2016年12月30日 (金)

●ハチ公・2016

2016年の最後の歩歩歩ポ~ンは、2016年3月から12月までの10か月間、ハチ公を撮影した特集版「ハチ公・2016」です。

①ハチ公:2016.3.2

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*タスキ掛けのハチ公です。タスキには「命を大切に あなたは一人じゃない」と書いてありました。

②ハチ公:2016.4.1

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*七分咲きの桜の花を見ているハチ公です。

③ハチ公:2016.5.2

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*GW中のハチ公です。後ろの木々の緑が濃くなってきました。よく見ると…、ハチ公の前脚の色が変わっていました。

④ハチ公:2016.6.1

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*横顔のはハチ公です。木々の葉が大きくなってきました。ハチ公の前脚の色が変わっている(いない)のは、見に来た人たちに触られ続けられているためなのですね。

⑤ハチ公:2016.7.7

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*ハチ公が参議院選挙のタスキをかけていました。

⑥ハチ公:2016.8.8

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*後ろ姿のハチ公です。思ったよりもしっぽが大きく、堂々とした後ろ姿でした。前方は、東急電鉄・初代5000系(通称・青ガエル)の車両**です。
**
この車両は、1954(昭和29)年10月から1970(昭和45)年3月まで東急電鉄・東横線で使用されていた超軽量電車5000系の第1号車です。

⑦ハチ公:2016.8.8

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*夏のハチ公です。ハチ公は、今日も駅舎をしっかり見上げていました。

⑧ハチ公:2016.9.2

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*タンクトップ姿ハチ公です(夜の間に誰かが脱いで着せたのでしょう…)。赤いニットは何だろう…?

⑨ハチ公:2016.9.27

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*赤い首輪と交通安全運動のタスキをかけたハチ公です。

⑩ハチ公:2016.10.4

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*赤い首輪のハチ公です。

⑪ハチ公:2016.10.4

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*今日のハチ公の周りは綺麗になっていました。⑨のハチ公像の全体像を写しました。

⑫ハチ公:2016.12.22

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*クリスマス前のハチ公です。イルミ(犬見?)ネーションの光に照らされながら、緑の帽子とマフラーが似合っていました。

①~⑪は、人の少ない朝7時前後のハチ公です。⑫は17時頃ですが、周りは、待ち合わせの人でいっぱいでした。
…10か月にわたりハチ公を定点観測しましたが、季節感は周りの木々だけでなくハチ公にもあって、スマホで写すのが楽しみでした。

10月から通勤経路が変わったためハチ公シリーズも終わりとなりますが、渋谷に出る際には「今日のハチ公」をスマホで写したいと思います。

「ありがとう!2016ハチ公」

END

奥武蔵ほっこり山行:2016.12.18

今年、最後の山行は、「奥武蔵ほっこり山行」でした。

ヤスダさん、オマタさん、タカハシさん、家人と私のメンバーは、西武池袋線・高麗駅で乗り込んだノグチ師匠と東吾野駅で合流しました。

今日のコースは、東吾野駅をスタートし沢沿いを歩きながら福徳寺に向かい、ユガテ、北向地蔵を経て物見山から日和田山を巡る低山山行です。

●東吾野駅(8:49)

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*駅前の標識に「当駅の標高は132m」と書かれていました。

■福徳寺(9:10)

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*福徳寺は、鎌倉期の1212(建暦2)年創建の寺院です。

■福徳寺・阿弥陀堂①

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*阿弥陀堂は埼玉県で一番古い木造建造物で、優美な屋根(銅板葺宝形造り)を持つ国指定重要文化財です。
朝陽を浴びた里山と山影の阿弥陀堂とのコントラストが印象的でした。

■福徳寺・阿弥陀堂②

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*普段、阿弥陀堂は閉まっていますが、例年、4月15日、7月16日、11月14日に堂内の本尊阿弥陀三尊が拝観できるそうです。

●飛脚道コースMAP

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…福徳寺の裏山に取り付き、地元の人が整備している飛脚コースでユガテまで行くことにしました。

●橋本山(10:00)

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*橋本山[標高321m]から見た秩父武甲山方面の山並みです。晴天で無風、温かい日差しが気持ちよい展望台でした。

●ユガテ(10:34)

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*昔、湯が出たことからユガテと呼ばれる地域[標高290m]には、2、3軒の民家があり、周りには畑と柚子畑が広がっていました。

●ユガテ・柚子の実

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*ユガテの無人販売店で小ぶりの柚子(3個・100円)を買いました。

…ユガテから杉林の中の細い道を歩き、北向地蔵に向かいました。この道は、途中で北向地蔵方面から歩いてくる人たちと幾度もすれ違う人気の山道でした。

●北向地蔵(11:40)

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*北向地蔵の裏手の丘で昼食をとり、物見山に向かいました。

●切通し①(12:26)

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*北向地蔵から尾根上を3分程下った所にある切り通しです。中央には、元気な足取りのメンバーの後姿が…。

●切通し②(12:27)

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*①から坂を上り、振り返って写しました。

●尾根上の祠(13:08)

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*杉林の尾根に祠がありました。何の祠かはわかりませんでしたが、北向地蔵と同じように、地元の人たちによって祀られた社の一つと思われます。

物見山[標高375m]を経て、日和田山(ひわださん)[標高305m]に到着。見晴らしのよい山頂で一休みしました。

●祝!xx歳(13:57)

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*ワインとケーキで今日風邪で参加できなかったナカハラさんのバースディを祝いました。オメデトウ。

■金乃比羅神社(14:23)

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■金乃比羅神社・三の鳥居①(14:26)

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■金乃比羅神社・三の鳥居②(14:27)

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*三の鳥居からは麓の高麗駅や巾着田が一望できます。また南には西武ドーム、南東には新宿副都心が見えました。

金乃比羅神社からは女坂を下り、二の鳥居を潜り、そこからジグザグ道を下って麓に到着しました。

●高麗駅(15:15)

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*「天下大将軍」「地下女将軍」の2本の赤い柱は、朝鮮半島の道祖神将軍標」で、近くの高麗神社(こまじんじゃ)にちなむものです。 

今日の歩歩歩数は22,900歩でした。

END

2016年12月25日 (日)

●ホールカバーその27:佐渡市、東大和市、小平市

ホールカバーその27は、2016年10月と11月に新潟県佐渡市と東京都東大和市、小平市で出会ったホールを紹介します。

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●佐渡市ホールカバー①:2016.10.31

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*両津のホテル前の市道で出会ったホールです。
**中央に旧両津市の市章、周囲に名産のイカが3匹と外周に波が描かれた汚水管のホールです。

●佐渡市ホールカバー②:2016.10.31

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*①の近くの交差点で出会ったホールです。
**①の親子マンホールで、親蓋は亀甲模様のデザインでした。

●佐渡市ホールカバー③:2016.10.31

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*たらい舟で有名な小木町の港で出会った汚水管マンホールです。
**中央部にたらい舟を漕ぐ佐渡おけさのすげ笠をかぶった着物姿の女性、左右に町の木ツバキが描かれ、外周が波がデザインです。右上に「小木町」、下部に「おすい」の文字が刻まれていました。
 

●佐渡市ホールカバー④:2016.11.1

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*佐渡島の西側・真野町にある尾畑酒造の前で出会った汚水管ホールです。
**中央に旧真野町の町章、下部には町の木マツ、町の花キク、上部には日本海の波と鯛が描かれていました。上に「真野町・下水」、下に「おすい」の文字が刻まれていました。
 

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11月3日、多摩モノレールの北の終点・上北台駅をスタートし、多摩湖(村山下貯水池)と多摩湖自転車道路を経て三鷹駅までの約15㎞をジョギングしました。そのコース上で出会ったホールです。
ホール特集ですが、コース上の風景と一緒に紹介します。

■多摩モノレール・上北台駅:13.38

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●東大和市ホールカバー①

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*上北台駅の近くの歩道で出会ったホールです。
**中央に東大和市の市章が入ったJIS規格型の汚水管マンホールです。

●東大和市ホールカバー②

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*①の側で出会ったホールです。
**ホール全体に市の花ツツジがデザインされ、下部には「東大和」と「おすい」の文字が刻まれていました。

■多摩湖(村山下貯水池):14.01

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*村山上ダムから東側の村山下貯水池を写しました。ここから左手(北側)の周遊路をジョギングして、中央部の村山下ダム堰堤に向かいました。

■西武プリンスドーム①:14.07

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*周遊路沿いを走っていると、視界が開け、西武プリンスドームが現れました。

■西武プリンスドーム②:14.09

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■村山下ダム堰堤:14.24

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■村山下貯水池取水塔:14.30

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*多摩湖は東京都水道局が管理する貯水池で、村山上貯水池と村山下貯水池の二つの貯水池があります。

●東大和市ホールカバー③

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*③は、上の写真の左側にある村山下貯水池の取水塔(村山下第一取水塔・1925[大正14]年建造)と市の花・ツツジをデザインしたホールです。

…狭山公園の東にある西武多摩湖線・武蔵小山駅から多摩湖自転車道路を走りました。

■西武多摩湖線・武蔵小山駅の鉄橋:14.40

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*ここは、多摩湖自転車道路(10km)の終点です。

■西武多摩湖線、拝島線・萩山駅付近:15.04

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*多摩湖自転車道路は、多摩湖から武蔵境の境浄水場の1km西側まで、東京都の水道水パイライン(導水管)の上に作られた自転車道と遊歩道の専用の道で、高低差の少ないほぼ直線の道が約10㎞続いています。
西武多摩湖線、拝島線の北側や新宿線の南側を縫うように作られていて、武蔵野の面影が残るルートです。

●小平市ホールカバー①

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*西武新宿線・小平駅の近くの歩道で出会ったカラーホールです。
**小平市の木「ケヤキ」を中心に、右側に富士山と火の見櫓、左側に新宿の高層ビルと住宅、上部には鳥が描かれていて、自然に恵まれた地域をイメージしています。上部には「こだいら」の文字が書かれていました。

●小平市ホールカバー②

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*①の近くで出会ったホールです。
**ホールデザインは①のカラーホールと同じで、受け枠にV模様がデザインされていました。  

■小金井公園付近・多摩湖自転車道路:15.52

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*多摩湖自転車道路の後半は、前をジョギングしているグループの後をついて行きました。「走ることにありがとう!」のTシャツに励まされながら15㎞を完走できました。

END

2016年12月24日 (土)

●ホールカバーその26:ハワイ・オアフ島のホール

ホールカバーその26は、2016年9月にハワイ・オアフ島で出会ったホールを紹介します。

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●ホノルルのホールカバー①:2016.9.9

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*ホノルルのロイヤル・ハワイアン・センター近く、カラカウア大通りの歩道で出会ったホールです。
**ホールの上部に「Clean Water Starts Here」、中央部に「Stormwater(雨水流)360」、下部に「Stormwater360.com」の文字がありました。

●ホノルルのホールカバー②:2016.9.9

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*①の近くの歩道で出会ったホールです。夜のカラカウア大通りはライトアップされていて、ホールも黄色に輝いていました。
**ホールの中央部に「SIGNAL CORP COMM」、下部に「D&L FDRY USA」の文字がありました。

●ホノルルのホールカバー③:2016.9.10

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*カラカウア大通りの歩道で出会ったホールです。
**ホールの上部に「SANITARY(衛生・上下水道)」、下部に「SEWER」の文字がありました。

●ホノルルのホールカバー④:2016.9.10

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*③の近くの歩道でで出会ったホールです。
**ホールを取り巻くタイルが似ているので③と同じデザインに見えますが、中心に円が凹型で、上部の文字が「STORM」、下部が「DRAIN」です。また、シャワーツリーの白い花びらが落ちていました。

●ホノルルのホールカバー⑤:2016.9.10 

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*④の近くの歩道で出会ったホールです。
**ワッフル模様のホールの中央部に「C&C」が刻まれていました。また、右下の歩道の石に「HONOLULU sheltered bay」が書かれていました。ハワイ語の「HONOLULU」を英訳すると「sheltered bay」(守られた港湾)とのことです。

●ハワイカイのホールカバー:2016.9.10

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*ホノルルから20㎞離れているハワイカイのロイズ本店の近くで出会ったホールです。
**亀甲模様のホールの中心に「GTE」と書かれていました。
後日、調べてみると、GTEはすでに消滅している通信会社(現在はベライゾン)で、海底ケーブル陸揚げのためのマンホールでした。

●ヌウアヌ・パリのホールカバー:2016.9.10

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*ヌウアヌ・パリ峠の展望台(標高・300m)で出会ったホールです。
**中心部から円が13重に広がるバームクーヘンのようなホールに「H:T:Co.」の社名が刻まれていました。

END

2016年12月17日 (土)

●ホールカバーその25:熊本県大津町、阿蘇市、山形県鶴岡市

ホールカバーその25は、7月に阿蘇神社参拝時に訪ねた熊本県大津町、阿蘇市のホールと出羽三山参詣時に立ち寄った山形県鶴岡市のホールを紹介します。

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●大津町のホールカバー①:2016.7.22

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*JR大津駅とホテルの間の車道で出会った汚水管ホールです。
**ホール全体に大津町の花・ツツジが描かれ、下部に「おおづ」と「げすい」が書かれていました。

●大津町のホールカバー②

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*①の近くで出会ったカラーホールです。
**ツツジは3色(赤、黄、白)だったのです。緑の葉も綺麗なカラーホールでした。

●大津町のホールカバー③

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*JR大津駅の側で出会ったホールです。
**中央に大津町の町章(大津の「つ」円型につつじの花びらがデザインされています)があり、下部に「下水」と書かれた汚水管マンホールでした。

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●阿蘇市のホールカバー:2016.7.22

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*阿蘇神社に参拝した際に、JR九州一の宮駅の近くで出会ったホールです。
**中央に阿蘇市に統合となった旧一の宮町の町章があり、周りに町の花・ミヤマキリシマが描かれたカラーの消火栓です。
大きなツツジの花の白と薄緑の若葉、背景の黄色がマッチした切り絵のようなカラーホールでした。

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●鶴岡市のホールカバー①:2016.7.30

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*鶴岡市の荘内観光物産館の広場で出会ったホールです。
**中央に旧羽黒町の羽の字の町章があり、周りに町の花・ミズバショウのデザインされています。上部に「特定環境」
***、下部には「下水道」の文字が書かれていました。

***「特定環境」は、特定環境保全公共下水道のことで、主に農村や自然公園などの環境を守るための下水道で、川や海などの水質保全を目的としています。

●鶴岡市のホールカバー②

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*①の近くで出会ったホールです。
**鶴岡市の観光名所「大寶館(たいほうかん)」を市の花サクラと市の鳥ツルで囲んだハンドホールです。

END

●ホールカバーその24:福井県勝山市、永平寺町、坂井市、あわら市、石川県小松市、羽咋市、輪島市、七尾市、珠洲市

ホールカバーその24は、2016年7月3日から5日にかけて「北陸の寺社巡礼の旅」で出会ったホールを紹介します。

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●勝山市のホールカバー①:2016.7.3

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*白山平泉寺に向かう途中、福井県勝山市の国道沿いで出会ったホールです。
**勝山市は恐竜の化石で有名です。このハンドホールには上部に恐竜の足跡が描かれ、下部には「かつやま」と農集排マンホールの「集排」が刻まれていました。

●勝山市のホールカバー②

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*雨上がりの白山平泉寺の参道・精進坂の近くで出会ったホールです。
**ホール全面に参道の石畳と石垣、杉並木がデザインされ、上部には3本杉を神紋とする平泉寺白山神社の紋章がありました。下部には「かつやまし」と「げすい」が刻まれていました。

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●永平寺町のホールカバー①:2016.7.3

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*永平寺に続く門前町の車道で出会ったホールです。
**JIS規格蓋の中央に福井県永平寺町の旧町章があり、下部に「下水道」の文字入りで、受枠と鍵穴の無いタイプのマンホールでした。

●永平寺町のホールカバー②

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*②の近くで出会った下水管ホールです。
**ホールは①と同じデザインですが、
①にはない外側の受枠は大小の亀甲模様のデザインでした。

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●坂井市(旧三国町)のホールカバー①:2016.7.3

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*東尋坊に向かう商店街の舗道で出会った下水管ホールです。
**中央に福井県坂井市と合併する前の旧三国町の町章と「汚」、下部に「下水道」が刻まれていて、周囲は亀甲模様のマンホールでした。

●坂井市のホールカバー②

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*①の近くで出会った消火栓のカラーホールです。
**右上に坂井市の市章があり、中央のはしご車の周りには水玉模様がありました。

 

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●あわら市(旧金津町)のホールカバー①:2016.7.3

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*蓮如上人縁の地・吉崎御坊の麓にある駐車場で出会った側溝蓋です。
**旧金津町の町花と町木である梅が描かれ、左下には「かなづ」の表記ありました。

●あわら市のホールカバー②

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*①の近くで出会ったホールです。
**全体がスリップ模様で、中央にあわら市の市章がある汚水管マンホールです。

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●小松市のホールカバー:2016.7.4

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*那谷寺(なたでら)の近くの車道で出会った集排マンホールです。
**石川県小松市は、勧進帳の舞台になった安宅の関で有名です。 デザインは勧進帳の弁慶、巻物に「清き水となり 台地をうるおせ」と書かれています。

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●羽咋市のホールカバー:2016.7.4

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*石川県羽咋市(はくいし)の『千里浜なぎさドライブウエイ』を走り、参詣した氣多大社・鳥居の近くで出会ったホールです。
**千里浜の波とハマグリをデザインしたマンホールです。

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●輪島市のホールカバー①:2016.7.4

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*總持寺祖院の参道で出会った角型消火栓のホールです。
**はしご車と花町の花ユキワリソウが描かれ、下部の「消火栓」と「門前町」の間に取っ手がありました。受枠はモルタル製で黄色地に「駐車禁止」の文字が書かれていました。

●輪島市のホールカバー②:2016.7.4

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*①の近くで出会った汚水管ホールです。
**上部に「もんぜん」「おすい」 が刻まれていて、中央部には旧門前町の花ユキワリソウが描かれていました。
 

●輪島市のホールカバー③:2016.7.5

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*輪島の朝市通りで出会った汚水管のホールです。
**中央の輪島市の市章の周りに輪島塗りのお椀と箸が描かれています。外周には「Wajima」と「Noto」が刻まれていました。

●輪島市のホールカバー④:2016.7.5

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*③の近くで出会った汚水管ホールです。
**毎年、夏に名舟大祭で披露される御陣乗太鼓のデザインです。外周には③と同じく「Wajima」と「Noto」が刻まれていました。

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●七尾市のホールカバー:2016.7.5

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*和倉温泉街の路上で出会ったホールです。
**写真は斜めになってしまいましたが、中央に旧七尾市の市章、周囲に旧七尾市の木花・ツツジが描かれていました(現在の市の木は長谷川等伯が描いた「松林図屏風」をイメージする松、花は菜の花です)。

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●珠洲市のホールカバー:2016.7.5

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*奥能登の見付島近くで出会った汚水管ホールです。
**ホール全体に禄剛崎灯台と見付島そして日本海の波と松が描かれ、下部に「すずし」「おすい」が刻まれていました。

END

2016年12月11日 (日)

●ホールカバーその23:横浜市、市原市、いすみ市、勝浦市、上野公園

ホールカバーその23は、2016年5月に横浜市、市原市、いすみ市、勝浦市、そして上野恩賜公園で出会ったホールを紹介します。

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①横浜市ホールカバー1:2016.5.3

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*港の見える丘公園の側で出会った汚水管マンホールです。
**菱形地模様のホールの中央部に、水の字と横浜市の市章がデザインされています。上部に「仕切り弁」、下部に「横浜市」の文字が入っていました。

②横浜市ホールカバー2

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*①の近くで出会ったマンホールです。
**中央部に横浜のシンボルであるベイブリッジとカモメと雲が描かれ、YOKOHAMAの文字があります。周囲は船の操舵輪のデザインでした。

③横浜市ホールカバー3

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*三溪園から港の見える丘公園に戻る途中、本牧の中図書館の前で出会った汚水管マンホールです。
**中心に横浜市環境創造局のイメージキャラクター・かばの「だいちゃん」マークが入っていました。

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④市原市ホールカバー:2016.5.7

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*小湊鉄道・養老渓谷駅から南総里見八犬伝縁の宝林寺に向かう道で出会った農業集落排水マンホールです。
**中央部は、養老川のアユと稲穂がデザインされ、周辺には「いちはら」「集排」の文字が刻まれていました。

⑤いすみ市のホールカバー

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*いすみ鉄道・大原駅前の道路で出会った円形排泥栓のマンホールです。
**テトラポット模様地の上部には、市章(「イ」をモチーフに、全体が千葉県、円がいすみ市を表しています)があり、下部には 「排泥栓」文字があります。周囲は、「火」の模様で囲まれていました。
 

⑥勝浦市のホールカバー

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*JR勝浦市駅のロータリーで出会った雨水管マンホールです。
**テトラポット模様の中心に、勝浦市の「カツ」をデザインした市章が刻まれていました。

【おまけ】

⑦勝浦市・路上タイル

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*⑥の近くで見かけた「ひらめ」の路上タイルです。
**‟左ヒラメに右カレイ”の意味は、「目を上に向けた状態で、顔が左にきたらヒラメ、右にきたらカレイ」でした。

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⑥上野恩賜公園のホールカバー1:2016.5.14

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*上野恩賜公園で出会った(弱電)マンホールです。
**ホール全体に都の花・桜(満開の花と散り始めの花びら)がデザインされ、下部には都のマークと「弱電」の文字が刻まれていました。

⑦上野恩賜公園のホールカバー2

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*⑥の近くで出会った(低圧)マンホールです。

⑧上野恩賜公園のホールカバー3

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*⑦の近くで出会った(高圧)マンホールです。⑥、⑦、⑧は、いずれも電気系のマンホールでした。

【おまけ】

5月14日は、東京都美術館で開催中の「生誕300年記念 若冲展[4月22日(金)~5月24日(火)]」に出かけて、観覧後に出会ったホールです。

●若冲展・入場待ちの列(8:57)

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*旧東京音楽学校奏楽室の近くで、入場待ちの列を写しました。私たちが、入館の列に並び始めた8時過ぎは「チケット購入から入室まで180分」(事前にチケットを購入していても120分かかりましたが‥)、出るときは「240分」になっていました!

●東京都美術館・金属の球体(9:36)

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*東京都美術館のエスプラナードに展示された巨大な金属の球体(井上武吉作)に入場待ちの列が写っています。ここから会場に入るまでさらに30分近くかかりました。

●若冲展・ポスター

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「若冲展」の展示場も超混雑の状態でなかなか前に進めませんでした。しかし、メインの展示場では、逆に「釈迦三尊像」3幅と「動植綵絵」30幅の一幅一幅をゆっくり観ることができました。

END

2016年12月10日 (土)

●ホールカバーその22:調布・鬼太郎ホール

ホールカバーその22は、2016年4月に調布駅北口で出会った「ゲゲゲの鬼太郎」デザイン・ホールを紹介します。

調布市在住で、2015年11月に亡くなった水木しげる氏の代表作「ゲゲゲの鬼太郎」をモチーフに、4月に設置されたマンホールです。
水木プロダクションデザインの6種類のホールが、調布駅北口から甲州街道までの歩道に設置されていました。

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①調布駅北口・ホールカバー1:2016.4.10

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*鬼太郎、目玉おやじのカラーホールです。科白入りのホールは珍しいですね。「はい お父さん」。

②調布駅北口・ホールカバー2

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*鬼太郎、めだま親父、ねずみ男のカラーホールです。

③調布駅北口・ホールカバー3

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*ねずみ男、ネコ娘のカラーホールです。

④調布駅北口・ホールカバー4

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*子泣き爺のカラーホールです。

⑤調布駅北口・ホールカバー5

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*砂かけ婆のカラーホールです。

⑥調布駅北口・ホールカバー6

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*ぬりかべのカラーホールです。①~⑥のカラーホールは、調布駅周辺のマナー向上や市のPRにつなげる狙いもあるそうです。

⑦調布市・ホールカバー

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*調布市の標準的なホールです。中央にサルスベリをデザインし、下部に調布市の市章(調布の「ち」を図案化)と「市の花 百日紅」の文字がある雨水管マンホールです。

【おまけ】

●きたろう通り・鬼太郎モニュメント

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●きたろう通り・塗り壁モニュメント

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調布駅北口の「ゲゲゲの鬼太郎」デザイン・ホール巡りは500以下の歩数でしたが、きたろう通りや前後合わせての歩歩歩数は14,500歩でした。

END

2016年12月 6日 (火)

明神ヶ岳と富士そして最乗寺:2016.11.20

関東地方に濃霧が立ち込めた朝、ヤスダさん、ナカハラさん、家人と私の4人は、小田急線・新松田駅に降り立ちました。
今日は、ヤスダさんの提案で「明神ヶ岳から富士山を眺め、大雄山・最乗寺に参拝する」テーマの陽だまり山行です。

…新松田駅からバスで大雄山駅に向かい、そこでバスを乗り換えて最乗寺を目指しました。

●最乗寺参道(9:15)

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*最乗寺の参道と明神ヶ岳への登山ルートが一緒になっていました。古道の趣がある素晴らしい登山道です。

●最乗寺境内(9:28)

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*世界一といわれる御真殿横の高下駄に次ぐ大きさ(左端でルートMAPを見ている人と比べて見てください)の高下駄が、登山ルート・参道の横に揃えてありました。

●尾根道から見た小田原・湘南(11:05)

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*明神水から上った尾根からの眺望です。小田原から大磯、江の島、遠くは三浦半島が確認できました。

●明神ヶ岳から眺めた富士山①(12:20)

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*明神ヶ岳・山頂(1169m)から、金時山(1213m)越しに見た富士山です。♪頭を雲の上に出し~♪の歌詞通り、白雪の富士でした。

…明神ヶ岳の山頂は、100名近い登山者で混み合っていました。少し離れた所で昼食をとり、今回これなかったGWVメンバーに明神ヶ岳から眺めた富士の写真をメール送信しました。

●箱根・大涌谷(12:40)

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*大涌谷の噴煙(水蒸気)は、昨年5月の噴火時に比べると落ち着いています。中央部の水蒸気のすぐ上を、ロープウェイのゴンドラが行きかっていました。

●明神ヶ岳から眺めた富士山②(12:42)

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●明神ヶ岳から眺めた富士山③(12:46)

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*正午から小一時間、明神ヶ岳の頂上にいましたが、この写真を写した後、富士山が雲に隠れてしまいました。

…明神ヶ岳からの下りは、上りのメインルートとは別の奥の院と山頂を結ぶ西側ルートを選びました。

●奥の院と山頂を結ぶ西側ルート(13:52)

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*メインルートに比べると踏跡の少ない奥の院への登山道は、広葉樹が多く、紅葉を楽しみながら下りました。

…約2時間で奥の院に到着。他の登山者とすれ違うこともなく、静かな、麗しい陽だまり山行でした。

■最乗寺・奥の院(14:40)

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*奥の院の屋根から西陽が後光となって輝いていました。

■最乗寺・奥の院への参道(14:47)

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*350段余りの階段を下り、振り返って奥の院への参道を写しました。奥の院の光がパワースポットのように輝きを増しています。また、参道の両側では、大天狗と小天狗が睨みを利かしていました。

大雄山・最乗寺は、1394(応永元)年に了庵慧明が開山し、稲荷信仰では豊川稲荷と山形・善宝寺とともに曹洞宗(永平寺、總持寺、總持寺祖院が大本山です)の三大祈祷所となっています。また、全国に4000余りの門流をもつ名刹です。

■最乗寺・御真殿(14:52)

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■瑠璃門前の石灯篭と紅葉(15:05)

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*最乗寺境内で最も鮮やかな赤紅葉でした

…15時10分、最乗寺バス停に到着。陽だまり山行とは言え、最乗寺⇔明神ヶ岳の標高差879mの往復は、なかなかハードでした。それにしても、3人の脚力はすごい!

●最乗寺・大玉ゆず(15:10)

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‟このゆずが浮かぶ柚子湯に入ったら、明日からの筋肉痛が和らぐのでは…”と思いながら、バスに乗り込みました。

今日の歩歩歩数は22,400歩でした

2016年12月 3日 (土)

●熊野古道③‐熊野速玉大社と花の窟神社

今日は、大辺路(おおへち)を通って、熊野速玉大社と花の窟神社(はなのいわやじんじゃ)を参拝しました。

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[3]熊野速玉大社と花の窟神社

●朝の南部湾

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*朝の南部(みなべ)湾の風景です。雨雲が去り、西の空に晴れ間が広がって来ました。
右側の小島が鹿島(昔、鹿島から光の玉が現れ、その光が大地震の後の津波から三鍋の村を救ったと伝えられています)です。鹿島は古代から神の島として崇められてきました。奥が白浜温泉や南紀白浜空港がある半島です。

…大辺路は熊野三山に通じる熊野古道の一つで、田辺から那智勝浦を結ぶ海辺の道です。串本で大辺路を外れ、潮岬を訪ねました。

●潮岬・観光タワーからの眺望①

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*潮岬は、本州最南端の地で、展望台から潮岬灯台と太平洋を写しました。

●潮岬・観光タワーからの眺望②

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*‟海の色が違う?海岸付近の色はブルーグレーで水平線付近は濃いブルーになっている!”その訳を知りたくて、水平線を望遠で写しました。後で調べると「振り分け潮」**による色の違いではないかと思いました。
**振り分け潮:黒潮が直進路をとり、その強流部が潮岬先端に接するように流れるときには、紀伊半島南西海岸に沿って東西に分かれる特異な流れが現れます。

●潮岬・本州最南端のポスト

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…潮岬を一回りして、串本の橋杭岩に立ち寄りました。

●串本・橋杭岩

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*空海が天の邪鬼と賭けをしたという伝説の橋杭岩、引き潮で海岸が表れていましたが、橋杭岩の名称の通り「岩が海に杭のように並んだ橋脚」のようでした。また、大島の沖合に浮かぶ白い帆船が橋杭岩の間から見え、不思議な風景でした。

…新宮で神倉神社を眺めた後、熊野速玉大社を参拝しました。

■神倉神社

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*新宮の町から、熊野速玉大社の元宮である神倉神社を望遠で写しました。
神倉神社は、熊野三所権現が初めて降臨したと伝わる神倉山中腹のゴトビキ岩(ゴトビキとはヒキガエルをあらわす新宮の方言のようです)を御神体とする神社です。

熊野速玉大社は、景行天皇の時代に神倉山から麓の熊野川河口近くに遷座しました。また、1159(平治元)年には、新しい社殿を建立して熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)を祀ったことから新宮社と呼ばれています。

■熊野速玉大社・梛の木

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*境内に、御神木とされる梛(なぎ)の大樹(幹周り約5.45m 、高さ約17.6m、推定樹齢1000年、梛の木では国内最大)が聳えていました。巫女さんから梛の葉**をお守りとしていただきました。
**梛の木は熊野権現の象徴です。古来から道中安全を祈り、この葉を懐中に納めてお参りすることが習わしとされているそうです。

■熊野速玉大社・神門

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■熊野速玉大社・神門の注連縄①

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*神門の注連縄の形状が素晴らしく、角度を変えて写しました。

■熊野速玉大社・神門の注連縄②

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■熊野速玉大社・社殿①

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*社殿の並びは、左から拝殿(速玉宮)、神三段です。

■熊野速玉大社・社殿②

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*熊野速玉大社の拝殿を正面から写しました。奥の千木(屋根の両端で交叉させた木)が見える社が速玉宮です。

■熊野速玉大社・社殿③

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殿の並びは、左から結宮、拝殿(速玉宮)、神三段、八社殿です。

参拝後、境内で「熊野もうで餅」を買いました。店のおばちゃんが「熊野もうで餅」と命名の由来(熊野へのいにしえ人の思いや現在熊野を訪れる人達の無病息災を祈願している餅)を話してくれ、おまけに立派な梛の枝をいただきました。

…今回の旅の最後は、三重県の熊野古道・伊勢路の浜街道にある花の窟神社(はなのいわやじんじゃ)を参拝しました。
*熊野古道・伊勢路は、伊勢神宮にお参りをした人々が熊野三山を目指した参詣道・西国三十三所の観音巡礼たちが一番札所の青岸渡寺を目指して歩いた巡礼の道として利用されました。

●花の窟図・菱川廣隆

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*御神体は花の窟とよれる巨岩で、この花の窟の図は、「御綱掛け神事」により、御神体に綱が掛けられた状態を描いています。

●花の窟神社前・七里御浜

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*花の窟神社前の熊野灘に、七里御浜が広がっていました。
熊野市街から七里御浜に沿って熊野速玉大社が鎮座する新宮(写真中央の山並みが海に落ちる所)を目指すのが浜街道です。昔の人は、ここから海岸線を20㎞以上も歩いて熊野速玉大社に参拝していたのですね。

■花の窟神社・花の窟

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*花の窟では、年2回の例大祭で「御綱掛け神事」が行われます。岩窟上45m程の高さの御神体から約170mの大綱を境内南隅の松の御神木にわたす神事です。その大綱が岩窟から松に架けられていました。

■花の窟神社・伊弉冉尊の墓

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*古来、花窟神社には神殿がなく、熊野灘に面した巨巌を伊弉冊尊(いざなみのみこと)の御神体とし、その下に王子ノ窟と呼ばれる高さ12m程の岩があと玉砂利を敷きつめた祭場がありました。

●御綱掛け神事・説明板

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■花の窟・三流の幡

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*花の窟の御神体から松に架けられた大綱に三流の幡(みながれのはた)が吊るされていました。

【おまけ】

●熊野速玉大社・干支ストラップ①

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●熊野速玉大社・干支ストラップ②

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*「あれっ、十二支じゃない、十一支?」、よく見たら、①の左端から子(ネズミ)が抜け出して遊びに行っていました。

3日間の歩歩歩数は、29,700歩でした。

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