる神社です。この参道入口からは写真撮影禁止でした。

湯殿山神社本宮では、参拝に際して履き物を脱いで裸足になり、御祓いを受けて、温泉の湧き出る巨岩の御神体を拝しました。素足に温泉を感じながら、全身全霊をかけての参拝でした。

■湯殿山神社・大鳥居②

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*大鳥居を東側から写しました。手前には行人塚と即身仏の社がありました。

「三関三渡」の修行では、現在・過去・未来の三関を乗り越え、湯殿山の大日如来(三関を超越した世界)と一体になって妙果を感得することを目指したそうです。
今回の出羽三山巡りでは、「三関」と「三渡」の意味を少しだけ体験できた旅でした。

2日間の歩歩歩数は、20,200歩でした。

END

●修験道の聖地・出羽三山を訪ねて②:2016.7.30-31


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[2]月山・月山中之宮

羽黒山から狭い月山高原ラインを走って、月山に向かいました。
大型バスは、月山から下ってきた乗用車やバスと出会うと(拡幅された道までバックすることも数度)スレスレで交差しながら進み、16時30分に月山八合目に着きました。

 
■月山神社・扁額

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*出羽神社(三神合祭殿)の中央の扁額が月山神社でした。

…夏山特有の午後の雨雲が通り過ぎ、雨上がりの弥陀ヶ原湿原を散策しました。

●月山・弥陀ヶ原MAP

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*弥陀ヶ原湿原の入り口に立てられていました。

●キンコウカ・イワショウブ

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*月山・弥陀ヶ原に咲くキンコウカの群生とイワショウブ(白)です。

●弥陀ヶ原・池塘①

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*弥陀ヶ原湿原には大小の池塘が点在していました。池塘の手前の黄色い花がキンコウカです。

●タチギボウシ

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…弥陀ヶ原湿原の木道を歩いて15分、月山中之宮・御田原神社(がっさんなかのみや・みだはらじんじゃ)が見えてきました。

■月を眺めるうさぎ

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*月山中之宮・御田原神社前にある石造りの大きなうさぎです。月山神社は御祭神が月讀命で月との関わりから「月を眺めるうさぎ」が奉納されているのでしょう。右手の鳥居は月山本宮の鳥居です。

●ニッコウキスゲ

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*弥陀ヶ原湿原の木道横に咲くニッコウキスゲを写しました。

●弥陀ヶ原・池塘②

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*池塘は、弥陀ヶ原などでは餓鬼が飢えをしのぐために作られた田に見立てて「餓鬼田」と呼ばれています。池塘の中に生えているイグサの様な細い草はミヤマホタルイです。

●弥陀ヶ原・池塘③

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*弥陀ヶ原・池塘②の右側に回り込んで池塘に映るニッコウキスゲを写しました。

●弥陀ヶ原と月山山頂

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*タチギボウシ(右)・イワショウブ(左の白い花)の間に、雲が晴れた月山(1984m)が見えてきました。

●弥陀ヶ原・木道

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*月山八合目に戻る途中の木道です。

●弥陀ヶ原から見た南西側の風景

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*17時20分に木道から南西側の風景を写しました。庄内の山々には雲が谷間にたなびいていました。

[3]湯殿山・湯殿山神社本宮に続く

●修験道の聖地・出羽三山を訪ねて①:2016.7.30-31

夏山シーズン真っ只中、高山植物も開花中の出羽三山を巡りました。
*山形県庄内地方にひろがる羽黒山・月山・湯殿山を出羽三山と称し、それぞれに出羽神社・月山神社・湯殿山神社が鎮座しています。

今回の旅は、30日が羽黒山(五重塔)→月山(弥陀ヶ原)→鶴岡泊、31日が羽黒山(出羽三山神社)→湯殿山のコースでしたが、歩歩歩ポ~ンでは

[1]羽黒山・出羽三山神社
[2]月山・月山中之宮
[3]湯殿山・湯殿山神社本宮

の三山に分けて特集します。
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[1]羽黒山・出羽三山神社

古来から修験の山として信仰されている羽黒山、その頂に鎮座しているのが出羽神社です。
三神合祭殿(さんじんごうさいでん)は、羽黒山の頂に鎮座する社殿です。社殿には出羽神社・月山神社・湯殿山神社の三神が祀られていています。

■出羽神社・扁額(出羽三山神社・三神合祭殿)

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*三神合祭殿正面には三山の扁額が架かっていました(右側の扁額が羽黒神社でした)。

羽黒山の麓・羽黒山参詣道を歩きました。

■参道鳥居

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*鳥居の先に随神門(ずいしんもん)が見えています。

●出羽三山案内図

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■随神門

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*随神門より内側は出羽三山神社の神域となります。

随神門から秡川に続く継子坂の石段を下り、神橋に出ました。

■神橋から見た秡川と須賀の滝

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*秡川は三途の川で、参詣者はこの川で禊をして山頂を目指します。須賀滝の下には祓川神社と岩戸分神社が祀られていました。

神橋から参道を歩き、爺杉(じじすぎ)と五重塔に向かいました。

●爺杉

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*爺杉は、羽黒山で最大・最高齢(1000年以上)の大杉です。周りの樹齢300年以上の杉を圧倒する大木でした。

■五重塔①

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*平安時代中期(931年‐938年)に平将門の創建で、現存の五重塔は1372(応安5)年に再建したと伝えられています。
塔の高さは約29.2m(相輪を除く高さ22.2m)で、屋根は杮葺き、塔身は彩色等を施さない素木の塔です。

■五重塔②

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*五重塔を囲む樹齢300年以上の杉の間から塔を写しました。

●表参道・一の坂

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*五重塔あたりから一の坂、二の坂、三の坂と続く表参道(2446段の石段)が始まります。五重塔の横から山頂に至る表参道(一の坂)を写しました。

…一の坂を歩いた翌日、羽黒山山頂から石段を三の坂まで下りました。

■表参道・三の坂

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*埴山姫神社から三の坂の上部石段を写しました。奥が二の坂、一の坂方面です。

■羽黒山参籠所

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*三の坂を登りきり山頂大鳥居に向かう左手に羽黒山参籠所がありました。

■山頂・大鳥居

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*表参道(一の坂、二の坂、三の坂を登った)の終点が山頂・大鳥居です。

■厳島神社(左)と蜂子神社(右)

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*大鳥居の先に、厳島神社と出羽三山神社の開祖・蜂子皇子を祀った蜂子神社が鎮座しています。社の前で山伏案内(左端)が行われていました。

鏡池の手前から出羽神社三神・合祭殿(いではじんじゃ・さんじんごうさいでん)を写しました。

■出羽神社・三神合祭殿①

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*羽黒山は、かっては出羽神社のみが鎮座していました。
しかし、月山や湯殿山が山頂や渓谷にあり、冬季の参拝や祭典の執行が出来ないので、月山鎮座の月山神社と湯殿山鎮座の湯殿山神社を合祭し、三山の年中恒例や臨時の祭典は全て三神合祭殿で行われています。

■出羽神社・三神合祭殿②

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*現在の合祭殿は、1818(文政元年)年に完成しました。主に杉材を使用した朱塗りの建物で、高さ28m、桁行24.2mで杉材を使用し、茅葺屋根の厚さ2.1mは日本最大と言われています。
正面に、今回の扉写真となった三山の扁額がかかっていました。

■出羽神社・三神合祭殿③

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*三神合祭殿は、茅葺替えの工事中でした。

■出羽神社・神興社

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■崇峻天皇皇子・蜂子皇子墓・案内板

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■崇峻天皇皇子・蜂子皇子墓

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*羽黒山に羽黒神を祀り、修験道場を開いた第32代・崇峻天皇の第三皇子・蜂子皇子の墓です。宮内庁管理なので天皇陵の造形に似ていました。

[2]月山・月山中之宮に続く

2016年8月 7日 (日)

がんばるけん! くもとけん! 益城町・阿蘇神社・熊本城:2016.7.22-24

会社のボランティア団体が企画した「2016熊本復興支援活動」に応募し、熊本を訪ねました。

今回の歩歩歩ポ~ンは、「がんばるけん! くもとけん! 益城町・阿蘇神社・熊本城」のタイトルで、[1]益城町のボランティア活動、[2]阿蘇神社の被害状況、[3]熊本城の被害状況を報告します。

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[1]益城町ボランティア活動

7月23、24日の二日間、熊本地震で最も被害が大きかった益城町で、会社のボランティアメンバー32名と益城町ボランティアセンター(VC)を中心に瓦礫の運搬と集積場での分別作業を行いました。

●益城町VC①

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*テントには、ボランティアの人たちが使用するスコップなどの道具が集められていました。

●益城町VC②

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*瓦礫や家財道具を運ぶための一輪車です。奥のテントでは、ヘルメット・軍手・防塵マスクなどが配られていました。

●益城町VC③

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*毎日、このテントで地元の人達が、無料のペットボトルや冷たいおしぼり、飴、スイカなどを配っています。

●益城町VC・駐車場①

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*VCの駐車場には、軽トラックや2tトラックが並んでいました。

●益城町VC・駐車場②

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*午前中、運転した軽トラです。昨日積まれた瓦礫を集積場とクリーンセンターに運びました。

…益城町VCから軽トラを運転し、町の中心を通って、総合運動公園グラウンド横の集積場まで運びました。メインストリートの両側は全壊・半壊の家屋が続いていて、鳥肌がたった状態での運搬でした。

●益城町集積場①

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*集積場で、軽トラからプラステック類を下ろしている様子です。

●益城町集積場②

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*集積場で下ろされた家の柱です。この柱を大型の油圧ショベルで1、2mほどの長さに潰していました。

●益城町集積場③

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*金属類を分別しています。傘はビニールや布を外して骨の状態にして積んでいました。

…午後からは、集積場での荷下しと分別作業に参加しました。夕方、一日の作業を終えて益城町VCに戻り、テント内の様子を写真に収めました。

●益城町VC・テント内ボード①

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*このボードは、ボランティアに参加した人達が数名ずつチームを組み(マッチング)、今日の作業現場に向かうための地図です。

●益城町VC・テント内ボード②

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*もう一つのボードには、今日の「活動依頼終了」の張り紙がありました。

二日目(7月24日)は、熊本地震の発生(23日前震、25日本震)から100日目、町では地震で亡くなられた20余名の方々慰霊祭が行われる日です。
今日は、軽トラでの運搬作業はなく、ボランティアメンバー全員で集積場の荷下し・分別作業に携わりました。

●益城町集積場④

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*昨日の午後と同じ「家電エリア」の作業に手をあげ、①エアコン、冷蔵庫、→②液晶TV、PC、その他家電を回りながら車からの荷下し・分別作業を手伝いました。
今日も35度近い気温となり、ヘルメットと防塵マスク着用の作業だったので、エリアでは3グループを作り、30分作業(①15分→②15分)・15分休憩のシフトを組んで作業しました。

●益城町集積場⑤

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*集積場は、益城町中央小学校が移転した跡地のグラウンドです。散水車が10分おきぐらいに回ってきて水を撒くと、一瞬気温が下がり土埃も少なくなりました。

●益城町集積場⑥

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*この茶色の集積物は畳です。6月の大雨で家屋が水浸しになり、畳が腐敗して土の様な色になっていました。奥は布団類、いずれも壊れた家屋から運ばれてきたもので、1日でこの2倍位の高さになります。

●益城町集積場⑦

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*家電置き場の奥は、ブロックや瓦の粉砕場と置き場となっていました。大型の油圧ショベルがブロックを空中高く持ち上げ、下に落として割ったり、キャタピラで粉砕するため、騒音と振動と砂ぼこりが舞う作業場でした。

●益城町総合運動公園グラウンド

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*このグラウンドは、5月末まで野口健氏らの尽力で設営されたテント村(ピーク時156張り)でした。石原軍団の炊き出しもここで行われたそうです。今日時点でも、奥の総合体育館は避難所となっていました。

…二日間の活動で町の被害状況を目の当たりにして、町中の瓦礫がなくなるまでには長い月日がかかると思いました。
しかし、益城町VCで活動する社協のスタッフの方や集積場の作業現場で一緒に作業した近隣のボランティアの方との話から、復旧・復興に向けた地元の方々のパワーを感じました。

●益城町VC・テント内①

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*これまでにボランティアに参加した人や子供たちの復興フラッグがテントに掛けられていました。

●益城町VC・テント内②

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「熊本県内外から来られる多くのボランティアの人達の地道な作業を見ていると、私達もですが地元の方々や被災された方々も、手付かずだった家の片づけや地域の復旧に取り組もうという気持ちが強くなっています。遠くから来ていただいて有難うございます。」
…VCや作業場で出会った方々から、このような話を伺うことができ、微力ながらお手伝いが出来てよかったと思いました。

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[2]阿蘇神社の被害状況

益城町ボランティア活動の前日(7月22日)、早めの飛行機に乗り、昼前には集合場所の大津町に到着しました。そして、今日、宿泊するホテルに荷物を預け、肥後大津駅から阿蘇に向かいました。

●肥後大津駅

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*電車は、熊本駅⇔肥後大津駅を結ぶディーゼル列車です。列車はここから折り返しとなります。特急あそぼーいや寝台特急ななつ星が、再び豊肥本線を走る日が近いことを祈りました。

JR九州・豊肥(ほうひ)本線は、地震被害で肥後大津駅⇔阿蘇駅の区間が不通のため、迂回ルートのバスを利用しました。
往路は熊本と大分を結ぶ急行バスに乗り、宮地駅前で降りました。
ここから、北に向かう幹線道路を歩きます。約1㎞歩くと阿蘇神社の案内板が見えてきて、そこから200~300m西に向かうと参道に出ました。

●阿蘇MAP

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*宮地駅に設置された阿蘇の地図です。阿蘇神社は「現在地」から北に向かう道路が3方向に分かれる傍に鎮座していました。

■阿蘇神社・参道

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*阿蘇神社の参道です。参道は、一見被害がないように見えますが左右の石灯篭が崩れていました。

■阿蘇神社・楼門①

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*楼門に近づくと、落ちた屋根が見えました。

■阿蘇神社・楼門②

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*①の場所からさらに近づくと、大きく崩れた楼門の屋根が重なっていました。

■阿蘇神社・北側鳥居

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*阿蘇神社の鳥居は、北側、南側とも無事でした。奥の山は、阿蘇・高岳です。

■阿蘇神社・楼門・拝殿

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*左側が楼門の屋根、右側が拝殿の屋根です。

■阿蘇神社・楼門の屋根

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*拝殿の傍から楼門の屋根を写しました。神社では珍しい仏閣の様式で建てられた二層楼山門式の楼門(高さ:18m)は、2回目の本震で屋根が地面まで落ちたそうですが、幸いなことに神社も周りの地域も人の被害はなかったそうです。

■阿蘇神社・拝殿の屋根

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■阿蘇神社・本殿

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*本殿は無事(内部に入れないため、外観だけですが、キリリと建っていました)のようです。

■阿蘇神社・神の水

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*阿蘇神社の楼門前にある銘水・神の水です。阿蘇地方では地震で温泉や地下水が涸れたり量が減ったりしたところがあったそうですが、神の水はそのままの水量で湧いているとのことでした(ペットボトルに詰めて持ち帰りました)。

参拝後、御守りを包んでいただきながら、禰宜の方に地震のことを訊きました。
「阿蘇神社は大きな被害を受けましたが、参道前の店も周りの民家も大きな被害はありませんでした。地域の方々は、『阿蘇神社さんが護ってくれた』とおっしゃっています。…今、再建が始まったばかりですが、重要文化財ということもあり、今までと同じ部材をそろえるまでに2、3年、建て替えが完了するまでに7、8年かかるといわれています。」という話でした。

…帰りは、阿蘇神社から宮地駅まで幹線道路の一本西側の道を歩きました。周りの家は、禰宜の方の話通り、地震の被害を受けた様子は見かけられませんでした。

●阿蘇・宮地駅①

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*扁額に駅名が書かれ、出入口には注連縄があります。宮地駅は、阿蘇神社へ入る駅という佇まいでした。

●阿蘇・宮地駅②

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*7月9日より宮地駅の西隣の阿蘇駅から豊後荻間駅で運転が再開されました。ホームに停車しているのは、豊後荻間駅行きのディーゼル列車です。右奥のギザギザの頂の山は根子岳(1,433m) です。

…17時30分、JR宮地駅発の代行バスに乗りました。代行バスには阿蘇神社の帰り道で見かけた阿蘇中央高校の生徒が10名ほど乗ってきました。
高校生は、阿蘇の各駅で降りていき、残りの2、3名で肥後大津駅を目指しました。

●阿蘇五岳

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*迂回ルートの二重峠付近から振り返った阿蘇五岳(あそごがく)です。左から根子岳(1,433m)、高岳(1,592m)と中岳(1,506m)、烏帽子岳(1,337m)、杵島岳(1,321m)です。

代行バスは、19時過ぎにJR大津駅北口に到着しました。
大津駅の停留所は熊本から阿蘇方面へ向かう通学生や通勤客で一杯で、代行バスが追加されて折り返していきました。

今日の歩歩歩数は17,800歩でした。

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【3】熊本城の被害状況

7月24日は、午前中でボランティア活動を終了しました。益城町VCで昼の弁当を食べた後、熊本城の被害状況を見学して郊外の銭湯に向かうことになりました。

…益城町VCを出たバスは、熊本市東部や南部の道を通り、熊本城内の二の丸駐車場に止まりました。

●熊本城MAP

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●熊本城・西大手門

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*二の丸側から西大門方面を望遠で写しました。門は崩れた石垣で埋まっている様です。

●熊本城・宇土櫓・大小天守閣①

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*左が宇土櫓(うとやぐら)で中央と右が大小天守閣です。

●熊本城・宇土櫓・大天守閣②

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*①を望遠で写しました。大天守閣の屋根の鬼瓦は落ち、周りの瓦も割れています。また、宇土櫓の右手の長塀も倒れていました。

●熊本城・戌亥櫓

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*戌亥櫓(いぬいやぐら)は、飯田丸五階櫓の様に隅石だけで辛うじて櫓を支えていました。

熊本地震のボランティア活動と阿蘇神社、熊本城の被害状況をみて、復興までの道のりは遠く、時間もかかると思いましたが、今後も支援を続けたいと思いました。

●『がんばるけん! くもとけん!』復興PR・シンボルマーク

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*出典:熊本県

END

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2016年8月 6日 (土)

那須・茶臼岳登攀記:2016.7.19

赤城山・黒檜山の登山中(5月29日)に企画案が出され、7月実施で決定した夏合宿のフィナーレは、那須・茶臼岳(ちゃうすだけ)の登攀であった。

…2016年7月19日9時45分、茶臼岳遠征隊は那須ロープウェイ・那須山頂駅(キャンプ1:C1)に降り立った。
目指すは、那須の主峰・茶臼岳のピークである。

遠征隊のメンバーは、今回の登攀を断念しベースキャンプ(BC)の福岡から見守るホンダ隊長のことを想っていた。
7月21日に決まったホンダ隊長の腹腔鏡手術の成功を祈りながら、メンバーはC1 からC2に向けての第一歩を踏み出した。

●那須連山MAP(C1)

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*那須ロープウェイ・那須山頂駅横の登山道に、那須連山の地図がありました。

●牛ヶ首山分岐(C2)

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…頂上アタック隊は、ヤスダ隊長、ナカハラ隊員、タカハシ隊員、クボタ隊員の4人だった。
4人は、C2の牛ヶ首山分岐で主峰のトラバースの道を探るノグチ副隊長とオマタ隊員と別れ、茶臼岳(1,915m)に向けて登り始めた。

●大石付近のアタック隊

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*溶岩流の間の登山道をナカハラ隊員を先頭に、ヤスダ隊長、タカハシ隊員が続いて登っています。

アタック隊の足取りは軽く、途中で30名程の登山者を追い越して、ノグチ副隊長が予測した「登り50分」の約半分のコースタイムで茶臼岳頂上に到達した。

●茶臼岳頂上・那須岳神社鳥居

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*茶臼岳の頂上は、那須岳神社の鳥居を潜った先でした。

●茶臼岳頂上・那須岳神社①

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*茶臼岳山頂に那須温泉神社の奥宮である那須岳神社の祠が祀られていました。

●茶臼岳頂上・那須岳神社②

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*那須岳神社の祠にアタック成功を報告する「のりたま・タカハシ隊員」。奥は大倉山(1792m)の尾根で、右側の盆地は南会津の集落です。

●茶臼岳からの展望(北側)

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*茶臼岳頂上から北側を写しました。手前が頂上部の溶岩円頂丘、奥の中央が剣ヶ峰(1,799m)、左(東)側のピラミッドの様な頂が朝日岳(1,896m)です。空には梅雨雲が棚引いていました。

●茶臼岳からの展望(南東側)

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*茶臼岳頂上から見た南東側・那須塩原方面の景色です。関東は今日が梅雨明け、南側では夏雲が浮かんでいました。

…頂上アタック隊は、山頂に20分程滞在した後、C2を目指して下り始めた。
茶臼岳は、遠くから眺めるとディラン峰の様に「たおやかな峰」であるが、火砕流の登山道**は滑りやすく、気が抜けなかった。

アタック隊は、慎重な足取りで下り、C2を経てC1の那須ロープウェイ・那須山頂駅に着いたのは11時40分であった。

…那須を後にしたメンバーは、「南ヶ丘牧場」にてプレミアム・ソフトで登攀成功を祝い、その後、BCのホンダ隊長***に茶臼岳登攀のメールを送った。
*『白きたおやかな峰』北杜夫著、カラコルム山脈の未踏峰ディラン峰(7257m)。
**今回、アタック隊が歩いた登山道は、ロープウェイで8合目まであがり、そこから牛ヶ首山分岐付近までは歩道が整備されているので、茶臼岳登山を手軽に楽しめるコースでした。
***ホンダ隊長は、胆石の手術が無事に終わり、隊長の体調も回復して“めでたしめでたし”でした。

今日の歩歩歩数は10,800歩でした。

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