2017年3月21日 (火)

[3]じっくり弥山・厳島神社と広島平和資料記念館:2017.3.4

2015年8月25日、九州に上陸した台風15号による暴風雨で、当日のツアー(宮島・厳島神社)が中止になり、厳島神社の参拝が叶いませんでした。
今回の旅では、一昨年の心残りだった厳島神社の参拝、加えて弥山(みせん)山頂の弥山本堂や霊火堂も訪ねたいと思っていました。

*●「萩・美祢(秋芳洞)・下関・門司港の旅」アルバム
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2015/08/post-dd90.html

…宮島桟橋から厳島神社への参道を歩くと、大鳥居が次第に大きくなってきました。

●厳島神社・大鳥居(望遠)

Dsc03565_r


…まず、紅葉谷公園の道を上り、宮島ロープウェー紅葉谷駅に着きました。そこ(紅葉谷駅)から榧谷駅~獅子岩駅をロープウェーで乗り継ぎ、弥山を目指しました。

●宮島ロープウェー・榧谷駅

Dsc03566_r

*榧谷(かやたに)駅[371m]からは、交差式30人乗りのロープウェーで獅子岩駅[433m]を目指します。

●弥山案内図

Dsc03567_r

*獅子岩駅でロープウェーを降りると、目の前に弥山山頂が見えました。

●獅子岩駅から見た弥山山頂

Dsc03568_r

●弥山本堂

Dsc03569_r

*弥山本堂は、806年(大同元)年に空海(弘法大師)が弥山を開山し、修行を行ったと伝えられています。

●霊火堂

Dsc03570_r

*霊火堂には、空海が宮島で修行をした時の護摩の火が約1,200年間燃え続けていると言われる霊火がありました。

●霊火堂・霊火

Dsc03571_r

*霊火で沸かした大茶釜の湯は、万病に効くと言われています。また、霊火は広島平和記念公園の平和の灯の元火の一つです。

●三鬼堂

Dsc03573_r

*三鬼堂は、鬼の神を祀る御堂で弥山の守護神です。大小の天狗をお供に強大な神通力で衆生を救うとされています。

●弥山山頂・くぐり岩

Dsc03576_r

*登山道上にあるくぐり岩を潜り、弥山山頂の直下にでました。

●弥山山頂・三角点

Dsc03577_r_2

*弥山(535m)は、厳島(宮島)の最高峰です。山頂周辺の磐座(いわくら)を見て、弥山そのものが御神体と言われる訳が分かりました。

●弥山展望台から見た景色①

Dsc03580_r

*広島湾を挟んだ右奥(北東側)が広島市街、左が宮島口、手前の宮島の中央部が厳島神社です。

●弥山展望台から見た景色②

Dsc03581_r

*弥山山頂の南側には瀬戸内海の島々と四国の最高峰・雪の石鎚山(1982m)を見ることができました。

●大日堂

Dsc03583_r

*大日堂は、空海が修法の道場として建てた御堂で、弘法大師作といわれる大日如来が祀られています

弥山からはコースタイムの半分で獅子岩駅に戻り、復路のロープウェイで榧谷駅を経て紅葉谷駅に下りました。

●宮島ロープウェイ・榧谷駅直下

Dsc03588_r

紅葉谷駅で下車し、紅葉谷川沿いに下り、厳島神社に向かいました。

■厳島神社・廻廊

Dsc03593_r

■厳島神社・客神社本殿

Dsc03594_r

*回廊から、海に浮かぶ客(まろうど)神社本殿[右側]と豊国神社・千畳閣、五重塔を写しました。

■厳島神社と大鳥居

Dsc03595_r

*右が客神社祓殿、中央奥が大鳥居、左奥が右楽房です。

■厳島神社・大鳥居(望遠)

Dsc03596_r

*海面に大鳥居が浮かんでいるように建っていました。

■厳島神社・狛犬・吽形(うんぎょう)

Dsc03597_r_2



■厳島神社・狛犬・阿形(あぎょう)

Dsc03598_r

■厳島神社・祓殿

Dsc03600_r

*手前が高舞台、その奥が祓殿です。

■厳島神社・本殿・幣殿・拝殿

Dsc03602_r

■厳島神社・能舞台

Dsc03603_r


■厳島神社・反橋(そりばし)

Dsc03604_r

●厳島神社・鹿

Dsc03606_r



*本殿の奥の境内を鹿が歩いていました。
宮島は数年前から餌やりが禁止されているため、パンフレット等の紙類を食べてしまうそうです。奈良の鹿に比べて小柄でした。

…じっくり歩いた弥山、参拝の願いが叶った厳島神社、名残惜しい宮島を離れ、今日最後の訪問地・広島資料記念館を訪ねました。

●広島平和資料記念館・オバマ大統領の折り鶴

Dsc03609_r

*平和記念公園と広島平和資料記念館をボランティアガイドの方の説明を聴きながら回りました。
ボランティアガイドの方の話しから、被災された母親の体験談や報道写真家・松重美人(まつしげよしと)氏の「涙のファインダー」の話は、原爆の惨状と平和についてじっくり考える機会をいただきました。

今日の歩歩歩数は、[2][3]合わせて20,500歩でした。

END

………………………………………………………………………………………………

[2]ぶらり尾道、千光寺:2017.3.4

4日の朝、倉敷から尾道に移動し、千光寺公園を訪ねました。

●尾道水道①

Dsc03544_r

*千光寺公園展望台から眺めた尾道の風景です。手前が尾道市街で、尾道水道を挟んだ奥の島が向島、尾道水道を渡船が行きかっていました。

●尾道水道②

Dsc03545_r

*展望台から、南西側を写しました。右下が尾道市立美術館、奥の尾道水道に面した所が尾道駅方面です。

●千光寺山ロープウェイ

Dsc03547_r

*文学のこみちを下る途中、千光寺山ロープウェイの山頂駅から下るロープウェイを写しました。

●尾道水道③・尾道渡船

Dsc03550_r

*文学のこみちから、尾道水道の渡船を望遠で写しました。この渡船は、尾道(士堂)と向島(兼吉)を4分で結んでいるそうです。

■千光寺・本堂

Dsc03552_r

*寺伝によると、千光寺の開基は806(大同元)年と言われています。磐座に囲まれたこの地で、1200年前から瀬戸内海に昇る朝陽や沈む夕陽の中でお経を唱えていたのでしょう。

■千光寺・案内板

Dsc03551_r_2



■千光寺・三十三観音堂

Dsc03555_r


*堂内には、西国観音霊場の各札所の御本尊、観世音菩薩33体が祀られていました。

●尾道水道③

Dsc03556_r


*三十三観音堂前のテラスから、尾道水道の東側を写しました。中央部の橋は、新尾道大橋(瀬戸内しまなみ海道)と尾道大橋です。

■千光寺・くさり山

Dsc03557_r


千光寺から再び千光寺公園に上り、山陽自動車道を通って安芸の宮島に向かいました。

[3]じっくり弥山・厳島神社と広島平和資料記念館に続く

………………………………………………………………………………………………

瀬戸内の史跡と世界遺産:[1]しっとり倉敷雛めぐり:2017.3.3‐4

ひな祭りの3月3日と4日にかけて、瀬戸内の史跡と寺社、そして世界遺産を訪ねました。
歩歩歩ポ~ンでは、今回の訪問地(倉敷・尾道・宮島・広島)の旅を

[1]しっとり倉敷、雛めぐり
[2]ぶらり尾道、千光寺
[3]じっくり弥山・厳島神社と広島平和資料記念館

の3回シリーズで特集します。

………………………………………………………………………………………………
[1]しっとり倉敷、雛めぐり:2017.3.3

岡山駅から山陽本線に乗り換え、2時過ぎに倉敷駅に着きました。
そして、3時過ぎから夜8時まで、雛めぐり開催中の倉敷の街を散策しました。

●大原美術館・本館

Dsc03483_r_2

*エル・グレコの『受胎告知』をはじめとして、美術の教科書で見たことのある沢山の名画が目の前に展示されていました。
そして、観たいと思っていたゴーギャンの『かぐわしき大地』とモディリアーニの『ジャンヌ・エビュテリヌの肖像』をゆっくり鑑賞することができました(満足、満足)。

●大原美術館・中庭

Dsc03484_r_2

*美術館中庭の南側(写真・右側)が東洋館、左側が工芸館・棟方志功作品展示室です。

●大原美術館・工芸館

Dsc03485_r_2

*工芸館は、中庭の北側にあり、濱田庄司の『青釉黒流大皿』が展示されていました。
他にも、バーナード・リーチや河井寛次郎の作品が展示されていて、駒場の日本民藝館(後で調べると、民藝運動を始動させた柳宗悦と運動に賛同した大原孫三郎との繋がりがわかりました)のような趣でした。

●工芸館・床タイル①

Dsc03487_r_2

●工芸館・床タイル②

Dsc03488_r_2


*館内の建物や設備にも美術館のこだわりが詰まっていました。特に、工芸館の床に敷き詰められたタイルは、質感、色あい、並べ方へのこだわりが感じられました。

●棟方志功作品展示室の瓢箪窓

Dsc03489_r_2

*展示室には、『二菩薩釈迦十大弟子板画柵』や『鷹持妃版画柵』をはじめ多くの版画作品が展示されていて、志功パワーに圧倒されました。
また、展示室の薄暗い瓢箪窓の格子からは、中庭や本館が見えました。

●新渓園・雛飾り

Dsc03494_r_2

*「倉敷雛めぐり」の会場の一つ・大原美術館内の新渓園を訪ねました。大広間には30組以上の御殿雛や段飾りが並んでいて、今日(3月3日)のひな祭りにふさわしい体験でした。

大原美術館を出て、倉敷川の両岸に広がる倉敷美観地区を散策しました。

●倉敷美観地区周辺MAP

Dsc03496_r_2

●倉敷美観地区①

Dsc03500_r_2

●旧倉敷紡績工場・煉瓦壁

Dsc03501_r_2

*旧倉敷紡績工場の煉瓦壁です。夕陽が当たる面と店舗の屋根の影が映る面のコントラストが綺麗な壁面でした。

●倉敷アイビースクエア・西門

Dsc03505_r_2

*1889(明治22)年に建設された倉敷紡績は、現在、倉敷アイビースクエアになっています。門の中は、赤煉瓦の建物が並んでいました。

●児島虎次郎記念館

Dsc03506_r_2

*西門の近くに大原美術館・別館の児島虎次郎記念館があり、児島虎次郎の作品を見ることができました。

倉敷美観地区の本町通りを歩き、北の小高い丘(鶴形山)の阿智(あち)神社を参拝しました。

■阿智神社・参道

Dsc03508_r_2

*阿智神社の東参道の鳥居からは、米寿段と呼ばれる88段の石段が続いていました。

■阿智神社・随神門

Dsc03509_r_3

*随神門には、木製の神門狛犬がいました。

■阿智神社・拝殿

Dsc03513_r_2

*阿智神社は、倉敷美観地区の鶴形山(標高40m)の山頂部にある神社で、宗像三女神(海の守護神であり交通交易、財宝、芸術、美の神でもある)を祀り、倉敷の人々の尊崇を集めてきた神社です。

●倉敷美観地区②・本町通り界隈

Dsc03515_r_5


●倉敷美観地区③・倉敷考古館

Dsc03523_r_2

*右側が倉敷考古館のなまこ壁で、中央が中橋、奥の洋風木造建築の建物が1917(大正6)年に倉敷町役場として建てられた倉敷館です。

●倉敷美観地区④・有隣荘

Dsc03528_r_2

* 緑御殿とも呼ばれる有隣荘の緑色の瓦屋根が、夕陽に照らされ輝いていました。

●大原美術館

Dsc03536_r_3

*夜、再び倉敷美観地区を歩き、有隣荘前からライトアップされた大原美術館を写しました。半欠けの月の下で光輝く美術館でした。

●「倉敷雛めぐり」ポスター

Dsc03538_r_2

*ホテルへの帰り道、倉敷河畔の屋敷に「倉敷雛めぐり」のポスターが貼られていました。月明かりとライトに照らされたポスターのお内裏様とおひな様は、しっとりした佇まいでした。

今日の歩歩歩数は、15,500歩でした。

[2]ぶらり尾道、千光寺に続く

………………………………………………………………………………………………

2017年3月17日 (金)

東京マラソンと福徳神社・富岡八幡宮:2017.2.26

昨年9月、第11回東京マラソンの当選メールが届き、家人がエントリーできることになりました。

申し込みをしていたことを知らなかった私が尋ねると、本人曰く、第1回から毎年参加手申し込みをしていて11年目の当選だったそうで、「当たったら走ってみようと出していた」とのことでした(私は、今年もハズレだとのこと)。
しかし、二人とも日頃の運動は歩歩歩ポ~ンの歩きくらいで、マラソン用のランニングはゼロです。

そこで、家人の初マラソン完走を目指して、コーチKUBOTAは2月末までの週末トレーニング計画を作りました。

■マラソントレーニング実施概要
………………………………………………………………………………………………
★ 9月:
5㎞をゆっくり走ることから始めたのですが、2㎞くらいで歩いてしまうことが続きました。そこで、ホノルルマラソンのゴール付近を走って楽しく完走できた
イメージをもてるようにしました。
★10月:
10㎞走ができるようになりましたが、ハーフマラソンの完走が見通せないペースでした。
★11月:
風光明媚な多摩湖自転車道コースや多摩川ランニングロードを走り、15㎞から20㎞走ができるようになりました。
★12月:
10㎞、15㎞、20㎞走を続けながら、ハーフマラソンを二人で走り、何とか制限時間内に完走することができました。
★ 1月:
前回の歩歩歩ポ~ンの「穴守稲荷神社と羽田神社:2017.1.29」のように、多摩川ランニングロードや多摩湖自転車道コースを往復するなど、走りと歩きで繋いで長距離を完走(完歩)しました。
★ 2月:
月初めは、風邪で走れない日が続きました。月の後半になって、高尾山ピストン登山や長距離走ができて、何とか20~25㎞まで走れそうな感じになったので、マラソン当日は「25㎞以降は足が攣らないように・止まらないようにしよう作戦」で臨むことにしたのです。

………………………………………………………………………………………………

●東京マラソン2017ポスター

Image2

*マラソン前日の2月25日、東京ビックサイトの受付会場で写しました。ポスターの前では、全国の当選ランナーが並んで記念撮影していました。

…そして2月26日(日)の8時過ぎ、新宿都庁前のスタート地点に立った家人でした。

●東京マラソン・コースMAP

1

スタートは9時20分過ぎなので、新宿都庁前を8時30分過ぎに別れ、営団地下鉄で移動して最初の応援ポイント①・日本橋コレドに向かいました。

…ランナーの通過までは時間があったので、コレドの北側に鎮座する福徳神社を参拝しました。

■福徳神社・鳥居

Dsc03457_r

■福徳神社・本殿

Dsc03458__r

*福徳神社は日本橋に行くたびに参拝する神社ですが、再開発中のため行くたびに周りの景色が変わっています。今回は、本殿奥の建設中のビルのシートが印象的でした。
**福徳神社HP:
http://mebuki.jp/

①日本橋コレド前

Dsc03459_r

*にんべんの店舗「日本橋だし場」が無料で出汁を配っていました。温かい出汁であったまり、三井美術館をバックに写真を撮りました。
日本橋コレド前は日本橋や三越前に比べて応援する人が少なく、ランナーがよく見えました。

①日本橋コレド前・上空

Dsc03460_r

*日本橋三井タワーの上空では、東京マラソン中継用のヘリコプターがホバリングしていました。

①日本橋コレド前・第3集団

Dsc03461_r

*日本人トップが走る第3集団を写しました。

日本橋コレド前で、1時間ほど走って来るランナーを見ていましたが、家人の姿を見つけることができず、東西線で次の20㎞地点の門前仲町に向かいました。

…門前仲町に着くと、コース上には多くのランナーが折り返していました。
家人の通過予想時間まで時間があったので、富岡八幡宮を参拝しました。

■富岡八幡宮・本殿

Dsc03465_r

江戸時代、徳川将軍家の保護を受けた富岡八幡宮は、1627(寛永4)年この地に創建されました。
**富岡八幡宮HP:
http://www.tomiokahachimangu.or.jp/

■富岡八幡宮・正面参道

Dsc03466_r

*正面参道では、毎年8月15日を中心に行われる深川八幡祭の神輿が東京マラソンのランナーを応援していました。

②門前仲町駅前

Dsc03469_r


*道路奥が富岡八幡宮・正面参道に建つ鳥居です。コース上では、折り返し地点に向かうランナーと折り返したランナーがすれ違い、沿道の人達からの大応援を受けていました。

ここで、約1時間にわたり5時間~6時間で完走するランナーを応援しました。
しかし、家人を見つけることができませんでした。その代わり、多くのコスプレランナー(ピコ太郎5人、関取2人、マリオ・ヨッシー3人、ピカチュウ3人、侍2人、リオのカーニバル踊り子、マイケル・ジャクソン等々)を見ることができました。

次の応援場所の茅場町1丁目交差点までは約2㎞なので、歩いて向かうことにました。

●永代橋・橋梁①

Dsc03471_r

*隅田川に架かる永代橋は、1926(大正15)年竣工のアーチ橋です。鉄板上の結合ピンが美しいクラッシックな鉄橋でした。

●永代橋・橋梁②

Dsc03472_r

*都心の道路は、交通規制で車が走っていません。静かな永代橋で中央から下流の佃島方面の高層マンション群を写しました。

茅場町1丁目交差点でも家人を確認できず、再び見たコスプレランナーのパフォーマンスが印象的でした。
圧巻は、門前仲町でも見たマイケル・ジャクソンです。マイケルになり切ったランナーは、「マイケル~ゥ」の応援があると、足を高く上げムーンウォークまでのダンスを披露し、最後は高音の声で「ポゥ」、「ホゥ」でしめ、クールに走っていました。

④ペニンシュラ東京ホテル前

Image1_2

*最後に、41㎞地点のペニンシュラ東京ホテル前に移動して応援しました。ここでは、半分くらいのランナーが歩いていました。
しばらくすると、攣った足にエアーサロンパスをかけてもらったマイケルが「ポゥ」、「ホゥ」でお礼を言って走っていく姿を確認しました。
その後、ゆっくり走る家人を発見しました。②の20㎞地点や③の27km地点では、コスプレランナーのパフォーマンスに気を取られ家人を発見できなかったようです。

残り1㎞を切り、丸の内の石畳の通りを走る家人を追いかけながら応援しました。
ゴールまではいけませんでしたが、無事、マイケルの後方で完走出来ました。

応援で走り+歩きまわったコーチKUBOTAの歩歩歩数は、22,000歩でした。

END

穴守稲荷神社と羽田神社:2017.1.29

羽田空港から福岡に帰る娘を見送った後、家人と多摩川河口から二子玉川までの多摩川ランニングロードをジョギングしながら近隣の神社を参拝しました。

…羽田空港から京浜急行空港線の穴守稲荷神駅で下車し、穴守稲荷神社(あなもりいなりじんじゃ)を目指します。

●穴守稲荷神駅

Image1

*穴守稲荷神駅前には、穴守稲荷神社の幟旗が並んでいました。

歩くこと3分、住宅街の中に穴守稲荷神社・鳥居と拝殿が見えてきました。

■穴守稲荷神社・鳥居と拝殿

Image3

*穴守稲荷神社は、新田開墾(現在の羽田空港内)の際に「風浪が作りし穴の害より田畑を守り給う稲荷大神」として1818(文政元)年に建立されたと伝えられています。

穴守稲荷神社参拝後に多摩川ランニングロードの0㎞ポイントに向かう途中、羽田神社を見つけました。

■羽田神社・本殿

Image4

*羽田神社の氏子地域内に羽田空港があったことから、羽田空港の関係者の運行安全祈祷が多いそうです。掛けられていた絵馬には、パイロットの航空安全祈願やキャビンアテンダントの合格祈願が書かれていました。

羽田神社から多摩川に架かる大師橋に出ました。
下流側に羽田空港ビルや離着陸する飛行機が見えたので、下流側(羽田空港側)に走ってみることにしました。

●羽田の渡し跡

Image8

*羽田と川崎との間の多摩川の渡しは、川崎大師参詣の要路でした。羽田の渡しは、1939(昭和14)年に大師橋が開通するまで利用されていたそうです。

多摩川沿いのロードを1㎞くらい走ると、多摩川と海老取川の合流点(五十間鼻)に出ました。

■五十間鼻・無縁仏堂

Image6

*五十間鼻に無縁仏堂(水難者慰霊碑)が建っていました。
由来には「関東大震災、先の第二次世界大戦の、昭和20年3月10日の東京大空襲の折には、かなりの数の水難者が漂着致しました。その方々を、お祀りしていると言われております。」とありました。

●無縁仏堂前のMAP

Image7

*右上の赤枠の上が無縁仏堂で、海老取川に架かる天空橋の側に羽田大鳥居が建っていました。

■羽田大鳥居

Image5

*穴守稲荷神社の大鳥居は、1999年の羽田空港新滑走路整備時に、羽田空港横の多摩川と海老取川の河口に移されました。
大鳥居の奥の空には離着陸する飛行機が飛んでいました。

羽田大鳥居から多摩川の左岸を上流に向かってのジョギング開始です。

●大師橋緑地:0.0㎞ポイント

Image10

*多摩川ランニングロードの0.0㎞ポイント(羽田大鳥居から約1.5Km上流)です。ロードには1㎞ごとにこのタイルが埋められていました。

●横須賀線・新幹線鉄橋:10.0㎞ポイント

Image11



●横須賀線・新幹線鉄橋

Image12

*10.0㎞ポイントから見た横須賀線・新幹線鉄橋です。新幹線鉄橋上を東京に向かうのぞみが超高速で渡っていました。

10.0㎞ポイントからの多摩川ランニングロードは、未舗装の道でした。
道の悪さを言い訳にして、二子玉川までの残りのロードは、歩いたり走ったりのポレポレで、ようやく二子玉川に到着しました

今日の歩歩歩数は、38,000歩でした。

END

2017年3月 1日 (水)

●ホールカバーその28:志摩市・伊勢市

ホールカバーその28は、2017年1月14日、15日に志摩市と伊勢市で出会ったホールを紹介します。
………………………………………………………………………………………………

●志摩市ホールカバー①:2017.1.15

Dsc03418_r

*近鉄賢島駅前の駐車場から英虞湾クルーズの港に向かう市道・「かしこみち」で出会った側溝蓋(グレーチング)です。
**側溝蓋に真珠入りのアコヤガイが2個埋め込まれていました。

 

●志摩市ホールカバー②:2017.1.15

Dsc03419_r

*①のそばで出会った側溝蓋です。真珠入りのアコヤガイは1個でした。
**真珠とアコヤガイを強度の高い樹脂で覆っています。

●志摩市ホールカバー③:2017.1.15

Dsc03420_r

*②の近くで出会った側溝蓋です。②と同じデザインですが、側溝蓋の横幅が広くなっています。
**これらの側溝蓋は、伊勢志摩サミット2016の開催前に整備された「かしこみち」を含め、全部で17枚取り付けられたそうです。
 

●志摩市ホールカバー④:2017.1.15

Dsc03429_r


*①②③の近くで出会った志摩市の市章入りホール(仕切弁)です。

●志摩市ホールカバー⑤:2017.1.15

Dsc03430_r

*「かしこみち」の手前、近鉄賢島駅前で出会ったホール(仕切弁)です。
**旧阿児町(あごちょう)の町章入りのホールです。「かしこみち」の約90mの区間は、アスファルトに細かく砕いたアコヤガイを混ぜて舗装した道でした。

………………………………………………………………………………………………

●伊勢市ホールカバー①:2017.1.14

Dsc03436_r

*JR伊勢市駅前、外宮に向かう参道で出会ったホールです。
**「おかげまいり」と呼ばれる江戸時代のお伊勢まいりをする人々を描いた汚水管ホールです。

●伊勢市ホールカバー②:2017.1.15

Dsc03437_r

*内宮を参拝した後、内宮門前町の「おはらい町」の路上で出会ったホールです。
*角型のホールには、縦長亀甲模様が描かれ、「消火栓」「水」「上水道」の表示があります。受枠は、黄色地で4つに仕切られ「駐車禁止」の文字がある消火栓蓋でした。

●伊勢市ホールカバー③:2017.1.15

Dsc03438_r

*「おはらい町」から猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)に向かう路上で出会ったホールです。
**伊勢市ホールカバー①のカラー版の汚水管ホールです。

●伊勢市ホールカバー④:2017.1.15

Dsc03446_r

*猿田彦神社参拝後「おはらい町」に戻り、赤福の前の路上で出会ったホールです。
**伊勢市ホールカバー③と同じカラー版の汚水管ホールですが、色合いが違っていました。

END

2017年1月28日 (土)

[2]JR参宮線・うみかぜ英虞湾・しまかぜ・赤福

●うみかぜ、やまかぜ「お伊勢参り」の第2弾は、1月14日と15日に出会った伊勢・志摩の宝です。

………………………………………………………………………………………………

1月14日、二見興玉神社参拝後、鳥羽に向かい、JR鳥羽駅からJR伊勢市までローカル列車に乗りました。

●JR東海・参宮線:キハ25形気動車

Dsc03395_r

*今回乗車したキハ25形気動車は、伊勢市と鳥羽市間(14.1㎞)を走る普通列車です。
列車は、ワンマン運転の2両編成で3扉(冬の期間、列車の停車中は扉が閉まっていて、乗降時にボタンを押して開く仕組みになっていました)のロングシート車両でした。

鳥羽駅は、JR東海・参宮線と近鉄電車・鳥羽線、志摩線のホームが並んでいます。しかし、JR東海と近鉄で大きな違いがありました。
 ・レール=JR東海・単線、近鉄・複線
 ・電車用架線=JR東海・無し、近鉄・有り
 ・特急電車=JR東海・無し、近鉄・有り

駅舎、ホームも近代的な近鉄に比べ、JR東海はローカル電車の終着駅の佇まいでした。

うみかぜ、やまかぜの次は、しまかぜです。
鳥羽市に向かうディーゼル列車(キハ25形気動車)に乗ると、隣の近鉄電車・志摩線のホームにあの「しまかぜ」が停車していました。
*「しまかぜ」(近鉄50000系電車)は、2013年に行われた第62回神宮式年遷宮に合わせて製造され、2013年3月に大阪難波、近鉄名古屋の両駅から伊勢志摩・賢島駅間で営業運転を開始しました。
2014年10月には京都発着便も設定され、2014年までに6両・3編成が製造されました。現在は、大阪⇔志摩、京都⇔志摩、名古屋⇔志摩それぞれの区間で運航日を除くと1日1往復の運行です

●しまかぜ①

Dsc03396_r

*左側が伊勢方面で右側が志摩方面です。停車中の車両は空車で、この後志摩駅に向かい折り返しで京都に向かう車両でした。
しまかぜの建造費は、6両・2編成で37億円(2013年時)です。ここに停車している車両(1編成)だけで18,5億円になります。ダブルデッカータイプの車両(950400形)が印象に残る車両です。

●しまかぜ②

Dsc03397_r

*車両側面に、しまかぜのマークがありました。しまかぜの名称の由来は、‟志摩に吹く風の爽やかさと車内で過ごす時間の心地よさ”から名づけられたそうです。

●しまかぜ③

Dsc03401_r

*志摩駅に向かうしまかぜの最後尾車両ク50100形です。大型ガラスを6枚使用した多面構成のフロントがシャープでした。

………………………………………………………………………………………………

1月15日、名古屋市や四日市市は寒波で10㎝以上の積雪とのニュースでしたが、志摩・英虞湾には青空が広がっていました。
朝、「賢島エスパーニャクルーズ」で帆船型遊覧船・エスペランサに乗り、英虞湾クルーズを楽しみました。

●英虞湾①

Dsc03425_r

*深いブルーの海面に、あこや貝を養殖する網を吊るしたブイが並んでいました。

●英虞湾②

Dsc03426_r

*ミキモト真珠養殖場の看板が見えてきました。多徳島の高台には、ブラタモリ(「志摩の宝は絶景が生んだ!?」2016.5.21放映)で見た御木本幸吉ゆかりの建物が…。

●英虞湾③

Dsc03427_r

*高台の建物は、御木本幸吉(1858~1954年)の住居だった真寿閣(しんじゅかく)と皇族や国内外からの賓客を迎えた別荘の朝熊閣(あさまかく)で、2棟ともこの場所に移築されました。

●帆船型遊覧船・エスペランサ

Dsc03428_r

*クルーズの途中で立ち寄った波止場でエスペランサ号を写しました。2016年の伊勢志摩サミットの余韻が残る波止場でした。

………………………………………………………………………………………………

「お伊勢さんと言えば赤福」、内宮と猿田彦神社参拝の後、おはらい町の参道にある赤福本店に立ち寄りました。

●赤福本店・竈①

Dsc03441_r

*妻入りの軒先にかかる暖簾をくぐると、店頭に朱塗りの竈(かまど)が見えました。

●赤福餅

Dsc03443_r

*2個入り(番茶つき) 赤福です。赤福餅の形は、五十鈴川のせせらぎをかたどり、餡につけた三筋の形は清流を、白い餅は川底の小石を表しているそうです。
*竈の火で沸いた湯でいれられた番茶は、赤福の餡との相性がぴったりで心身ともに温まりました。

もう一度竈を見たくなり、お盆を返しながら店頭の竈を写しました。

●赤福本店・竈②

Dsc03444_r

*朱塗りの竈の独特な形は、三宝荒神(さんぽうこうじん)は、昔、伊勢参宮の折に足の弱い人々に愛用された三人乗りの馬の鞍「三宝荒神」を造形化したものです。
竈も窯も(そして天井や梁の煤も)隅々まで磨かれていて、気持ちの良い老舗の佇まいでした。

うみかぜ、やまかぜ「お伊勢参り」2日間の歩歩歩数は、28,200歩でした。

END

2017年1月27日 (金)

●うみかぜ、やまかぜ「お伊勢参り」 [1]うみかぜ二見興玉神社、やまかぜ外宮・内宮と猿田彦神社

古より、伊勢神宮に参拝する前に二見浦で禊をする習わしがありました。そこから「二見浦の二見興玉神社に参拝した後に伊勢神宮の外宮を経て、内宮を参拝する」ことが正式な「お伊勢参り」と伝えられるようになりました。

今回、この正式な参拝順路(二見興玉神社→外宮→内宮→猿田彦神社)で「お伊勢参り」をしました。

2017年初の歩歩歩ポ~ンは●うみかぜ、やまかぜ「お伊勢参り」のタイトルで、

[1]うみかぜ二見興玉神社、やまかぜ外宮・内宮と猿田彦神社
[2]JR
参宮線・うみかぜ英虞湾・しまかぜ・赤福

の2回に分けて特集します。

………………………………………………………………………………………………

[1]うみかぜ二見興玉神社、やまかぜ外宮・内宮と猿田彦神社

1月14日の「お伊勢参り」は、二見浦の二見興玉神社(ふたみおきたまじんじゃ)から始まりました。
二見興玉神社は、夫婦岩の沖合約700mにある猿田彦大神(さるたひこのかみ)縁の興玉神石を拝す神社です。

■二見浦・夫婦岩と二見蛙

Dsc03381_r

*境内には、猿田彦大神のお使いとされる二見蛙(無事に帰る・貸した物が還る・お金が返るなどのご利益がカエルに掛けた蛙)が、数多く奉納されていました。

■二見興玉神社・拝殿

Dsc03382_r

*二見興玉神社は、御祭神に猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)を祀っています。

■二見興玉神社・輪注連縄

Dsc03383_r

*拝殿の前に、藁を編んで輪にした輪注連縄が置かれていました。
二見浦の海水で心身を清める禊(沐浴)は「浜参宮」と言われていますが、今日は沐浴の代わりに輪注連縄で禊祓いをして参拝しました。

■二見興玉神社・遙拝所

Dsc03389_r

*遙拝所は、夫婦岩(めおといわ)の沖合にある興玉神石を拝するための場です。
鳥居の中央に大注連縄を張った夫婦岩が見えました。

うみかぜが吹く夫婦岩、女岩の周りの海面にはカモメが浮かんでいました。

■夫婦岩①

Dsc03390_r

*夫婦岩の男岩(高さ9m)と女岩(高さ4m)の間は、約9mです。
5月から7月の期間は、夫婦岩の間に日の出が見れるため、多くの参拝者が訪れるそうです。

■夫婦岩②

Dsc03391_r

*夫婦岩の大注連縄(1本の重さ40kg・太さ10cm・長さ35mの注連縄が5本張られています)は、年に3回の大注連縄張神事で張り替えられています。

■龍宮社

Dsc03392_r

*二見興玉神社の参道の奥に、摂社の龍宮社が鎮座しています。
龍宮社は綿津見大神(わたつみおおかみ)を祀る社で、1792年(寛政4)年5月15日の大津波の犠牲者の供養と郷中の安全を祈るために建立されたそうです。

…伊勢神宮は、内宮(ないくう)と外宮(げくう)があります。
「お伊勢参り」の正式参拝順路(二見興玉神社→外宮→内宮)の2番目、外宮を参拝しました。

●外宮案内図

Dsc03402_r


外宮では、初めに別宮の多賀宮(たかのみや)に向かいました。

■亀石

Dsc03403_r

*多賀宮に向かう途中、御池に架かる大きな石の橋が亀石(外宮のパワースポットの一つと言われています)です。

…檜尾山の麓から、約100段の石段を上った高台に鎮座するのが多賀宮です。

■多賀宮

Dsc03404_r

*多賀宮は、外宮の別宮(わけみや)の中でも正宮の御正殿と同じ年に遷宮が行われる最も格式の高い別宮です。
多賀宮の左側が、
2013年の式年遷宮前まで社殿があった宮地です。

多賀宮の参拝後、檜尾山の麓の風宮(かぜのみや)と土宮(つちのみや)を参拝しました。

■風宮

Dsc03408_r

*風宮は、風の神を祀る別宮です。鎌倉時代の元冦のときに元寇の際に神風を吹かせた神としても知られます。
外宮に建つ社殿の屋根の千木(ちぎ)は、内宮とは異なり垂直に切られた外削ぎです。風宮の千木の形状も外削ぎでした。


■正宮と古殿(こでんち)

Dsc03410_r

*正宮(左側)と2013年の式年遷宮まで社殿があった古殿地(右側)です。

■正宮(豊受大神宮)

Dsc03411_r

*正宮は、天照大御神の食事を司る神であり、衣食住を始め産業の守り神でもある豊受大御神(とようけのおおみかみ)が祀られています。

…カメラ撮影ができるのは正宮の鳥居の外まででした。
板垣南御門内に進み、外玉垣南御門の前で参拝していると…、急にやまがぜが吹き、南御門に掛けられている生絹の御幌(みとばり)が何度もめくれ上がり、内玉垣南御門や御正殿の屋根の千木が見えたのです。とても神秘的なやまかぜでした。

■古殿地

Dsc03412_r

*正宮参拝後に再び古殿地を拝観しました。古殿地の中央に立つ小さな小屋が御正殿の心柱が設置されていた所だそうです。

…1月15日、「お伊勢参り」の正式参拝順路で内宮(皇大神宮・こうたいじんぐう)を参拝しました。

■宇治橋

Dsc03431_r

*宇治橋を渡り、内宮の境内から五十鈴川と宇治橋を写しました。

手水舎での清めの後、五十鈴川の御手洗場で手を洗いました。そして、瀧祭神に立ち寄りました。
*瀧祭神で天照大御神への参拝をお願して正宮に向かうのが正しい順路ということでした。

■御手洗場と五十鈴川

Dsc03432_r

*時折、雪が舞う五十鈴川、冷たい清流で手を洗い心を引き締めました。

二の鳥居をくぐり、25年前の内宮参拝でも歩いた参道の玉石を踏みしめながら正宮(25年前なので、新しく建立された正宮は前回参拝した場所と同じになります)に向かいました。

■内宮・正宮

Dsc03433_r

*写真撮影はここまでです。石の階段を上り、板垣南御門内で参拝の順番を待っていると…、
ここでも急に南御門に掛けられている御幌が大きくめくれ上がり、内玉垣南御門が見えたのです。とても不思議な体験でした。
外宮と同じ神秘的なやまかぜに感謝しながらの参拝でした。

正宮参拝後、参道を歩き、御稲御倉を経て荒祭宮(あらまつりのみや)に向かいました。

■荒祭宮と宮地

Dsc03434_r

*荒祭宮は、内宮第一の別宮(わけのみや)です。屋根の千木の形状は、内宮全体にみられる内削ぎ(先端を地面に対して水平に削る)でした。

●内宮(皇大神宮)・域内案内図

Dsc03435_r

内宮参拝の後、おはらい町の参道を歩き、猿田彦神社に向かいました。

■猿田彦神社

Dsc03440_r

*猿田彦神社(さるたひこじんじゃ)は、猿田彦大神が天孫瓊々杵命(ににぎのみこと)を先導したことから「みちひらき」の神様とも言われています。

今回の「お伊勢参り」は、「みちひらき」の猿田彦神社で締めくくることができました。

[2]JR参宮線・うみかぜ英虞湾・しまかぜ・赤福に続く

2016年12月30日 (金)

●ハチ公・2016

2016年の最後の歩歩歩ポ~ンは、2016年3月から12月までの10か月間、ハチ公を撮影した特集版「ハチ公・2016」です。

①ハチ公:2016.3.2

20160301_2

*タスキ掛けのハチ公です。タスキには「命を大切に あなたは一人じゃない」と書いてありました。

②ハチ公:2016.4.1

201604012

*七分咲きの桜の花を見ているハチ公です。

③ハチ公:2016.5.2

20160512_2

*GW中のハチ公です。後ろの木々の緑が濃くなってきました。よく見ると…、ハチ公の前脚の色が変わっていました。

④ハチ公:2016.6.1

20160601

*横顔のはハチ公です。木々の葉が大きくなってきました。ハチ公の前脚の色が変わっている(いない)のは、見に来た人たちに触られ続けられているためなのですね。

⑤ハチ公:2016.7.7

201607071__r

*ハチ公が参議院選挙のタスキをかけていました。

⑥ハチ公:2016.8.8

20160808image1

*後ろ姿のハチ公です。思ったよりもしっぽが大きく、堂々とした後ろ姿でした。前方は、東急電鉄・初代5000系(通称・青ガエル)の車両**です。
**
この車両は、1954(昭和29)年10月から1970(昭和45)年3月まで東急電鉄・東横線で使用されていた超軽量電車5000系の第1号車です。

⑦ハチ公:2016.8.8

20160808image2

*夏のハチ公です。ハチ公は、今日も駅舎をしっかり見上げていました。

⑧ハチ公:2016.9.2

20160902

*タンクトップ姿ハチ公です(夜の間に誰かが脱いで着せたのでしょう…)。赤いニットは何だろう…?

⑨ハチ公:2016.9.27

20160927

*赤い首輪と交通安全運動のタスキをかけたハチ公です。

⑩ハチ公:2016.10.4

10041

*赤い首輪のハチ公です。

⑪ハチ公:2016.10.4

10042

*今日のハチ公の周りは綺麗になっていました。⑨のハチ公像の全体像を写しました。

⑫ハチ公:2016.12.22

1222

*クリスマス前のハチ公です。イルミ(犬見?)ネーションの光に照らされながら、緑の帽子とマフラーが似合っていました。

①~⑪は、人の少ない朝7時前後のハチ公です。⑫は17時頃ですが、周りは、待ち合わせの人でいっぱいでした。
…10か月にわたりハチ公を定点観測しましたが、季節感は周りの木々だけでなくハチ公にもあって、スマホで写すのが楽しみでした。

10月から通勤経路が変わったためハチ公シリーズも終わりとなりますが、渋谷に出る際には「今日のハチ公」をスマホで写したいと思います。

「ありがとう!2016ハチ公」

END

奥武蔵ほっこり山行:2016.12.18

今年、最後の山行は、「奥武蔵ほっこり山行」でした。

ヤスダさん、オマタさん、タカハシさん、家人と私のメンバーは、西武池袋線・高麗駅で乗り込んだノグチ師匠と東吾野駅で合流しました。

今日のコースは、東吾野駅をスタートし沢沿いを歩きながら福徳寺に向かい、ユガテ、北向地蔵を経て物見山から日和田山を巡る低山山行です。

●東吾野駅(8:49)

Image2

*駅前の標識に「当駅の標高は132m」と書かれていました。

■福徳寺(9:10)

Image4

*福徳寺は、鎌倉期の1212(建暦2)年創建の寺院です。

■福徳寺・阿弥陀堂①

Image5

*阿弥陀堂は埼玉県で一番古い木造建造物で、優美な屋根(銅板葺宝形造り)を持つ国指定重要文化財です。
朝陽を浴びた里山と山影の阿弥陀堂とのコントラストが印象的でした。

■福徳寺・阿弥陀堂②

Image21

*普段、阿弥陀堂は閉まっていますが、例年、4月15日、7月16日、11月14日に堂内の本尊阿弥陀三尊が拝観できるそうです。

●飛脚道コースMAP

Image3



…福徳寺の裏山に取り付き、地元の人が整備している飛脚コースでユガテまで行くことにしました。

●橋本山(10:00)

Image23

*橋本山[標高321m]から見た秩父武甲山方面の山並みです。晴天で無風、温かい日差しが気持ちよい展望台でした。

●ユガテ(10:34)

Image24

*昔、湯が出たことからユガテと呼ばれる地域[標高290m]には、2、3軒の民家があり、周りには畑と柚子畑が広がっていました。

●ユガテ・柚子の実

Image32

*ユガテの無人販売店で小ぶりの柚子(3個・100円)を買いました。

…ユガテから杉林の中の細い道を歩き、北向地蔵に向かいました。この道は、途中で北向地蔵方面から歩いてくる人たちと幾度もすれ違う人気の山道でした。

●北向地蔵(11:40)

Image34

*北向地蔵の裏手の丘で昼食をとり、物見山に向かいました。

●切通し①(12:26)

Image35

*北向地蔵から尾根上を3分程下った所にある切り通しです。中央には、元気な足取りのメンバーの後姿が…。

●切通し②(12:27)

Image36

*①から坂を上り、振り返って写しました。

●尾根上の祠(13:08)

Image41

*杉林の尾根に祠がありました。何の祠かはわかりませんでしたが、北向地蔵と同じように、地元の人たちによって祀られた社の一つと思われます。

物見山[標高375m]を経て、日和田山(ひわださん)[標高305m]に到着。見晴らしのよい山頂で一休みしました。

●祝!xx歳(13:57)

Image45

*ワインとケーキで今日風邪で参加できなかったナカハラさんのバースディを祝いました。オメデトウ。

■金乃比羅神社(14:23)

Image51


■金乃比羅神社・三の鳥居①(14:26)

Image53

■金乃比羅神社・三の鳥居②(14:27)

Image54

*三の鳥居からは麓の高麗駅や巾着田が一望できます。また南には西武ドーム、南東には新宿副都心が見えました。

金乃比羅神社からは女坂を下り、二の鳥居を潜り、そこからジグザグ道を下って麓に到着しました。

●高麗駅(15:15)

Image55


*「天下大将軍」「地下女将軍」の2本の赤い柱は、朝鮮半島の道祖神将軍標」で、近くの高麗神社(こまじんじゃ)にちなむものです。 

今日の歩歩歩数は22,900歩でした。

END

«●ホールカバーその27:佐渡市、東大和市、小平市