2017年6月17日 (土)

歌川広重・浮世絵版画摺り実演会:2017.6.10

今回の「くぼた歩歩歩ポ~ン」は、文化・芸術特集‐「歌川広重浮世絵版画摺り実演会」を掲載します。

…6月10日、アダチ版画研究所の広重・浮世絵版画摺り実演会に参加しました。
*浮世絵版画摺り実演会は、4月に葛飾北斎の復刻版浮世絵を観た際**に申し込み、楽しみにしていたプロの摺師の実演会です。
**春うらら・目白の桜:2017.4.2
  
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2017/04/201742-4dd8.html

●アダチ版画研究所・13:10

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●アダチ版画研究所・常設展示場の実演場・13:13

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◆歌川広重・紫陽花に鶸・13:13

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*展示場に、今日の実演作品・歌川広重の「紫陽花に鶸(あじさいにひわ)」**が飾られていました。
**【アダチ版画研究所HPより転載】
「中短冊という細長いスペースの中、斜めに描かれた紫陽花と羽ばたく二羽の鶸(ひわ)との巧みな構図で躍動感を演出した広重らしい一図。添えられている句は紫陽花が浅黄色(薄水色)から紫に変化していく様を詠んだもので、絵も浅黄色の花の一部分をぼかしで紫色に彩っており、美しい紫陽花の色の変化を楽しめます。“ひわ色”とも呼ばれる鶸の黄緑色とあいまって、爽やかな色彩が魅力の作品です。」

…13時25分、40名くらいの観客の前に安達理事長登場、13時30分に京増摺師が登壇し、実演会が始まりました。

◆摺り実演①・13:49

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*主版木(黒)の摺リが終わり、色版木を馬楝(ばれん)で摺っているところです。

◆摺り実演②・13:54

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*色版木で最上部のぼかしを摺るために、版木の右端を水で濡らし、その上に茜色の絵具とノリをおいて刷毛をかけようとしているところです。写真右側の和紙の上部がぼかしで摺ったところです。

◆摺り実演③・14:01

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*紫陽花の部分の色版を摺り終わり、和紙をひっくり返すところです。京増摺師の絵具の作り方、刷毛のかけ方、見当に合わせたあとの摺りの速さ等々…、手際の良さにはびっくりしました。

◆摺り実演④・14:06

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*これから色版を摺るために色版木の見当に和紙を合わせるところです。後方から作品を観る安達理事長の目力も迫力がありました。

◆摺り実演⑤・14:23

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*落款(らっかん)部分の摺りのために、色版木に朱色の絵具を塗り刷毛で伸ばしているシーンです。

◆摺り実演⑥・14:29

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*色版木の見当に和紙を合わせた後、色版を摺るために馬楝に油を付けているところです。右側は完成した浮世絵です。

14時35分、4枚の和紙に13回の摺りが行われ、「広重浮世絵版画摺り実演会」が終了しました。素晴らしい摺りの技術を観ることができた実演会でした。

◆摺り実演用の絵具と版木と刷毛

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実演会終了後、常設展示場でアダチ版の浮世絵新作を観ました。

◆歌川国芳・浮世絵「金魚づくし」

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*左側の作品が「金魚づくし・にはかあめんぼう」で、右側が「金魚づくし・酒のざしき」です。
愛嬌たっぷりの金魚たちが鮮やかに摺られていて、‟このような浮世絵の楽しみ方があるんだ”と思いました。

…アダチ版画研究所を出て、煉瓦道を目白駅に向かうと、4月に見た中村彝(つね)アトリエ記念館がありました。

 

【おまけ】中村彝アトリエ記念館

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*アトリエ記念館はそのままでしたが、庭の木々の緑が色濃くなっていました。

今日の歩歩歩数は、9,670歩でした。

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●ホールカバーその32:茅野・諏訪・高尾山

ホールカバーその32は、2017年5月26日に訪れた諏訪大社と6月4日の高尾山で出会ったホールを紹介します。

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●ホールカバー①:2017.5.26茅野市

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*茅野市に鎮座する諏訪大社上社・前宮の排所に向かう参道で出会ったホールです。
**中央に茅野市の市章、その周りを下部から、尖石史跡の復元住居、国宝の土偶「縄文のビーナス」と「仮面の女神」を配しています。
背景は、雪の八ヶ岳と蓼科高原のロープウェイ、左右にはニッコウキスゲと市の木・白樺も描かれているてんこ盛りの
カラー汚水管マンホール蓋です。
 

●ホールカバー②:諏訪市

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*上社・前宮から1,5㎞地点に鎮座する諏訪大社上社・本宮の北参道で出会ったホールです。
**ホール全体に諏訪市の花・あやめが描かれ、尾形光琳の「燕子花図(かきつばたず)」をホールに設えたような感じでした。下部に「おすい」「すわし」と表記された汚水管マンホール蓋です。

●ホールカバー③:下諏訪町

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*下諏訪町に鎮座する諏訪大社下社・春宮の大鳥居の前で出会ったホールです。
**中央には、町章の中に「下水」の文字があり、周りを下諏訪町の木・サクラと町の花・ツツジが交互に囲んだデザインの下水管マンホール蓋です。

●ホールカバー④:下諏訪町

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*万治の石仏から下社・春宮に戻る路上で出会ったホールです。
** ③のホールカバーと同じデザインのカラー版の下水管マンホール蓋です。

●ホールカバー⑤:下諏訪町

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*④の側で出会ったホールです。
**中央に町章と「下水」の文字があり、周りを下諏訪町の町の木・サクラの花がカバー面に描かれています。上部には、「軽」の表示がある耐荷重量軽車両用マンホールです。
 

●ホールカバー⑥:下諏訪町

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*⑤の側の路上で出会った温泉排気弁の角形ホールです。
**角形のカバーは黄色地に水玉模様が配され、中央には「排気弁」と「温」の文字が入っています。‟この下を温泉が流れる管が通っているんだ!”と思いました。

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ホールカバー:2017.6.4八王子

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*陣馬山から高尾山トレイルを縦走して、高尾山口ケーブルカー駅前で出会ったホールです。
**このホールは、2012年高尾の多摩御陵を訪れたときに見たホール
***のカラー版でした。江戸末期から八王子に伝わる 「車人形」の演目の一つ「三番叟」を踊る人形をデザイン。 右下に「おすい」の文字がある下水管マンホール蓋です。
***

●【特集】天皇陵巡り④(高尾):2012.10.27
  
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2012/10/20121027-8138.html
京阪神+2のホールカバーその4:2012.11.4
  
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2012/11/242012114-8bec.html

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2017年6月16日 (金)

●ホールカバーその31:宗像大島・津屋崎・人吉・足利

ホールカバーその31は、2017年5月3日、6日に福岡と熊本、5月13日に足利で出会ったホールを紹介します。

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●ホールカバー①:宗像大島2017.5.3

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*福岡県宗像市の神湊港からフェリーに乗って大島(宗像大島)に到着し、港の近くに鎮座する中津宮に向かう道路で出会ったホールです。
**宗像市と合併前の旧玄海町のマンホールで、荒波と鯛がデザインされ、上部にはクロマツ林が描かれています。右下には「おすいB」が表記された汚水管マンホール蓋です。
***宗像市は旧宗像市、旧玄海町、旧大島村が合併してできた市です。


●ホールカバー②:宗像大島

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*沖津宮遙拝所から大島港に戻る途中、宗像大島の市道で出会ったホールです。
**中央には宗像市の市章、その周りに市の花・カノコユリが描かれた汚水のハンドホール蓋です。
 

●ホールカバー③:宗像大島

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*②の側で出会った親子マンホールです。
**子蓋のデザインは①と同じですが、親蓋は亀甲模様の汚水管マンホール蓋です。

●ホールカバー④:津屋崎

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*福津市・旧津屋崎町(つやざきまち)の宮地嶽神社の参道で出会ったホールです。
**津屋崎町の花・ツバキと外周には玄海灘の波がデザインされ、中央下に「つやざき」の文字が刻まれた汚水管マンホール蓋です。
10月と2月には宮地嶽神社の参道は「光の道」となるので、このホールも夕陽に照らされるのでしょうね。

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●ホールカバー⑥:人吉2017.5.6

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*熊本人吉温泉・ホテルあゆの里前の路上で出会ったホールです。
**日本三大急流の一つ「球磨川下り」と日本100名城の一つ人吉城の「武者返石垣」がデザインされた汚水管のマンホール蓋です。

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●ホールカバー①:足利2017.5.13

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*小糠雨の中を歩いた足利学校・入徳門の前で出会ったホールです。
**中央の「學」は、徳川家康から足利学校の庠主(校長)へ贈られた旗に記されていた文字です。
周囲の松葉は、「学徒が読めない字などを紙に書いて枝に結ぶと、ふりがなや注釈が付けられていたという伝説」が残る字降松(かなふりまつ)の葉です。
外周の模様は易に使われる「卦」で、水が流れるように物事が良く進む事を表したデザインと説明されていました。

●ホールカバー②:足利

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*足利学校・學校門の前で出会ったカラーホールです。
**中央に描かれている學校門は、1668(寛文8)年に創建された門で足利学校を象徴する正門です。

●ホールカバー③:足利

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*鑁阿寺(ばんなじ)の参拝を終えて、足利市内を歩いて渡良瀬川に向かう舗道で出会ったホールです。
**中央は、1990(平成2)年に足利市の市制70年・水道創設60年を記念してデザインされたマスコットキャラクター「あゆみくん」です。その周りを「70th ANV. あゆみくん」の文字が囲んでいるカラー仕切弁です。
 

●ホールカバー④:足利

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*③の近くで出会った市章入りホールです。
**中心に、足利氏の「足」の字を図案化した市章が入ったJIS規格模様の汚水管マンホールです。

足利市で出会ったホールは、全て雨に濡れていて、しっとりとした風情がありました。

●ホールカバーその32:茅野・諏訪・高尾山に続く

2017年6月 9日 (金)

陣馬山から高尾山縦走:2017.6.4

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陣馬山から高尾山トレイルを縦走しました。

JR高尾駅前からバスに乗り、夕焼け小焼けを経て終点の陣馬高原下バス停に着きました。
*夕焼け小焼けバス停がある八王子市上恩方町は、1919(大正8)年発表の童謡「夕焼小焼」を作詞した詩人・中村雨紅の出身地です。

8時45分、陣馬高原下バス停を出発。
しばらく和田峠に続く林道を歩き、陣馬山(じんばさん)の支尾根に取り付く登山道を登って陣馬山山頂に出ました。

●陣馬山①[09:45]

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*陣馬山山頂(855m)からの北側の眺望です。
中央最奥のピークが大岳山(1266m)です。南西側には丹沢の山並みが見えましたが、富士山は雲に隠れていました。

●陣馬山②[09:55]

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*昔、陣馬山で見た白馬像に再会しました。

●陣馬山から見た高尾山[10:07]

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*これから縦走する奥高尾縦走路と高尾山です。

昔、「高尾山スタンプラリー」で子供たちと一緒に高尾山から逆コースを歩きましたが、陣馬山周辺は初めて歩くような登山道でした。
緩やかな下りが続く景信山へのルートは、南側の広葉樹と北側の杉・檜の針葉樹の間を縫う尾根道で気持ち良く歩くことができ、11時25分に景信山(727m)到着しました。

●景信山①[11:34]

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*頂上直下の景信茶屋のベンチで昼食をとりながら、関東平野の眺望を楽しみました。

●景信山②[11:35]

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*道標の先には、関東平野が広がっていました。東側にはスカイツリー、東北側には筑波山が見えました。

12時25分、景信山を出発。今日一番の急坂を下り、小仏峠、城山、一丁平を経て、13時30分に高尾山(599m)に到着しました。

●高尾山[13:45]

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*高尾山の山頂展望台は、いつものように大勢の登山者でにぎわっていました。富士山は、今回も雲の中でした。

展望台の石垣に座ってコーヒーを飲みながら一休みして、14時に山頂を出発しました。

…稲荷山コースを経て沢沿いの6号路を下っていると、沢の杉を見ている人達がいました。

双眼鏡を持ったご婦人から、「ここは何度も来ているけど、今日のセッコクは最高だから見ていきなさいな。」と声をかけられました。
また。「セッコクって『石斛』という字で、ランの仲間なのよ。」と教えてもらい、しばし解説付きの観察会となりました。

●高尾山のセッコク①[14:32]

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*セッコクは、樹木や岩の上に着生するラン科の植物です。高尾山では杉の老木に着生し、5月中旬〜6月上旬に白い美しい花を咲かせます。

●高尾山のセッコク②[14:33]

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*遠くに見えるセッコクは、枝に雪を被ったツリーのように見えました。

●高尾山のセッコク③[14:33]

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*スマホ・ズームで撮影しました。拡大されたセッコクの映像で、ようやくラン科の植物ということがわかりました。

14時50分、高尾山口ケーブルカー駅に到着。
約20㎞におよぶ縦走は、「青い空と緑の木々と白い雲・セッコク」が印象に残る山行でした。

今日の歩歩歩数は、33,100歩でした。

END

[5]北八ヶ岳・白駒池・高見石

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[5]北八ヶ岳・白駒池・高見石

5月28日(日)、朝4時30分に起床、空を見ると清々しい晴天でした。
昨日の地点(定点)から朝の白池を写しました。

●白駒荘から見た白駒池⑤[04:46]

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*白駒池の日の出です。湖面は正に水鏡でした。

●白駒荘から見た白駒池⑥[04:48]

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*昨日、3時間余り日向ぼっこした木の机と長椅子には霜が降りていました。

4時50分、白駒荘から時計回りに白駒池を一周することにしました。

●湖畔から見た白駒荘[05:00]

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*湖面には、朝日を浴びた白駒荘とにゅう(尾根の左側のポコ)が写っていました。

●青苔荘[05:07]

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*白駒池湖畔にあるもう一軒の山小屋の青苔荘です。小屋の右手にはテントサイトがあり、5張りのテントが張られていました。

青苔荘から池の東側(太陽が昇ってきた方角)に周り込むと、苔の森(3)「もののけの森」に入ります。

●もののけの森①[05:20]

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*苔の間には、まだ残雪が残っていました。

●もののけの森②[05:20]

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*周り一帯にもののけが住んでいるような森でした。

●もののけの森③[05:21]

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*「もののけの森」の看板が立っていました。

●もののけの森④[05:38]

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*枯れた倒木に苔が…。この倒木には4種類以上(白駒池の周りには485種類の苔が育生しているそうです)の苔が共生していました。

●白駒荘ボート桟橋[05:50]

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*白駒池をゆっくり1時間をかけて一周し、白駒荘に戻ってきました。太陽も1時間でずいぶん昇っていました。

6時からの朝食の後、7時前に白駒荘を出発し、苔の森(4)「カモシカの森」を通って高見石(たかみし)を目指しました。

●カモシカの森①[07:35]

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*「カモシカの森」の看板が立っていました。

●カモシカの森②[07:35]

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*看板で説明されていたセイタカスギゴケを写しました。

残雪の登山道を登り、7時45分に高見石小屋に到着しました。

●高見石小屋前・案内図[07:45]

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●高見石山頂から見た小屋と中央アルプス[07:51]

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*高見石山頂(2300m)は、大きな岩が折り重なったピークです。南西の方向に中央アルプスの峰々が見えました。

●高見石山頂から見た白駒池[07:52]

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*白駒池は、標高2000m以上では、日本で最大の湖です。苔の森に囲まれた池はサファイヤ色に輝いていました。

●高見石山頂から見た北アルプス[07:54]

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*右端から茶臼山(2384m)、縞枯山(2403m)、蓼科山(2531m)が見え、左奥(北側)には、北アルプスの白い峰々を見ることができました。

高見石小屋から登ってきたルートを下り、苔の森(1)「白駒の森」を経て白駒池駐車場に戻りました。

●白駒の森①[08:48]

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*倒れたシラビソの木には、何十種類もの苔とシラビソの若木が育生していました。

●白駒の森②[08:52]

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*「白駒の森」の看板が立っていました。

●白駒の森入口[08:58]

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*白駒池駐車場前から白駒の森入口を写しました。今日は、北八ヶ岳苔の会**の今年初めての「苔の森開き」の日だったのです
**北八ヶ岳苔の会HP: http://www.kitayatsu.net/home

9時に早々と登山を終え、八ヶ岳の麓の「河童の湯」で温泉に入りさっぱりしました。そして、再び諏訪大社・下社を経て、御柱を落とす聖地・木落坂に向かったのでした。

諏訪大社と北八ヶ岳を訪ねた3日間(5/26-5/28)の歩歩歩数は、35,500歩でした。

END
         
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2017年6月 8日 (木)

[4]北八ヶ岳・にゅう・白駒池

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[4]北八ヶ岳・にゅう・白駒池

momo2号は、御射鹿池から湯のみち街道を上り、渋辰野館手前の林道を北に回り込んでメルヘン街道(国道299号線)に出ました。
いよいよ北八ヶ岳です。晴天のメルヘン街道を快調に上り、麦草峠を越えて、9時15分に白駒池駐車場(2094m)に到着しました。

駐車場で登山靴に履き替え、苔の森を歩いて白駒池(2115m)の湖畔にある白駒荘に向かいました。

●高見石分岐[09:35]

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*高見石分岐は、駐車場と白駒池の中間です。周りには苔の森(1)「白駒の森」が広がっていました。

9時40分、今日の宿泊小屋である白駒荘に到着。ご主人に挨拶し、にゅうまでのルート状況を訊くと、「今年はまだ登山道に残雪があり、滑りやすいので気を付けて」とのこと、ゆっくり歩くことにしました。

●白駒湿原[10:14]

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*白駒湿原(2131m)の奥に、にゅうから中山峠に続く尾根が見えてきました。

●にゅうの森①[10:44]

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*苔の森②は「にゅうの森」です。帰路で林床に広がる苔をゆっくり観ることにして、にゅうを目指しました。

コメツガの樹林帯の苔の森(2)「にゅうの森」を登ること1時間、目の前に青い空が見えてきました。

●にゅう頂上[11:43]

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*シラビソやコメツガの樹林帯の上の岩峰が、にゅうの頂上(2352m)です。北側に縞枯山(中央・2483m)が見え、丸山(手前左側・2330m)の裾野に白駒池が見えました。

●にゅうから見た富士山[12:04]

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*にゅうの頂上から、南に聳える富士山(3776m)を望遠で写しました。

●にゅうから見た天狗岳[12:11]

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*稲子山(手前)の奥に、天狗岳(右奥:2646m)と硫黄岳(左奥:2760m)が見えました。

…にゅうから白駒池への帰路は、稲子湯に下る尾根沿いの十字路分岐を通るルートを選びました。

●にゅうの森②[14:36]

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●にゅうの森③[14:36]

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*木と岩と苔の不思議なモニュメントです。

白駒池に下って「もののけの森」へ続く木道を歩き、池を反時計回りに一周して15時に白駒荘に着きました。

…夕食は18時からとのこと。そこで、湖岸の木の机と長椅子に座り、白駒荘特製のキンカンソフトクリームとコーヒーで白駒池の景色を観ながら「日向ぼっこ」をしました。

●白駒荘から見た白駒池①[15:37]

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*まだ明るい湖面の白駒池です。

●白駒荘[15:38]

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*長椅子に座りながら、湖と反対側の白駒荘の玄関を写しました。

●白駒荘から見た白駒池②[17:22]

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*①から約2時間経過、白駒池も夕暮れ色になってきました。

●白駒荘から見た白駒池③[18:01]

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*②から40分経ちましたが、対岸の森は夕陽にあたって明るくなっています。17時を過ぎると、湖畔を歩く観光客や登山者がいなくなり、静かな湖畔の森となりました。

●白駒荘から見た白駒池④[19:16]

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*夕食後、湖畔に出て暮れなずむ池を写しました。

●白駒池篇ポスター

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*白駒荘の机に置かれた、JR東日本の「大人の休日倶楽部」白駒池篇ポスター**を撮らせていただきました。
**昨年の10月、3日間をかけてCM用動画とポスター用写真の撮影があり、白駒荘もお弁当等で協力したそうです。「白駒の池篇」のDVDが小屋の中で流れていて、家に帰ると「白駒の池篇」CMがテレビで放映されていました。

白駒池の上空に雲がかかり星も見えなくなったので、20時過ぎ(白駒荘の食堂の消灯は20時、部屋が21時でした)に布団に入ると、そのまま……。

[5]北八ヶ岳・白駒池・高見石 に続く

2017年6月 6日 (火)

[3]片倉館と御射鹿池

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[3]片倉館と御射鹿池

上諏訪の片倉館(かたくらかん)の温泉に、ウン十年ぶりに入りました。

●片倉館・浴場棟

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*片倉館と言えば、1928年(昭和3)年竣工の洋風建築で大浴場(千人風呂)が有名です。深さ1.1mの千人風呂は、浴槽底に玉砂利が敷かれていて歩くと足の裏の刺激で心身共に気持ち良くなりました。

●片倉館・階段

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*入浴後、2階の食堂に向かいました。階段も浴場と同じく国の重要文化財に指定されています。

●片倉館・2階食堂兼休憩室

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*広い食堂兼休憩室で、一番人気の「昔ながらのしょうゆラーメン」を食べました。

●片倉館・屋上

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*2階食堂兼休憩室から階段を上がると、屋上の広いテラスに出ます。前方には諏訪湖が広がり、煙突以外は浴場の上とは思えないテラスでした。

●片倉館・会館棟

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*玄関に入ると、目の前に巨大な狛犬(阿吽像)が座っていました。この狛犬は、片倉家が靖国神社に寄贈したの狛犬のオリジナルだそうです。
阿形(右側)の狛犬の足元に「靖国神社奉納 狛犬原型 高村光太郎作」と記した木札がありました。

…雨が弱くなってきたので、蓼科高原の御射鹿池(みしゃかいけ)に向かいました。

●御射鹿池①

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*御射鹿池は、八ヶ岳中信高原国定公園のなかにある池で、1933(昭和8)年にため池として造られました。
「御射鹿」の名称は、諏訪大社に伝わる神に捧げるために鹿を射るという御射山御狩神事に由来しているといわれています。
御射鹿池は、東山魁夷の1982年(昭和57)年の作品「緑響く」のモチーフとなった池として有名です。

●御射鹿池②

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*御射鹿池は、酸性が強く魚はいません。代わりに酸性を好むチャツボミゴケが湖底に繁茂しているために、青緑に光る湖面に木々が美しく映るのだそうです。

●御射鹿池③

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*緑の木々に覆われた池畔は、東山魁夷が「白い馬はピアノの旋律で、木々の繁る背景はオーケストラです。」と表現したオーケストラのような風景でした。

雨が降ってきて水鏡が雨で見にくくなったので、近くのホテルに向かいました。

●蓼科のホテルから見た森

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*雨が一時的に止み、べランダの前の森に夕陽が射してきました。

翌朝、北八ヶ岳の麦草峠に向かう途中、御射鹿池を再訪しました。

●御射鹿池・案内図

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*御射鹿池の駐車場(事前情報では、御射鹿池には、5、6台しか駐車できないとのことでしたが、乗車用20台・大型バス4、5台が駐車できる新しい駐車場ができていました)の奥に、奥蓼科周辺案内図がありました。

●御射鹿池④

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*朝の御射鹿池は明るく、湖面に映る木々の緑も濃くなっていました。
朝霧の中の御射鹿池、夕陽に染まる御射鹿池、紅葉の御射鹿池…と季節と時間を変えて観てみたいと思いました。

[4]北八ヶ岳・にゅう・白駒池 に続く

2017年6月 4日 (日)

[2]諏訪大社・下社巡りと万治の石仏そして木落坂

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[2]諏訪大社・下社巡りと万治の石仏そして木落坂

…上社から諏訪湖を挟んで北に位置する下社2宮(春宮・秋宮)を参拝しました。

■下社・春宮・大鳥居

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*春宮の大鳥居(高さ:8.2m、周囲:2.1m)は、1675(延宝3)年の建立と伝えられています。

■春宮・参道

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*大鳥居を過ぎると、参道沿いに狛犬が睨みを効かせていました。奥には神楽殿がどっしり構えています。

■春宮・神楽殿

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*神楽殿の奥・右の片拝殿の前に春宮・一の柱、左の片拝殿の前に春宮・二の柱が建っていました。

■春宮・幣排殿と片拝殿①

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*幣排殿は、祭祀・拝礼を行うための建物で、中央が二重楼門になっています。幣排殿の左右が片拝殿です。

■春宮・幣排殿と片拝殿②

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*二の柱の前で幣排殿と片拝殿、そして二の柱を写しました。

春宮の参拝後、境内の脇を流れる砥川の岸辺に建つ万治の石仏に向かいました。

■浮島神社

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*万治の石仏に行く途中、砥川の中島に小さな浮島神社が鎮座していました。4本の御柱はこのように諏訪周辺の神社・小社**に設えられています。
**諏訪周辺の神社・小社の御柱祭は小宮祭と呼ばれ、2016年の秋前後に各地域で行われたそうです。

●万治の石仏・説明版

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*石仏の「万治」は、この石仏を建立した願主が1660(万治3)年と刻んでいるところから呼ばれています。

●万治の石仏①

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*正面から写しました。小さく見えますが、石仏の大きさは、高さ:2m60㎝、横幅:3m80㎝、奥行き:3m70㎝、顔の長さ:65㎝と説明されていました。

…近くのプレートに、万治の石仏を時計回りに3度回る参拝方法が書かれていたので、作法通りにお参りした後、前後左右から石仏を写しました。

●万治の石仏②

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●万治の石仏③

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●万治の石仏④

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●万治の石仏⑤

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…万治の石仏を参拝した後、最後の下社・秋宮に向かいました。

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●下社・秋宮案内図

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■下社・秋宮・大鳥居

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■秋宮・手水舎

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*秋宮の参道横に龍神の温泉手水舎(御神湯)がありました。

■秋宮・神楽殿

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*三方切妻造りの神楽殿は、天保6(1835)年の造営です。神楽殿には、出雲大社型の大注連縄(長さ13m、重さ500㎏)が吊るされていました。

■秋宮・狛犬(吽形)

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*狛犬は高さが1.7mで、青銅製としては日本一の大きさです。吽形の狛犬の台座には「孝」が刻まれていました。

■秋宮・狛犬(阿形)

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*阿形の狛犬の台座には「忠」が刻まれていました。

■秋宮・幣拝殿と片拝殿①

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*右側の片拝殿の横に、一の柱が建っていました。

■秋宮・幣拝殿と片拝殿②

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*正面から幣拝殿を写しました。

■秋宮・西宝殿

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*幣拝殿と左(西)の片拝殿の間から昨年の御柱祭で建て替えられた西宝殿**を写しました。
**左右2つの宝殿は、7年に一度の御柱祭で1棟が建て替えられ、遷座祭が行われます。

諏訪大社2社2宮の参拝を終えて、片倉館に向かいました。

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…5月26日の夜、宿で借りた「御柱祭ガイドブック」を読んで、‟下社の木落坂へ行きたい”と思いました。
そして、5月28日、八ヶ岳の高見石に登った後、下社・春宮の北2.5km、萩倉集落の外れにある木落坂に向かったのです。

●木落坂・頂上の石碑

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*石碑には、「諏訪大社 下社 御柱街道 天下の木落し坂」と刻まれていました。

●木落坂・頂上の説明板

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●木落坂・頂上からの眺望

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*木落坂は、最大斜度が35度で、坂下までは約100mの距離です。坂を下るのではなく「坂を落とす・木を落す」という表現がぴったりの坂でした。

●木落坂・頂上のの模擬御柱

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*「御柱の先頭が出て、曳き綱の先が坂を下って、即、御柱が落ちる」という感覚になりました。

●木落坂・坂下からの眺望

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*木落坂の下から頂上を写しました。下から見ても急勾配の木落坂でした。

[3]片倉館と御射鹿池 に続く

2017年6月 3日 (土)

●諏訪大社と北八ヶ岳の池・苔の森巡り [1]諏訪大社・上社巡り:2017.5.26-28

5月26日から28日にかけて、諏訪大社と北八ヶ岳の池、そして白駒池の周りに広がる苔の森を巡りました。
歩歩歩ポ~ンでは、 ●訪大社巡りと北八ヶ岳の池・苔の森巡り のメインタイトルで、

[1]諏訪大社・上社巡り
[2]諏訪大社・下社巡りと万治の石仏そして木落坂
[3]片倉館と御射鹿池
[4]北八ヶ岳・にゅう・白駒池
[5]北八ヶ岳・白駒池・高見石


の5回に分けて特集します。

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[1]諏訪大社・上社巡り

諏訪大社(すわたいしゃ)は、信濃国一之宮で諏訪湖の周辺に2社4宮(上社・前宮、上社・本宮、下社・春宮、下社・秋宮)の境内地をもつ神社です。
*上社(かみしゃ) には、前宮(まえみや)と本宮(ほんみや)の境内地があり、下社(しもしゃ)には、春宮(はるみや)と秋宮(あきみや)があります。

…諏訪ICを下りて、まず、諏訪の祭祀の発祥地とされる上社の前宮に向かいました。
駐車場前の鳥居から続く参道を200mほど上ると、旧鎌倉街道に沿った高台に社殿(排所)が見えてきました。

*諏訪大社には、4宮ともに本殿と呼ばれる建物がありません。秋宮は一位(イチイ)の木を春宮は杉の木を御神木とし、上社(前宮と本宮の両宮)は御山(守屋山)を御神体としています。

■上社・前宮・拝所

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*前宮は、上社・本宮より“前にあった宮”とも考えられているそうです。

■上社・前宮・一之御柱

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*拝所の右手前に、昨年(2016年)の「御柱祭(みはしらさい・おんばしらさい)」で建てられた一之御柱がありました。
御柱は、一之御柱から時計回りで二之御柱、三之御柱、四之御柱が社殿の四隅に建っています。

■上社・前宮・二之御柱

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*二之御柱は、拝殿の左手前に建っていました。ここから、三之御柱と四之御柱を回って参拝しました(一、二、三、四の御柱を間近で見て触れることができるのは、前宮のみです)。

■上社・前宮・四之御柱

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*前宮の社殿の背後に建つ四之御柱です。右奥には、三之御柱が見えています。


●上社・前宮案内図

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…前宮から1.5km西側に鎮座する上社・本宮に向かいました。

■上社・本宮・手水舎

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*本宮の手水舎は、温泉(明神湯)でした。

■本宮・塀重門と本一の御柱

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*北参道の鳥居から、上社・本宮の塀重門(正面)と本一の御柱(一之御柱)を写しました。

■本宮・鳥居と布橋門・本二の御柱

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*表参道から鳥居と布橋門、そして本二の御柱(本宮・二之御柱)を写しました。手前の石橋が上社・本宮への御柱の進入路です。
鳥居の奥の布橋門の右手に本二の御柱が見えています。

■本宮・拝殿

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*参拝所から幣排殿と左右の片拝殿を写しました。この配置は、幣拝殿と片拝殿のみで本殿を持たない「諏訪造り」という独持の様式です。

●本宮境内図

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[2]諏訪大社・下社巡りと万治の石仏そして木落坂 に続く

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2017年6月 2日 (金)

小糠雨の足利・まちさんぽ:2017.5.13

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今日の天気予報は「朝から雨」、‟雨の「あしかがフラワーパーク」は人が少ない!”ということで、早朝の電車で足利に向かいました。

…東武伊勢崎線・足利市駅から渡良瀬川に架かる中橋を渡り、JR両毛線・足利駅まで歩きました。
ところが、足利駅では8時17分発の小山方面への電車が出たばかり…足利のマンホールを撮影していたりして遅れてしまったのです。
次の電車まで1時間程待たなければならなかったので、タクシーで「あしかがフラワーパーク」に向かいました。

9時前に「あしかがフラワーパーク(あしフラ)」に到着。小糠雨の園内は、観光客もまばらで大藤の周りも人影が少ない状況でした。

●あしフラ・大藤①

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*大藤の花は満開を過ぎ、散り始めていました。
しだれた薄紫の藤の花と散った藤の花びらが雪のように見える大地の景色」は、日本画のような風景でした。

●あしフラ・大藤②

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*樹齢150年を超えるという大藤の枝が四方に広がっていました。

●あしフラ・大長藤

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*他の大藤を含めて、この大長藤も栃木県指定の天然記念物となっています。

●あしフラ・八重藤

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*八重藤の花は、ブドウの房のような形状でした。

●あしフラ・白藤のトンネル

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*約80mの白藤のトンネルです。雨に濡れた白い花がしっとりと咲いていました。

●あしフラ・大藤③

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*大きな幹と四方に延びた枝を覆いつくす薄紫の藤の花もきれいでしたが、若葉の緑も雨に濡れて輝いていました。

●あしフラ・きばな藤

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*これから満開を迎えるきばな藤を含め、大藤、大長藤、八重藤の花を同時に、しかも静かに鑑賞できたあしフラでした。

●あしフラ・園内MAP

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*「根本径100㎝を超える藤の移植は困難」と言われた大藤をあしががフラワーパークに移植することに成功し、その後園長としても活躍された造園家・塚本こなみ氏のエネルギーが詰まったあしフラでした。

…あしフラから、シャトルバスに乗って足利学校に向かいました。

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フランシスコ・ザビエルが、「日本国中最も大にして最も有名な坂東の大学…」と記した足利学校は、天文年間(1532~1554年)の頃は日本全国から3,000人にのぼる学生が集まる日本最大の学校でした。

■足利学校・入徳門

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*入徳門を入って、受付奥の部屋で足利学校の紹介DVDを見た後、学校門に向かいました。

学校門の前で、足利学校のボランティアガイドの方と一緒に校内を回りました。

■足利学校・學校門

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*「學校」の扁額が架かっていました。ここが学校の原点だそうです。
なるほど!

■足利学校・杏壇門・扁額

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*孔子廟に入る門が杏壇門です。「杏壇門の『杏壇』は、『教壇』に繋がっています。」とガイドさんが教えてくれました。
なるほど!
なるほど!

■足利学校・孔子廟(聖廟・大成殿)

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*孔子廟に入ると、雨足が強くなりました。孔子廟は孔子を祀る聖廟で、現在の建物は1668(寛文8)年に造営されたものです。

■孔子廟(大成殿)・孔子座像

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*孔子廟の中央奥に祀られていました。

■孔子廟・小野篁公像

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*孔子座像の右側に、『足利学校は小野篁の創建なり…』と伝えられる小野篁(おののたかむら)公の座像**が祀られていました。
ガイドさんが「小野篁は身長188㎝という説がありますが、孔子も2mを超えた大男と伝えられています。その割には両像とも小さい座像です。」と説明してくれました。
なるほど、なるほど!なるほど‼
**閻魔大王のもとで裁判の補佐をしていたという伝説のある小野篁は、六道珍皇寺の閻魔堂にも、閻魔大王とともに篁の木像が並んで安置されていました。

■足利学校・方丈

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*現在の方丈は、1990(平成2)年に復元されました。方丈は、学生の講義や学習**などのために使われていたとのことです。
**方丈の座敷に、「足利学校漢字試験[初級]」のプリントが置かれていました。家人と挑戦し、結果は二人とも76点/100点で初段(60~80点:初段、81点~:2段)でした。
「あと3問で2段とれたのに残念、鍛えねば…」という方丈の誓いでした。

●足利学校・入學証と論語抄

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*論語抄は、足利学校発行で、「論語の全499章のうち63章を厳選。現代仮名づかいによる漢字仮名まじり文。通釈つき。」とのこと。価格はなんと100円です。方丈の誓いを思い出し、漢字と論語を学び直すために購入しました。

…足利学校を卒業して、入徳門前の「銀丸本店」で昼食(蕎麦と麦とろご飯を食べました)と足利二条大麦味噌を買って鑁阿寺(ばんなじ)に向かいました。

■鑁阿寺・山門

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●鑁阿寺・境内図

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■鑁阿寺・本堂(大御堂)

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*鑁阿寺は、寺号を「金剛山仁王院法華坊鑁阿寺」と称する足利氏の氏寺です。2013年8月、本堂が全国 218件目の国宝建造物に指定されました。

■鑁阿寺・経堂(一切経堂)

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*鑁阿寺境内では、雨の中『ばんな寺 MUSIC FESTIVAL 足利』が開催されていました。
**後で調べると、BS-TBS「吉田類の酒場放浪記」の吉田類氏が出演し、番組エンディング曲「Bad Bad Whiskey」を歌っていたとのことでした。

「室町時代に影響を与えた足利氏の故郷・日本の教育の原点ともいえる足利学校の地」足利は、小糠雨の降るしっとりした大人の街でした。

今日の歩歩歩数は、17,400歩でした。

END

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