2017年4月
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2017年4月22日 (土)

高遠城址・小彼岸桜:2017.4.16

東京の桜が散り始めた日曜日、「日本三大桜名所」や「天下第一の桜」と称される高遠城址の小彼岸桜を観に出かけました。
*吉野山、弘前公園(弘前城)、高遠城址公園(高遠城址)

高遠城址は、東の南アルプス・西の中央アルプスに囲まれた伊那市の東部の山の上(標高800m)にあり、桜前線も東京とは2週間ほどの差があります。
今年は、3月の冷え込みで、高遠城址の開花も遅くなっているとのことでした。

…中央高速・諏訪ICから国道152号線に入り、残雪が残る杖突峠を越えて高遠城址公園に着きました。

●高遠城址公園・高遠小彼岸桜①

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*高遠の桜はソメイヨシノではなく、約1,500本の桜の木全てが長野県の天然記念物に指定されている固有種の高遠小彼岸桜(タカトウコヒガンザクラ)です。

●高遠城址公園・高遠小彼岸桜②

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*高遠城址公園・南ゲートでは、小振でピンク色がかった可憐な花(七分位)が咲いていました。

●高遠城址公園案内図

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*案内図の左側が北の方角です。中央部が高遠城址公園、そして右上(南東)が訪ねたかった絵島囲み屋敷です。

●絵島囲み屋敷・絵島の間①

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*江戸時代前期に大奥で起こった絵島生島事件により高遠に流された絵島は、囲み屋敷のこの格子窓の部屋に27年間(33~61歳)幽閉されたのです。

●絵島囲み屋敷・絵島の間②

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*絵島囲み屋敷を見学する前に、童門冬二著の「大奥追放―異聞吉宗と絵島」を読みました。
小説では、大奥では月光院(6代将軍家宣の側室で7代将軍家継の生母)を中心とした勢力と天英院(6代将軍家宣の正室)を中心とする勢力とが対立しており、絵島生島事件は幕府の二大勢力が大奥と絵島を巻き込んだ陰謀事件として描かれていました。

●高遠での江島・説明版

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*絵島の幽閉後の半生が記されていました。

…南ゲートから「高遠城址公園さくら祭り」 で賑う南曲輪、本丸、二の丸を歩きました。

●高遠城址公園・高遠小彼岸桜③

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*桜と南東側の景色を写しました。中央下が高遠城址公園の南を流れる三峰川で、中央上の雪の頂が南アルプス仙丈ヶ岳(3,033m)です。

●高遠城址公園・高遠小彼岸桜④

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*桜と西側の景色を写しました。奥の雪の連山が中央アルプスで、中央が駒ヶ岳(2,956m)と千畳敷カールです。

●高遠城址公園・高遠小彼岸桜⑤

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*④の望遠写真です。冷たい風が吹く本丸の桜の花は、まだ一分咲きでした。

●高遠城址公園・高遠閣

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*二の丸に建つ高遠閣の周りの桜は、三部咲きです。今日から天気に恵まれ翌日は五分咲き**になりました
**高遠さくら祭り2017・開花情報URL

http://takato-inacity.jp/h29/archives/category/blom

●高遠城址公園・高遠小彼岸桜⑥

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*桜雲橋と問屋門(奥)の周りの高遠小彼岸桜は、二分咲きでした。

■新城神社・藤原神社

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*高遠城址公園の本丸には、藤原鎌足(藤原神社)と武田の高遠城最後の城主・仁科五郎信盛(新城神社)が合祀されていました。

【おまけ】

●イーナちゃん

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*二の丸で出会ったイーナちゃんです。

●イーナちゃん・説明板

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*高遠小彼岸桜の花びらをまとったイーナちゃんは、水の妖精でした。

●やまむろ

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*高遠城址公園内の『高遠旨い酒研究会』の出店で出会った「やまむろ」です。
水と米の妖精「やまむろ」は、高遠で契約栽培された「ひとごこち」で造られた黒松仙醸の地酒です。イーナちゃんを感じる仕上げの辛口の純米酒でした。

今日の歩歩歩数は、13,700歩でした。

END

2017年4月 9日 (日)

●ホールカバーその30:箱根・小田原

歩歩歩ポ~ンで歩いた道に設置されたマンホール、そのデザインに魅了されて始めた「ホールカバー特集」も今回で30回目を迎えることになりました。パチパチ。
*記念すべき第1回は、2012年8月にUPした「京阪神ホールカバー:その1」**です。
**「京阪神ホールカバー:その1」の1番目のホールは奈良市のマンホールでした。

http://momo2011.way-nifty.com/blog/2012/08/post-f47b.html

ホールカバーその30は、2017年3月12日、13日に箱根町と小田原市で出会ったホールを紹介します。
………………………………………………………………………………………………

●ホールカバー①:2017.3.12

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*旧箱根街道を歩きゴールの元箱根町で出会った汚水管ホールです。
**中央に箱根町の町章(中央の三角は、「ハ」と箱根連峯を表し、まるい「コ」をもって平和な町を表現しています)があり、周りはJIS規格模様のホールです。


●ホールカバー②:2017.3.13

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*姥子温泉の車道で出会った神奈川県営水道の消火栓のホールです。
**中心に神奈川県の花ヤマユリ、周りを県の鳥カモメ、外周には県の木イチョウの葉をデザインし黄色にしたデザインです。

●ホールカバー③:2017.3.13

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*大涌谷に向かう県道735号線で出会ったホールで、②と同じデザインの県営水道空気弁です。

●ホールカバー④:2017.3.13

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*③の近くで出会った神奈川県営水道の水道空気弁(奥)と仕切弁(手前)です。
**県の花ヤマユリ、県の木イチョウの葉、県の鳥カモメ(左下の窪んだところがカモメのクチバシと胴体、羽、そして丸い凸が目です。二羽いますよ。)の意匠でした。

●ホールカバー⑤:2017.3.13

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*小田原城から報徳二宮神社に向かう舗道で出会ったホールです。
**中央に小田原市の市章(梅の花と海の波形をデザインしたもの)でその中に「下水」の字が入ったJIS規格模様のホールです。

●ホールカバー⑥:2017.3.13

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*小田原城の東側、本町にある老舗日本料理店「だるま」で昼食をとりました。「だるま」の駐車場で出会った汚水管ホールです。
**ホールには、左下に「おすい」、右下には旧東海道の「酒匂川の渡し」が描かれ、背景に小田原城、その奥に箱根山、右奥に富士山、右奥に雲が描かれていました。

●ホールカバー⑦:2017.3.13

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*⑥の近く、「だるま」の店先の歩道で出会ったホールです。
**⑥と同じデザインですが、「おすい」の文字のないホールです。状態の良いホールなので、小田原城の松の木や「酒匂川の渡し」にお姫様らしき人物が乗っていることわかる物語性のあるホールです。

…2016年4月から、全国の名所や名物が描かれたマンホールのふたを図柄にした「マンホール カード」が145自治体・170種類発行されました。発行部数も60万枚を超え、「マンホーラー」と呼ばれる愛好家の収集(このカードは現地に行かないともらえないそうです)がブームになっているそうです。**
多種多様なマンホールに関心がもたれるのは素晴らしいことですが、歩歩歩ポ~ンでは、「京阪神ホールカバー:その1」に書いたように、今後も現場に行き、五感を意識して現物写真を撮り、ホールの市(町)章やデザイン(自治体の花・木・鳥など)を調べていきたいと思います。
**下水道広報プラットホーム
http://www.gk-p.jp/mhcard.html

END

2017年4月 8日 (土)

●ホールカバーその29:倉敷・尾道・宮島

ホールカバーその29は、2017年3月3日、4日に倉敷市、尾道市、廿日市(宮島)で出会ったホールを紹介します。

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1)倉敷市のホールカバー

●ホールカバー①:2017.3.3

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*倉敷川沿いの倉敷美観地区に向かう歩道で出会ったホールです。
**ホール全体に、市の木「藤」をデザインし、下部に「くらしき」と書かれた下水管カラーホールです。隣に止水栓の蓋がありました。

●ホールカバー②:2017.3.3

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*倉敷駅前のアーケード商店街で出会った下水管ホールです。
**①と同じデザインのカラーシールのホールです。 周囲に「きれいな水を 未来に!」と倉敷市章が書かれていました。
 

●ホールカバー③:2017.3.3

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*再び、ライトアップされた倉敷美観地区に向かったとき、歩道で出会った2種類(大きさと藤の花の色彩が異なる)のカラーホールです。

**「藤」のデザインに関して、倉敷市は、

「倉敷美観地区北側の鶴形山にある阿智神社本殿の裏手に「阿知の藤」と呼ばれる藤の名木があります。この木は、推定年齢が300年とも500年とも言われる、幹回り約1.5mの日本一のアケボノフジとして県の天然記念物に指定されています。5月になると、藤棚全面に淡紅色の花房を付け、倉敷市の市花として多くの市民に愛されています。倉敷駅から美観地区一帯は1955年頃より下水道整備を開始し、1985年頃からマンホール蓋にこの藤の花をデザインしています。市内には藤の花をデザインしたマンホール蓋がこの他にも何種類かありますので探してみてください。」
と説明しています。

●ホールカバー④:2017.3.3

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*倉敷美観地区・倉敷川沿いの舗道で出会ったホールです。
**中央に「クラ」を図案化した市章、周りを市の木「藤」をデザインし、下に「25」・「D1」・「合流」の文字が入った合流管のホールです。

●ホールカバー⑤:2017.3.3

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*倉敷美観地区で出会ったホール(仕切弁)です。
**倉敷市水道局のイメージキャラクター「くらっぴぃ」がデザインされ、下に「1.2」「100」「倉敷市水道局」の文字が入った仕切弁ハンドホールです。

 

●ホールカバー⑥:2017.3.3

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*倉敷美観地区の倉敷アイビースクエア・西門前を歩いているとき、出会った消火栓のホールです。
**「くらっぴぃ」が消防自動車に乗っているデザインで、中央に「KURASHIKI CITY」の文字が入っていました。
 

●ホールカバー⑦:2017.3.3

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*倉敷美観地区を歩いているとき、出会った消火栓のホールです。
**⑥と同じデザインの色鮮やかなカラーホールでした。

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2)尾道市のホールカバー

●ホールカバー①:2017.3.4

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*尾道の千光寺公園を散策していたとき、出会った丸型消火栓のホールです。
**2本の纏に「尾」と「道」の文字、中央下に「消火栓」が入っていました。 右上のおにぎりの形をした青い部分は、尾道市の観光シンボルマークで「橋・山・波」をモチーフにしたものです。
 

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2)宮島(廿日市)のホールカバー

●ホールカバー①:2017.3.4

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*宮島口フェリー乗り場(乗り場入口から桟橋に向かう舗道)を歩いていたとき、出会った新しいホール(汚水管か雨水管かは?)です。
**中央の紅葉の葉の周りを7枚の紅葉が囲んでいるデザインです。
 

●ホールカバー②:2017.3.4

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*宮島で厳島神社に向かう参道で出会った雨水管のホールです。
**亀甲模様の中央に2005年に廿日市市と合併した旧宮島町(みやじまちょう)の町章があり、その下に「雨水」の文字が入っていました。
 

●ホールカバー③:2017.3.4

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*②の近くで出会った汚水管のホールです。
**②と同じデザインですが「汚水」の文字入っていました。

●ホールカバー④:2017.3.4

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*宮島の弥山から下山し、厳島神社に向かう路上で出会ったホールです。
**コンクリート製のマンホールで、中央に大きく旧宮島町の木モミジが赤(傍に緑もありました)で描かれていました。
 

●ホールカバー⑤:2017.3.4

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*フェリーで宮島口に戻り、駐車場の路上で出会った汚水管のホールです。
**2005年に廿日市市と合併した旧大野町のホールで、妹背の滝のデザインの下に「おおのちょう」・「うすい」の文字が入っていました。
 

●ホールカバーその30:に続く

2017年4月 7日 (金)

春うらら・目白の桜:2017.4.2

昨日までの冷たい雨が止み、今日は朝から桜日和。「秋の目黒のサンマ」ではありませんが、「春の目白のサクラ(桜)」を観に出かけました。

西武新宿駅から各停に乗り、1つ目の高田馬場駅を過ぎると神田川が見えてきました。
次の駅が降車する下落合駅です。

●西武新宿線・下落合駅

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*昔、住んでいた下落合。今の下落合駅とその周辺は様変わりしていて、時代の流れを感じました。

…駅からすぐの新目白通りを横切り、坂の上の聖母病院を経由してアダチ版画研究所に向かいました。

●聖母病院

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*聖母病院の玄関前の桜は一分咲きでした。

アダチ版画研究所で、復刻された葛飾北斎の浮世絵(プロの摺師の摺り方・風合い)を観ました。

●アダチ版画研究所

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*アダチ版画研究所HP:
https://www.adachi-hanga.com/

●アダチ版画研究所・常設展示場

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*ビルの地下1階に常設展示場があり、葛飾北斎や歌川広重の復刻板の浮世絵**が展示されていました。
**研究所の匠(摺師)によって本物の版木[主版木・色版木](複数存在するそうです)に顔料を塗り、馬連で手漉きの和紙に摺られた浮世絵です。       

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今回、アダチ版画研究所を訪ねたのは、家人とともに「市民カレッジ・浮世絵版画に挑戦」での体験がきっかけでした。
3月20、25、26日の3日間、葛飾北斎の富嶽三十六景・深川万年橋下(ふかがわまんねんばしした)の版木を使って和紙に摺る体験は、浮世絵の奥深さを知るきっかけになったのです。

◆深川万年橋下・復刻版と主版

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*上が深川万年橋下の復刻版で、下が主版(おもはん)です。

 

◆深川万年橋下・色版①

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*色版は、山桜の板3枚の表と裏に彫られていました。

◆深川万年橋下・色版②

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*色版①の裏の色版です。主版、色版のすべて(右下角と中央左下)に見当がついていました。

◆深川万年橋下・版画

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*初めて摺った二人の浮世絵作品です。出来栄えは、線や色のかすれ・ずれ等で粗が目立ちますが、浮世絵摺師の気分になれました。

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●浮世絵展ポスター

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*アダチ版画研究所で開催中の浮世絵展ポスターです。目玉は、葛飾北斎の「桜花に富士図(おうかにふじず)」でした。

●桜花に富士図

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●富嶽三十六景・凱風快晴

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*常設展示場のコーナーに、富嶽三十六景・凱風快晴(がいふうかいせい)の版木(下)と主版・色版(6版)が展示されていました。

アダチ版画研究所で浮世絵を堪能した後、住宅街の通りを歩いていると、菜の花が咲く庭の奥に小さな山小屋風の家が建っていました。
…そこは、中村彝(つね)アトリエ記念館でした。

●中村彝アトリエ記念館①

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*新宿区立中村彝アトリエ記念館
https://ssl.regasu-shinjuku.or.jp/rekihaku/tsune/40357/

●中村彝アトリエ記念館②

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*山小屋風の家の中は、天井の高いアトリエになっていて、中村彝使用のイーゼルや「エロシェンコ像」等の復刻作品が飾られていました。
アトリエでは、彝の生涯や作品を紹介したDVDを観たり、ボランティアガイドの方の説明を聞いたりで、充実したひと時でした。

●「彝」タイル

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*中村彝アトリエ記念館から目白駅へ向かう煉瓦道で出会った案内用の「彝」タイルです。優雅で美しいタイルでした。

…中村彝アトリエ記念館から目白駅まで通りの桜を眺めながら歩いた後、学習院に入り院内の桜を観ました。

●学習院内・桜①

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*輔仁会館から、春うららの桜の木の下で行われている新入生勧誘風景を写しました。

●学習院内・血洗の池

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血洗の池から南側の森の中を散策し、乃木館を経て南1号館前の広場に向かいました。

●学習院内MAP

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●学習院内・桜②

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*南1号館前の広場に咲くしだれ桜は満開でした。

●学習院内・桜③

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*学習院・正門の桜も満開です。花雲のような桜でした。

学習院は明日(4月3日)が入学式とか、‟桜の下での入学式は、良い思い出になるんだろうなぁ…”と思いながら、目白駅に向かいました。

今日の歩歩歩数は、13,700歩でした。

END

2017年4月 1日 (土)

[3]小田原城址と報徳二宮神社

宮ノ下から、再び国道1号線(箱根駅伝の5・6区コース)を通り、箱根湯本を経て小田原に向かいました。

小田原では、「行ったことがない所・通り過ぎていた所」の小田原城と報徳二宮神社を訪ねました。

■小田原城・天守閣①

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*本丸から、昨年4月に平成の大改修(耐震改修工事)を終えた天守閣を写しました。

■小田原城・天守閣②

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*屋根の補修と外壁の全面塗装で、姫路城のように美しくなった天守閣です。

■小田原城・天守閣③

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…小田原城・天守閣の西側の道を下り、旧小峯曲輪に鎮座する報徳二宮神社に向かいました。

●報徳二宮神社・二宮尊徳翁像

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*報徳二宮(ほうとくにのみや)神社は、二宮尊徳を祀る神社です。神社の参道横に二宮尊徳翁像のブロンズ像が建っていました。

●二宮尊徳翁像説明板

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*後日、童門冬二著「小説 二宮金次郎」を読みましたが、二宮尊徳が内村鑑三の「代表的日本人」の偉人の一人に選ばれたことが理解できました。

●二宮金次郎(尊徳)像

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*二宮尊徳翁像の横に、小学校の校庭でお馴染みの薪を背負いながら本を読む子ども時代の二宮金次郎(尊徳)像が建っていました。

●二宮金次郎説明板

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■報徳二宮神社・社殿

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*1894(明治27)年、尊徳翁の教えを慕う報徳社により、翁を御祭神として、生誕地である小田原の、小田原城の一角に神社が創建されました。
*神明造りの社殿は、荒廃した村を再建した尊徳らしい無駄のない素朴な造りでした。

3月12‐13日合わせた箱根・小田原周遊の旅の歩歩歩数は、33,200歩でした。

END

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[2]箱根旧街道・大涌谷・宮ノ下

箱根で「行ったことがない所・通り過ぎていた所」に行ってみよう。の第2弾は、箱根旧街道です。

3月12日、箱根神社を参拝した後、元箱根(標高731m)からバスで畑宿(標高400m)に下りました。畑宿では、まず寄木細工(寄木細工は、江戸時代末に畑宿から始まりました)を見学しました。
*金指ウッドクラフトHP:
http://www.kanazashi-woodcraft.com/index.html

●畑宿・箱根旧街道[12:30]

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*箱根旧街道一里塚の標柱があり、「江戸より二十三里」(約92㎞)と書かれています。一里塚横の「そば処桔梗屋」で、温かい蕎麦を食べました。

●畑宿・東側の一里塚[13:07]

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*街道の東西に、直径5m・高さ2m位の一里塚が2基並んでいました。

●箱根旧街道[13:07]

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*一里塚から見た石畳の箱根旧街道です。ここから箱根旧街道ハイキングコースを元箱根(標高差400m)まで上ります。

●箱根旧街道・西海子坂[13:14]

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*西海子(さいかち)坂の石碑の横に、箱根旧街道の改修状況の説明板が立っていました。

●箱根旧街道MAP[13:30]

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*七曲りと呼ばれる難所を過ぎると、箱根旧街道ハイキングコース(畑宿⇔元箱根)の案内板が立っていました。箱根旧街道は「須雲川自然探勝歩道」とも言われているのですね。

●箱根旧街道・猿滑坂[13:46]

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*難所らしい名の「猿滑坂(さるすべりざか)」は、名の通りの急坂でした。

●箱根旧街道・追込坂[13:54]

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*猿滑坂を登り、県道732号を縫う様に進むと、追込(おいこみ・ふっこみ)坂の入口となります。

●箱根旧街道・甘酒茶屋[14:00-35]

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*茶屋の自家製甘酒は別品でした。甘酒に付いてきた香の物も絶品。至福のひとときが過ごせた「名代甘酒茶屋」でした。

●箱根旧街道・権現坂[14:43]

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*権現坂周辺(標高800m)の箱根旧街道は、石畳の道が続く峠越えの道でした

●箱根旧街道・権現坂下[14:44]

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*権現坂から芦ノ湖や箱根神社の森が見えました。石畳の坂を下り、14時50分に元箱根の芦ノ湖の湖畔に到着しました。

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3月13日朝、まだ行ったことのない自然探勝歩道(姥子温泉の宿(標高820m)から大涌谷(標高1,040m)間=大涌谷-湖尻自然探勝歩道)を往復しようと、8時20分に出発、県道735号線を歩き始めました。

●大涌谷-湖尻自然探勝歩道・入口[8:35]

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*大涌谷-湖尻自然探勝歩道(姥子-大涌谷間)は、大涌谷の噴気活動のため閉鎖中でした。

●大涌谷三叉路・入口[8:45]

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*大涌谷・三叉路(県道734号線)入口は、9時まで通行止めでした。
県道を歩く人が珍しかった様で、門を管理しているおじさんに「車じゃないの?歩いて大涌谷まで行くの?」と聞かれ、自然探勝歩道が閉鎖中で県道を歩いていることを伝えると「(大涌谷・姥子・桃源台間は)ロープウェイが動いているよ」と教えてくれました。

**また、大脇谷からの帰途、門の側を通ると、仕事を終えたおじさんが車に乗っていて「送ってあげるよぉ」と言ってくれました。二人で「歩いていきまーす。ありがとうございます。」と答えましたが、親切な箱根のおじさんの気持ちに感謝!

…4月中旬まで箱根ロープウェイの早雲山駅と大涌谷駅間が不通のため、代行バスが行きかう県道734号線を歩いて、9時15分、大涌谷に到着しました。

●大涌谷・噴気地帯①[9:26]

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●大涌谷・噴気地帯②[9:27]

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*大涌谷の噴気活動は落ち着いてきているそうですが、周囲の登山道や自然探勝歩道はまだ規制中でした。

●大涌谷・延命地蔵尊[9:30]

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●大涌谷・黒たまご[10:08]

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*宿に戻り、家人と「1個で7年、延命長寿」と書かれた黒たまご(5個入り)を食べました。キャッチコピーも味も素晴らしい蒸したまごでした。

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…チェックアウト後、箱根三社の九頭龍神社と箱根元宮を参拝し、国道1号線(箱根駅伝の5・6区コース)を通り、宮ノ下の富士屋ホテルに向かいました。 富士屋ホテルに入るのは、初めてです。

●富士屋ホテル①・花御殿

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*花御殿は、1936(昭和11)年建造です。千鳥破風の屋根と校倉造風の壁、赤い欄干がユニークな建物です。

●富士屋ホテル②・本館

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*1891(明治24)年建造の本館は、唐破風の屋根を持つ寺社建築風の洋館で、和洋折衷の建物です。

●富士屋ホテル・西洋館トイレ①

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*1906(明治39)年建造の西洋館内のトイレです。壁のタイルと陶器のデザインが明治・大正の意匠でした。

●富士屋ホテル・西洋館トイレ②

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お土産に名物のアップルパイを求めてホテル内のラウンジに行きましたが、購入は「PICOT」のみということでした。
本館から西洋館を抜けて表通りの「PICOT」に向かい、無事購入することができました(100年以上の歴史を持つアップルパイは、評判通りの美味しさでした)。

[3]小田原城址と報徳二宮神社に続く

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2017年3月31日 (金)

箱根・小田原周遊の旅‐[1]箱根三社参り:2017.3.12-13

「何度か行っているのに、行ったことがない所がある…。」
箱根にもそんな未知の場所がありました。
そこで今回は、「いつでも行けると思って行っていない所、これまで通り過ぎていた所に行ってみよう」歩歩歩ポ~ンにしました。
今回訪ねた箱根・小田原の旅・歩歩歩ポ~ンについて、

[1]箱根三社参り
[2]箱根旧街道・大涌谷・宮ノ下
[3]小田原城址と報徳二宮神社

の3回シリーズで特集します。

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[1]箱根三社参り

箱根で「これまで通り過ぎていた所=芦ノ湖の湖畔と駒ヶ岳に鎮座する箱根三社」を参拝しました。

3月12日、御殿場IC経由で、昼前に元箱根の箱根神社に到着。
早速、箱根神社の参拝です。初めに参道を下り、芦ノ湖の湖上に建つ平和の鳥居を目指しました。

■箱根神社・平和の鳥居①

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*平和の鳥居は、1952(昭和27)年の建立です。
鳥居の構造は、規模こそ違いますが、厳島神社の大鳥居と同じ両部鳥居(本体の鳥居の柱を支える形で前後に稚児柱を持つ鳥居)です。

■箱根神社・境内MAP

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*平和の鳥居から石階段の参道を上り、第四鳥居→第五鳥居→神門を経て、箱根神社と九頭龍(くずりゅう)神社・新宮を参拝しました。

■箱根神社・第四鳥居

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■箱根神社・第五鳥居

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*第五鳥居手前の石階段から神門・拝殿を写しました。

■箱根神社・拝殿

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*箱根神社は、757年(奈良時代)に万巻上人が現在の地に創建されたと伝えられていて、古来より関東総鎮守、箱根権現として武将や東海道を通る人々に尊崇されてきました。

■箱根神社・狛犬(吽像)

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*籠神社(このじんじゃ)型の石造の狛犬です。

■箱根神社・狛犬(阿像)

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*吽像と同じく、阿像の鼻先やたてがみに付いた苔が迫力を増していました。

箱根神社の参拝後、九頭龍神社・新宮に向かいました。

■九頭龍神社・新宮

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*1999(平成11)年、箱根神社の境内に九頭龍神社の新宮が建立されました。縁結びの神様として有名になったこともあり、沢山の若い人たちが並んでいました。

箱根神社から歩いて、畑宿に向かう途中の元箱根の船着き場から、芦ノ湖と平和の鳥居を望遠で写しました。

■箱根神社・平和の鳥居②

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…翌13日、朝、箱根園の駒ヶ岳ロープウェー駐車場から湖畔の道を歩いて、九頭龍神社・本宮に向かいました。
歩くこと15分、都島の鼻を回り込むと、沖合に桃源台に向かう箱根海賊船と九頭龍神社・本宮の鳥居が見えてきました。

■九頭龍神社・鳥居①

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*芦ノ湖の湖上には、箱根神社の鳥居が2基建っていることになります。

湖畔の道や九頭龍の森入口付近には、大勢の人(2〜300人位)が歩いていました。
九頭龍の森入口で、“初詣みたいな大勢の人たちは?…”と思いながら入場料(なんと500円!)を収めようとすると、案内の方から「今日は、月次祭で午前中の入園料は無料です。」とのこと。今日は、毎月13日の九頭龍神社の月次祭だったのです。
月次祭が開催される日は、元箱根から九頭龍の森入口の樹木園桟橋まで特別参拝船が出航していて、多くの人が縁結びのための祈祷や参拝に訪れているとのことでした。

■九頭龍神社・本宮

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*弁財天社から本宮を写しました。

■九頭龍神社・鳥居②

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*本宮からの帰り、振り返って九頭龍神社・鳥居を写しました。

●箱根海賊船

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*箱根園に戻る湖畔の道で、芦ノ湖を行きかう箱根海賊船を写しました。

箱根園に戻り、箱根三社の箱根元宮(もとつみや)の参拝のために、箱根駒ヶ岳ロープウェーで駒ヶ岳山頂へ向かいました。

●芦ノ湖・箱根園

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*駒ヶ岳山頂駅から、雲に霞む芦ノ湖の箱根園を写しました。

■箱根元宮・鳥居と拝殿①

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*駒ヶ岳山頂駅から、箱根元宮・拝殿と鳥居を望遠で写しました。

■箱根元宮・鳥居と拝殿②

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*駒ヶ岳の山頂部を回って、南側から箱根元宮と鳥居を写しました。

■箱根元宮・鳥居と拝殿③

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*駒ヶ岳山頂に鎮座する箱根元宮は、昭和39年(1964年)に堤康次郎氏の寄進によって再建されました。現在は、箱根神社の奥宮として参拝者を集めています。

■箱根元宮・狛犬と馬降石

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*鳥居の横に古い石造りの社と狛犬、そして奥に馬降石(ばこうせき)がありました。

■箱根元宮・拝殿

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*拝殿は、駒ヶ岳の山頂(1357m)部に鎮座しています。
天気が良ければ、富士山や神山(1438m)など箱根の山々が見えるそうですが、今日は霧の中で何も見えませんでした。逆に鳥居や狛犬、拝殿の全てが幻想的でした。

[2]箱根旧街道・大涌谷・宮ノ下に続く

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2017年3月26日 (日)

弥生の低山ハイク・唐沢山城址:2017.3.5

GWVの今年最初の低山ハイクは、唐沢山城址と周辺の尾根道歩きでした。
9時30分過ぎ館林駅に集合。里山ハイクメンバー[オマタさん、ナカハラさん、タカハシさん、私]は、駅で合流したノグチ師匠の車で栃木県佐野市に向かいました。

10時20分に歩き始め、唐沢山神社・唐沢山城址を目指しました。

●唐沢山への登山道(10:28)

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*唐沢山登り口から唐沢山神社に向かう自動車道を5分程歩くと、山道の登山道が始まります。

…登山道を15分ほど登ると、再び自動車道に出ました。そこから200m位歩くと唐沢山城址・唐沢山神社の入口でした。

●唐沢山城址・唐沢山神社の説明版(10:50)

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●唐沢山城址・鏡岩(10:56)

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*鏡岩から見た西側の風景です。西に延びる北関東自動車道の周りには、佐野市田沼の田園風景が広がっていました。

■唐沢山神社・参道

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*今回の低山ハイクメンバーです(タカハシさん撮影)。

■唐沢山神社・山門(11:10)

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■唐沢山神社・拝殿①(11:15)

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*唐沢山神社は、1883(明治16)年に創建され、唐沢山(標高240m)直下の本丸跡地に鎮座しています。

■唐沢山神社・拝殿②(11:16)

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*拝殿の西側から、拝殿と奥の本殿を写しました。

…唐沢山神社を参拝した後、唐沢山城址を見ながら尾根道を北に向かいました。

●尾根道の山椿(松風の道)

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*タカハシさん撮影の山桜です。

尾根道を辿り、高鳥屋山を経て貝吹鳥屋手前の峠までのんびり歩きました。
そこで、12時を周ったので、「見晴らしのよいところでお昼にしよう。」ということになり、高鳥屋山・山頂まで戻りました。

…高鳥屋山・山頂(290m)でお昼となり、館林駅前で買ったズンダ餅を食べながらタカハシさんのプレ誕生日を祝いました。

●唐沢山菖蒲園(13:20)

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*尾根道から唐沢山菖蒲園に下りました。唐沢山菖蒲園の高台には、東京農工大農学部演習林の管理施設**が建っていました(タカハシさん撮影)。
**FM唐沢山http://web.tuat.ac.jp/~fscenter/FM-karasawa.html

京都の芦生にも京大演習林が広がっていますが、唐沢山に広がる演習林(自然林、二次林)も農工大の研究に貢献していると思いました。

今日のコース:唐沢山登り口→唐沢山神社・唐沢山城址→尾根道歩き(松風の道)→高鳥屋山→貝吹鳥屋手前の峠→往路を戻り→高鳥屋山・昼食→尾根道歩き(松風の道)→唐沢山菖蒲園

今日の歩歩歩数は、17,700歩でした。

END

2017年3月21日 (火)

[3]じっくり弥山・厳島神社と広島平和資料記念館:2017.3.4

2015年8月25日、九州に上陸した台風15号による暴風雨で、当日のツアー(宮島・厳島神社)が中止になり、厳島神社の参拝が叶いませんでした。
今回の旅では、一昨年の心残りだった厳島神社の参拝、加えて弥山(みせん)山頂の弥山本堂や霊火堂も訪ねたいと思っていました。

*●「萩・美祢(秋芳洞)・下関・門司港の旅」アルバム
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2015/08/post-dd90.html

…宮島桟橋から厳島神社への参道を歩くと、大鳥居が次第に大きくなってきました。

●厳島神社・大鳥居(望遠)

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…まず、紅葉谷公園の道を上り、宮島ロープウェー紅葉谷駅に着きました。そこ(紅葉谷駅)から榧谷駅~獅子岩駅をロープウェーで乗り継ぎ、弥山を目指しました。

●宮島ロープウェー・榧谷駅

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*榧谷(かやたに)駅[371m]からは、交差式30人乗りのロープウェーで獅子岩駅[433m]を目指します。

●弥山案内図

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*獅子岩駅でロープウェーを降りると、目の前に弥山山頂が見えました。

●獅子岩駅から見た弥山山頂

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●弥山本堂

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*弥山本堂は、806年(大同元)年に空海(弘法大師)が弥山を開山し、修行を行ったと伝えられています。

●霊火堂

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*霊火堂には、空海が宮島で修行をした時の護摩の火が約1,200年間燃え続けていると言われる霊火がありました。

●霊火堂・霊火

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*霊火で沸かした大茶釜の湯は、万病に効くと言われています。また、霊火は広島平和記念公園の平和の灯の元火の一つです。

●三鬼堂

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*三鬼堂は、鬼の神を祀る御堂で弥山の守護神です。大小の天狗をお供に強大な神通力で衆生を救うとされています。

●弥山山頂・くぐり岩

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*登山道上にあるくぐり岩を潜り、弥山山頂の直下にでました。

●弥山山頂・三角点

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*弥山(535m)は、厳島(宮島)の最高峰です。山頂周辺の磐座(いわくら)を見て、弥山そのものが御神体と言われる訳が分かりました。

●弥山展望台から見た景色①

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*広島湾を挟んだ右奥(北東側)が広島市街、左が宮島口、手前の宮島の中央部が厳島神社です。

●弥山展望台から見た景色②

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*弥山山頂の南側には瀬戸内海の島々と四国の最高峰・雪の石鎚山(1982m)を見ることができました。

●大日堂

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*大日堂は、空海が修法の道場として建てた御堂で、弘法大師作といわれる大日如来が祀られています

弥山からはコースタイムの半分で獅子岩駅に戻り、復路のロープウェイで榧谷駅を経て紅葉谷駅に下りました。

●宮島ロープウェイ・榧谷駅直下

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紅葉谷駅で下車し、紅葉谷川沿いに下り、厳島神社に向かいました。

■厳島神社・廻廊

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■厳島神社・客神社本殿

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*回廊から、海に浮かぶ客(まろうど)神社本殿[左側]と豊国神社・千畳閣、五重塔を写しました。

■厳島神社と大鳥居

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*右が客神社祓殿、中央奥が大鳥居、左奥が右楽房です。

■厳島神社・大鳥居(望遠)

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*海面に大鳥居が浮かんでいるように建っていました。

■厳島神社・狛犬・吽形(うんぎょう)

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■厳島神社・狛犬・阿形(あぎょう)

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■厳島神社・祓殿

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*手前が高舞台、その奥が祓殿です。

■厳島神社・本殿・幣殿・拝殿

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■厳島神社・能舞台

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■厳島神社・反橋(そりばし)

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●厳島神社・鹿

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*本殿の奥の境内を鹿が歩いていました。
宮島は数年前から餌やりが禁止されているため、パンフレット等の紙類を食べてしまうそうです。奈良の鹿に比べて小柄でした。

…じっくり歩いた弥山、参拝の願いが叶った厳島神社、名残惜しい宮島を離れ、今日最後の訪問地・広島資料記念館を訪ねました。

●広島平和資料記念館・オバマ大統領の折り鶴

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*平和記念公園と広島平和資料記念館をボランティアガイドの方の説明を聴きながら回りました。
ボランティアガイドの方の話しから、被災された母親の体験談や報道写真家・松重美人(まつしげよしと)氏の「涙のファインダー」の話は、原爆の惨状と平和についてじっくり考える機会をいただきました。

今日の歩歩歩数は、[2][3]合わせて20,500歩でした。

END

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[2]ぶらり尾道、千光寺:2017.3.4

4日の朝、倉敷から尾道に移動し、千光寺公園を訪ねました。

●尾道水道①

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*千光寺公園展望台から眺めた尾道の風景です。手前が尾道市街で、尾道水道を挟んだ奥の島が向島、尾道水道を渡船が行きかっていました。

●尾道水道②

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*展望台から、南西側を写しました。右下が尾道市立美術館、奥の尾道水道に面した所が尾道駅方面です。

●千光寺山ロープウェイ

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*文学のこみちを下る途中、千光寺山ロープウェイの山頂駅から下るロープウェイを写しました。

●尾道水道③・尾道渡船

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*文学のこみちから、尾道水道の渡船を望遠で写しました。この渡船は、尾道(士堂)と向島(兼吉)を4分で結んでいるそうです。

■千光寺・本堂

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*寺伝によると、千光寺の開基は806(大同元)年と言われています。磐座に囲まれたこの地で、1200年前から瀬戸内海に昇る朝陽や沈む夕陽の中でお経を唱えていたのでしょう。

■千光寺・案内板

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■千光寺・三十三観音堂

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*堂内には、西国観音霊場の各札所の御本尊、観世音菩薩33体が祀られていました。

●尾道水道③

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*三十三観音堂前のテラスから、尾道水道の東側を写しました。中央部の橋は、新尾道大橋(瀬戸内しまなみ海道)と尾道大橋です。

■千光寺・くさり山

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千光寺から再び千光寺公園に上り、山陽自動車道を通って安芸の宮島に向かいました。

[3]じっくり弥山・厳島神社と広島平和資料記念館に続く

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«瀬戸内の史跡と世界遺産:[1]しっとり倉敷雛めぐり:2017.3.3‐4