2018年2月11日 (日)

みちのく白石城・鹽竈神社・瑞巌寺:2018.1.27-28

今回の歩歩歩ポ~ンは、1月27日から28日に訪ねた宮城県の白石城、鹽竈神社、瑞巌寺です。

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[1]白石城:1月27日

みちのく旅の始まりは、宮城県白石市に築かれた白石城(しろいしじょう)への登城です。
*白石城は、蒲生氏郷が会津若松城の支城として築きましたが、1602(慶長7)年に伊達政宗公の家臣・片倉小十郎景綱が入城し、仙台藩(伊達家)の南部を守る支城としました。そして明治維新まで、十代にわたり片倉氏が居城する城下町として栄えたのです。

…市役所前の駐車場から雪が残る登城路を登り、白石城の三重櫓が見える大手一ノ御門に着きました。

■白石城・三重櫓

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*白石城は、明治時代の廃城令によって解体され、公園となっていました。
現在の白石城
**は、1995(平成7)年に1823(文政6)年再建の旧白石城と同じ規模、建築方法によって三重櫓と本丸の一部が復元されました。
**白石城・歴史探訪ミュージアム・武家屋敷HP:

http://www.shiro-f.jp/shiroishijo/shiroishijo/restoration/index.html

■本丸御殿跡・本丸復元図

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*城内の本丸御殿跡に、白石城本丸の復元図がありました。

■白石城・三重櫓

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*復元された三重櫓(やぐら)は、木造の複合式層塔型三重三階建て(高さ:16.7m)です。

■三階櫓から望む本丸御殿跡

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*三階櫓から見た大手二ノ御門(中央左)と本丸御殿跡です。城郭の背後には、雪に覆われた白石市街が広がっていました。

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[2]鹽竈神社:1月28日

みちのく旅・2番目は、宮城県塩竈市に鎮座する鹽竈神社(しおがまじんじゃ)です。

鹽竈神社に向かう参道は、表参道と七曲り坂、そして東参道の3つあります。
初めは、駐車場から女坂と呼ばれる東参道を歩きました。緩やかな石畳を上って随神門に着くと、南側に男坂と呼ばれる表参道が見えました。
そこで、男坂の石段を下り、麓から表参道を登り返して鹽竈神社を参拝することにしました。

■鹽竈神社・石鳥居と表参道

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*麓に建つ石鳥居から見上げた男坂・表参道の石段です。石鳥居の鳥居額に「奥州国一宮」が刻まれていました。

急斜面の石段の奥には、随神門の屋根しか見えませんでした。
石段を一段ずつ数えながら登り、随神門下の路に着きました。

■鹽竈神社・表参道

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*随神門下から見た表参道の石段です。坂の斜度は、スキージャンプ台のアプローチのようで、
鳥居の所が踏切り台のようでした。

■鹽竈神社・随神門

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*随神門に続く石段を登りきると、202段の石段を登ったことになります。男坂を歩いたことで、心身共々鹽竈神社のパワーをいただきました。

鹽竈神社は、1200年以上の歴史をもつといわれる神社です。製塩法を海の民に教えた塩の神様・塩土老翁神(しおつちのおじ)が主祭神です。
鹽竈神社は、伊達政宗公をはじめ伊達家の藩主に支持され、古くから東北鎮護・陸奥国一之宮として庶民の崇敬を集めてきました。

まず、別宮本殿を参拝しました。

■鹽竈神社・別宮本殿

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*鹽竈神社の主祭神・塩土老翁神は、別宮本殿に祀られています。この「別宮」は「特別」という意味だそうです。

■鹽竈神社・左右宮拝殿①

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*鹽竈神社の拝殿の奥には、東西に左宮本殿・右宮本殿が並列ていて、左宮は武甕槌神(たけみかづちのかみ)・右宮は経津主神(ふつぬしのかみ)が祀られています。
拝殿には、左右2か所に拝所がありました。

■鹽竈神社・左右宮拝殿②

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*入母屋造の拝殿は、1663(寛文3)年の造営の拝殿を再用しています。

鹽竈神社の参拝を終えて、松島に向かいました。

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[3]瑞巌寺:1月28日

みちのく旅・3番目は、日本三景・松島にある瑞巌寺(ずいがんじ)です。
瑞巌寺は、正式名称を松島青龍山瑞巖円福禅寺(しょうとうせいりゅうざんずいがんえんぷくぜんじ)といい、臨済宗妙心寺派の寺院です。

■瑞巌寺・総門

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*総門は、1609(慶長14)年に伊達政宗公により建立されたものです。

総門から続く参道では、左右の杉並木が伐採されていました。
瑞巌寺の受付の方に訊ねると、3.11の津波が参道まできて塩害で枯れたため、現在植え替え中とのことでした。

■瑞巌寺・参道

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*受付から本堂に向かう参道の杉は無事でした。

■瑞巌寺・庫裡

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*庫裡は庫裏とも書かれる禅宗寺院の台所です。単層切妻造本瓦葺の大屋根の上に入母屋造の煙出をのせています。

2008(平成20)年から2018(平成30)年に行われている「平成の大修理」も終わりに近づき、庫裡や本堂内を拝観することができました。
本堂は3.11の時、屋根瓦を全ておろしていたため被害が少なくてすんだそうです。

■瑞巌寺・本堂

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*桃山様式(入母屋造・平屋・本瓦葺)の本堂は、伊達政宗が5年の歳月をかけ1604(慶長9)年に完成しました。
中門の下から、南東に面した本堂(正面39.0m・奥行き25.2m)を写しました。

■瑞巌寺・参道

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*瑞巌寺の参拝を終えて、総門に戻る途中の参道脇(右側)に立札を見つけました。

■参道脇の立札

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*立札には、「3.11津波到達地点」と書かれていました。この地点まで海水や泥が押し寄せ、塩害で参道沿いの杉が枯れてしまったのです。

松島の海岸沿いを歩き、五大堂が建つ毘沙門島に向かいました。

●毘沙門島から望む松島湾

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*五大堂の前から松島湾と遊覧船を写しました。
3.11の際、松島湾は湾口の島々が津波を弱めてくれ、他の海岸に比べると津波被害が少なかったそうですが、それでも津波の爪痕が残る海岸でした。

■瑞巌寺・五大堂

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*五大堂は、江戸時代に瑞巌寺の奥ノ院となりました。現在の建物は、1604(慶長9)年伊達政宗公が造営した東北地方最古の桃山建築です。
一回りすると、軒まわりの蟇股に、方位に従って十二支の彫刻がありました。

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みちのく旅(27日と28日)の歩歩歩数は、合わせて27,130歩でした。

END

2018年1月26日 (金)

[3]弥彦山と彌彦神社奥宮

[3]弥彦山と彌彦神社奥宮

彌彦神社から山麓駅まで、雪道を歩くことにしました。

●弥彦山登山道(11:07)

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*弥彦山ロープウェイ山麓駅へ続く登山道は、11日から今朝まで降った雪で埋もれていました。

●弥彦山ロープウェイ①(11:28)

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*11時30分発「うみひこ号」に乗って、山頂駅を目指しました。

●弥彦山ロープウェイ②(11:32)

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*ロープウェイの中間地点で、下ってきた「やまひこ号」と山の麓を写しました。

■ロープウェイから望む彌彦神社(11:33)

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*ロープウェイから山の麓の彌彦神社を写しました。先ほど参拝した隋神門と回廊が杉の巨木に囲まれていました。

ロープウェイ・山頂駅から50mほど離れた展望食堂に向かいました。そこから彌彦神社の奥宮へのルートを見ると、積雪が1m以上もありました。
行くか止めるか考えていると、奥宮から降りてきた人が「ちゃんとトレース(道跡)があるので、山靴でしたら大丈夫ですよ。」と登山道の状態を教えてくれました。

●弥彦山から望む日本海(11:49)

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*青空と青い日本海の沖合に佐渡島が見えました。
天気も回復し、風もないので、700m先の彌彦神社奥宮を目指すことにしました。

●弥彦山登山道①(11:52)

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*雪深い登山道には、先に歩いた登山者に踏まれたトレースがありました。

登山道に張り出した木の枝の下を潜り抜け、雪道を踏み抜かないよう注意しながら20分ほど登ると、奥宮の鳥居が見えてきました。

■彌彦神社奥宮・鳥居①(12:10)

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■彌彦神社奥宮②(12:12)

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*弥彦山頂(634m)に鎮座する奥宮(御神廟)の御祭神は、天香語山命(あめのかごやまのみこと)と妃神・熟穂屋姫命(うましほやひめのみこと)を祀る霊所です。

■彌彦神社奥宮③(12:15)

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*鳥居も社も、雪、雪、雪の御神廟でした。

●弥彦山頂から望む大河津分水①(12:18)

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*大河津分水は、信濃川と分かれる大河津(中央左端)から約10kmの人工の川となり、寺泊の北(中央右側)で日本海に流れ出ています。
海岸沿いには低い山並みが南に延びていて、この山を削って海まで水路を造った偉業を観ると、大正・昭和の技術者や作業従事者の方々の不屈の精神を感じました。

●弥彦山頂から望む大河津分水②(12:18)

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*望遠で分水の河口部を写しました。中央部から右下に見える松林の海岸は、大河津分水から流れる砂が砂州を作り陸となった所です。

●弥彦山頂から望む日本海(12:19)

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*彌彦神社奥宮から日本海を写しました。水平線には佐渡島が横たわっていました。

●弥彦山登山道②(12:23)

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*登ってきた弥彦山の稜線を写しました。ここから弥彦山の稜線に林立するNHKやNTTなどのアンテナ(鉄塔)施設を抜けて、9合目の展望食堂(右下)まで下ります。

登ってきた雪道を下り、展望食堂に到着しました。

●弥彦山登山道③(12:44)

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*展望食堂前の道標です。振り返って弥彦山の山頂方面を写しました。

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●彌彦神社と弥彦山MAP

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…下山後、再び彌彦神社に参拝して、電車:弥彦駅→(吉田駅)→燕三条駅、高速バス:燕三条IC →バスタ新宿で帰途に着きました。

13日と14日の歩歩歩数は、合わせて27,130歩でした。

END

[2]彌彦神社(おやひこさま)参拝記


[2]彌彦神社(おやひこさま)参拝記

弥彦駅から見る弥彦山は、威風堂々とした雪山でした。

●弥彦駅前(10:37)

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●弥彦駅(10:37)

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*駅前通りを歩き、振り返って駅舎を写しました。

●弥彦村案内図(10:46)

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神社通りを歩いて彌彦神社に向かうと、一之鳥居が大きくなってきました。

■彌彦神社・一之鳥居①(10:51)

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*目の前の一之鳥居は、旅の前に、参道の状態を確認するために観たライブカメラと同じ構図でした。

●ライブカメラ(10:51)

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*"どこから映しているのだろう…?”と探したライブカメラを、社彩庵・ひらしおの軒先で発見しました。

●社彩庵・ひらしお(10:52)

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*ライブカメラは、彌彦神社前(一之鳥居)を5分毎にアップしてます。
**
http://www.e-yahiko.com/contents/livecam/jinja/index.html

■彌彦神社・一之鳥居②(10:53)

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*一之鳥居は、高さ約8.4mで、稚児柱支え建て両部型の鳥居です。一之鳥居から続く参道は、中央部が雪かきされていました。

■彌彦神社・玉の橋(10:53)

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*一之鳥居の奥、御手洗川(みたらしがわ)に架かる神橋から、上流の玉の橋を写しました。玉の橋は神様が渡る橋と伝わっています。

■彌彦神社・隋神門①(10:59)

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*二之鳥居をくぐり、参道から隋神門を写しました。

■彌彦神社・拝殿①(11:00)

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*隋神門の下から
拝殿を写しました。現在の彌彦神社は、1912(明治45)年の弥彦大火による炎上の後、1916(大正5)年に再建されました。

■彌彦神社・拝殿②(11:00)

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*古くから“おやひこさま”として親しまれている彌彦神社は、天照大神の曾孫にあたる天香山命(あめのかごやまのみこと)を御祭神とし、弥彦山(標高634m)を神体山として祀る越後の一宮です。

■彌彦神社・拝殿③(11:04)

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*回廊の南東側から拝殿を写しました。回廊内の雪は、氷河のようです。

彌彦神社を参拝した後、弥彦山に向かいました。
[3]弥彦山と彌彦神社奥宮に続く を参照

そして、彌彦神社奥宮を参拝して下山した後、再度「おやひこさま」にお礼参りしました。

■彌彦神社・拝殿と祈祷殿(13:04)

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*お礼参りの後、弥彦山と拝殿と祈祷殿を写しました。

■彌彦神社・隋神門②(13:05)

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*拝殿側から見た隋神門です。

【おまけ】

●分水堂菓子舗

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*彌彦神社からの帰途、弥彦駅の傍の分水堂菓子舗でパンダ焼を買い求めました。
あずきとずんだのパンダ焼を買い、店内でサービスの健康茶を飲みながら食べていると、パンダ焼を買い求める人たちが次から次に来店して、店内は大混雑となりました。…米粉の皮のとっても美味しいパンダ焼でした。

[3]弥彦山と彌彦神社奥宮に続く

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●ズワイガニとおやひこさま-[1]弥彦線・越後線と寺泊:2018.1.13-14

新春・歩歩歩ポ~ンの第2弾は、年末に企画して、1月に訪れた「寺泊(ズワイガニ)と彌彦神社(おやひこさま)」の旅です。
 

今回の歩歩歩ポ~ンは、「ズワイガニとおやひこさま」の旅を、

[1]弥彦線・越後線と寺泊
[2]彌彦神社(おやひこさま)参拝記
[3]弥彦山と彌彦神社奥宮

の3回シリーズで特集します。

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[1]弥彦線・越後線と寺泊

谷川岳のトンネルを抜け、新潟県に入ると、関越道は一面の雪景色でした。
雪に覆われた巻機山や越後三山を眺めながら、魚沼と長岡を抜けて、バスは時間通りに燕三条IC・バス停に到着しました。

バス停から雪道を歩いて、JR燕三条駅(新幹線と弥彦線)に向かいました。
燕三条駅で寺泊に行く電車の時刻と通行状況
が確認できたので、乗車時間まで燕三条地場産センター**を見学しました。
*11日~12日にかけて発生した、「大雪による信越本線15時間立ち往生の事故」の影響で、弥彦線や越後線のダイヤが乱れている可能性がありました。
**地場産センターは、燕三条で造られた製品を集めたセンターで、刃物をはじめ鍋、食器類の銘品が展示されていました。

今日(13日)は、◆のタイムスケジュールで燕三条駅からJR弥彦線で吉田駅まで行き、そこから越後線で寺泊駅を目指します。

◆燕三条駅  吉田駅       寺泊駅
15:11      15:23★15:43   15:58

●E129系電車(15:10)

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*燕三条駅に到着したE129系電車(4両編成)です。
一昨日からの大雪は、今日の午前中も続いていて、ホームも車両も厚い雪を纏っていました。

吉田駅での乗り換えのため、★の20分間をどうするか悩んでいました。
吉田駅に着くと、越後線のホームにブルーラインの115系電車が停車していて、暖房の効いた車両に乗車できました。
20分が過ぎ、電車はそのまま柏崎に向かって出発しましたが、雪国の駅での乗換時の配慮に感謝しました。

●115系電車(新潟3次色)①(15:26)

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*吉田駅のホームに停車していた115系電車(新潟3次色・ブルーライン)の先頭車両です。

懐かしい115系電車の客席で、足元のヒーターの暖かさを感じながら、寺泊駅まで雪景色を楽しみました。

●115系電車(新潟3次色)②(15:59)

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*寺泊駅の降車後、ホームで見送った115系電車の最後尾車両です。

寺泊駅から寺泊までは、宿泊先の住吉屋の送迎車で移動しました。

…宿では、温泉にゆっくり浸かり、6階の部屋で一休みした後、4階の部屋(カニと闘うリング)に移動しました。
カニ漁の本場でその日に水揚げされたカニを食べるのは初めてで、リング上の蟹づくし御膳を見て圧倒されました。

●蟹づくし御膳

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*ゴング前の蟹づくし御膳を写しました。
蟹づくし御膳は、カニサラダ、本ズワイの刺身、茹でガ二、カニ鍋、カニのてんぷら、焼きガニ、カニ飯、ワタリガニの味噌汁、カニ茶碗蒸し、等々…、強豪ぞろいでした。

ゴングが鳴り、カニサラダを食べた後は、無言で「カニの身を殻から取り出し、カニ酢に浸し、食べる」を繰り返しました。
間に刺身や鍋のカニを堪能しながら、脚や甲羅の身を取り出す作業に集中しました。

●本ズワイガニ

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*茹でた本ズワイガニは、奥の焼きガニ共々、今日の主役でした。

18~20時過ぎまで、カニ・オールスターと闘った120分・3本勝負の部屋は、まさ四角いジャングルでした。

翌日、…朝方まで降っていた雪も止み、海沿いの空に青空が広がってきました。

●寺泊港と佐渡島(7:20)

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*部屋の窓から寺泊港を見ていると、朝陽に輝く佐渡島が見えてきました。

地元産の食材でつくられた朝食をいただき、荷物をまとめに部屋に戻りました。

●寺泊から望む弥彦山(8:27)

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*部屋から弥彦山方面(北)を写しました。弥彦山の上空は、まだ雪雲が残っています。

ロビーで荷物を預け、出発までの時間を使って、宿の裏手の山に鎮座する白山媛神社(しらやまひめじんじゃ)を参拝することにしました。

白山媛神社に向かう途中、日蓮聖人獅子吼の銅像を見つけました。
寺泊は、順徳天皇や日蓮が佐渡島に配流された時、悪天候のため逗留した所だったのです。

●日蓮聖人獅子吼の銅像

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寺泊港を見下ろす山麓に鎮座する白山媛神社(しらやまひめじんじゃ)に向かいました。

■白山媛神社・参道①

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*白山媛神社は、入口の一之鳥居から125段の石段を上った海抜30mの山の斜面に鎮座しています。

■白山媛神社

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*白山媛神社の境内には、白山媛神社と二面神社(右手奥)が鎮座していました。 

■白山媛神社・阿形狛犬

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*狛犬は、頭の上に40㎝位の雪の帽子を被っていました。

■白山媛神社・吽形狛犬

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*吽形狛犬の頭は、白髪のリーゼントのようでした。

■白山媛神社・本社

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*白山媛神社の祭神は、伊弉冉尊(いざなみのみこと)と菊理媛命(くくりめのみこと)で、地元では国家安泰と海上安全、地方開発の神として崇められてきました。
白山媛神社は、1758(宝暦8)年の火災で焼失し、1771(明和8)年に再建されたそうです。250年の風雪に耐えた社が寺泊を護っていました。

■白山媛神社・参道②

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*眼下に寺泊の街並みと寺泊港、そして日本海には佐渡島が見えました。

9時過ぎ、宿の送迎車で寺泊駅まで送っていただきました。

●115系電車(新潟3次色)③(9:27)

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*寺泊駅のホームに停車した115系電車です。運転手さんに許可をもらって撮り鉄しました。

●大河津分水

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*電車の窓から大河津分水(おおかわづぶんすい)
**を写しました。
**大河津分水は、越後平野を水害から守るために、大河津分岐点から川幅720m~180m・約10㎞を掘削して、寺泊の北側の日本海まで人工の分水路を作りました。
***信濃川大河津資料館HP:

http://www.hrr.mlit.go.jp/shinano/ohkouzu/toha/toha-mokuji.htm

14日は、◆のタイムスケジュールで寺泊駅から越後線で吉田駅まで行き、弥彦線で弥彦駅を目指します。

◆寺泊駅    吉田駅       弥彦駅  
09:35      9:50★10:24   10:32

吉田駅到着後の30分間は、ホームに停車中の車両を撮影しながら過ごしました。

●吉田駅・115系電車・初代新潟色①(9:57)

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*国鉄時代から新潟地区を走っていたクモハ115形です。
この車両は、旧型電車の塗装(赤と黄色の2色)
**を再現したもので、初代・新潟色と呼ばれているそうです。
**国鉄・JR東日本の新潟支社が、支社所属車両に採用したオリジナルの塗装を、鉄道愛好家の間で「新潟色」と呼ばれています。

●吉田駅・115系電車・初代新潟色②(9:59)

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*連結した115系電車のクモハ115‐1044(左車両)とクモハ115‐1079(右車両)です。

吉田駅では、5人の長靴姿の鉄道マニア(撮り鉄)が、場所を変えながら望遠レンズ付きの一眼レフカメラで115系電車を撮っていました。
全員が、雪の中の懐かしい初代新潟色の115系電車を撮るために吉田駅に集合したという雰囲気でした。

◇吉田駅の出会い◇                           '
吉田駅のホーム上の待合所で、隣の椅子のおじいさんと話しました。
おじいさんから「どこから来て、どこに行くの ?」と訊かれ、「昨日東京から寺泊に来て、彌彦神社に行きます。」と話すと、おじいさんも彌彦神社にお参りするとのことでした。
そして、東京の話となり、東京の私立大学を目指している孫が、今日も新潟市でセンター試験を受けているので大雪の影響を受けていないか心配しているとのことでした。
弥彦神社へは、お孫さんの合格祈願のために向かわれるようで、話を伺いながら孫をおもう気持ちがホンワカ~、伝わってきました。
おじいさんとは、寺泊駅で同じ電車に乗り合わせていたので、大河津分水路のことも尋ねてみました。
すると、次のような話をしてくれました。

・自分は、現在、大河津分水路の近くに住んでいること 
・大河津分水路ができたおかげで、この地域では信濃川の氾濫がなくなったこと
・可動堰の上流では、冬に多くの渡り鳥が越冬している(特に禁猟区になって多くなった)こと
・春は分水路の桜並木の下で「つばめ桜まつり分水おいらん道中」を開催され、県内外からたくさんの人が訪れること
・長岡から直通バスが出ているので、今度は春にいらっしゃい
…等々、大河津分水路が地元の人にもたらしている宝物を教えていただきました。

●吉田駅・E127系(10:17)

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*ホームに、弥彦駅行きのE127系電車が入ってきました。

…10時32分、2両編成のE127系電車に乗って、弥彦駅に向かいました。

●燕三条・弥彦・寺泊エリア・MAP

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[2]彌彦神社(おやひこさま)参拝記に続く
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2018年1月19日 (金)

新春・上毛三山神社巡り:2018.1.7

2018年、最初の歩歩歩ポ~ンは、上毛三山に鎮座する神社の参拝記です。
*上毛三山(じょうもうさんざん)は、群馬県にある赤城山(1828m)、榛名山(1449m)、妙義山(1104m)の三名山の総称です。
そして上毛三山を御神体として生まれた神社が、妙義神社・榛名神社・赤城神社です。

新宿から上毛三山神社巡りツアーバスに乗り、妙義山に向かいました。

■妙義山・白雲山①

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*妙義神社参道から見た妙義山です。

■妙義山・白雲山②

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*白雲山の垂直な崖の下に見える白い「大」の字(5m×5m)は、「妙義大権現」の「大」を表しています。
「大」の字は、江戸時代に建立され、妙義神社にお参り出来ない村人・旅人などが中仙道の安中、松井田宿から「大」の字に手を合わせお参りしたといわれています。

… 参道の急坂を上り詰めると、総門が現われました。

■妙義神社・総門

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*総門は、江戸時代後期・1773(安永2)年建造の切妻造り・銅板葺の八脚門で、関東一の高さ(12m)です。

●妙義神社・境内図

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■妙義神社・波己曽社

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*波己曽社(はこそしゃ)は、1652(明暦2)年建立で本社と同じ神域に建っていましたが、1969(昭和44)年、この場所に移築・復元したそうです。

…男坂の165段の急な石段を上り、本社に向かいました。

■妙義神社・本社

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*妙義神社は、537(宣化天皇2)年の創建で、御祭神は豊受大神・日本武尊・菅原道真公などです。
1756(宝暦6)年に建造された本社(本殿・幣殿・拝殿)は、黒漆塗り権現造りの壮麗な社でした。

■妙義神社・拝殿

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*拝殿の繋虹梁は、丸彫りの龍です。黄金の龍が朝陽を浴びて輝いていました。

 

■妙義神社・石垣①

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*総門の横にある石垣です。高さ10mの石垣は、妙義山から採れる安山岩を用いて江戸時代に築かれました。

■妙義神社・石垣②

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*石垣は、緻密で隙間なく組まれていて、当時の職人の技術の高さが伺えます。とても美しい石垣でした。

妙義山(白雲山)の麓に鎮座する妙義神社は、「運気が上昇気流に乗り断崖絶壁を昇っていく」パワー漲る神社でした。

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妙義神社から国道18号線を通り、北に位置する榛名山・榛名神社に向かいました。

…榛名神社への参道は、随神門から始まります。
榛名神社は、明治時代の神仏分離令までは、神道、仏教、修験道、神仏習合の地として信仰されたため、鳥居や山門・三重塔など寺院建築の遺構が残されていました。

■榛名神社・随神門

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*随神門は、神仏習合時代は仁王像が安置された仁王門でした。

…参道を500mほど上ると、巨岩・奇岩が現れました。

■榛名神社・神幸殿

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*神楽殿(みゆきでん)は、矢立スギ(写真左)から続く石段の上に1859(安政6)年に建てられました。

本社に続く石段の上に、鉾岩(ほこいわ)と双龍門が見えました。

■榛名神社・双龍門

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*双龍門は、1855(安政2)年に建てられた四脚門です。彫刻や彩色画に龍が多く取り入れられていることから双龍門と呼ばれています。

■榛名神社・本社①

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*榛名神社の創建は、586(用明天皇元)年と伝えられています。
現在の本社(拝殿・幣殿・本殿)は、1806(文化3)年に建てられた権現造りで、朱と黒を基調として要所に金箔や多彩な彩色が施された建物です。

■榛名神社・本社②

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*本社・拝殿の海老虹梁に、龍が巻きついていました。

■榛名神社・本社③

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*本社・拝殿の縁下に、聖獣の彫刻が並んでいました。

■榛名神社・本社④

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*横から観た本社です。左手が拝殿、右側が本殿で、両社殿を繋ぐのが幣殿です。
本社は背後の御姿岩(みすがたいわ)に接していて、御姿岩内の洞窟を本殿として御神体が祀られています。

**御姿岩は、その名の通り、巨大な石仏の姿でした。

榛名神社の参拝を終えて、巨岩・奇岩や杉の巨木を見ながら随神門まで戻ると、随神門の脇に境内図がありました。

●榛名神社・境内図

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*この境内図のように、榛名神社が巨岩・奇岩と杉の巨木の間に社殿が点在していました。

榛名神社の参拝後、榛名湖と伊香保温泉を経由して赤城山を目指しました。

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…昔、野口師匠から教えてもらった「上毛かるた」で、赤城山は、「裾野は長し赤城山」でした。
*赤城山は、中央の火口湖・大沼の周囲を、1300mから1828mの峰々が囲み、富士山に続き2番目の広い裾野を持っています。


その長~い裾野を上り、雪の外輪山を越えて、赤城山の山頂湖・大沼湖畔に鎮座する赤城神社に向かいました。

■赤城神社・参道①

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*赤城神社の周りは、白銀の世界でした。大沼の湖面も凍り雪が積もっていました。欄干の朱色が鮮やかです。

■赤城神社・参道②

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*本社前の参道では、小型のホイールローダが雪を除雪していました(大型、小型のホイールローダの車体の色は、両方とも神社仕様の朱色でした)。

■赤城神社・手水舎

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*夕陽に染まる空と大沼の湖面です。手水舎(ちょうずしゃ)の龍が…、雪の中から飛びたとうとしているようでした。

■赤城神社・拝殿①

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*拝殿の右側(北東)に聳える赤城山の主峰・黒檜山(1828m)が、西陽に照らされていました。

■赤城神社・拝殿②

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*参拝者がいなくなった静かな赤城神社です。拝殿の扁額には「上野国勢多郡大洞赤城神社 赤城大明神」と書かれてました。

■赤城神社・大沼

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*陽が沈み、大沼湖畔も暗くなってきました。

大沼湖畔の気温は-8度、心身ともにキリリと引き締まった冬の赤城神社でした。
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●今日のルートMAP

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今日の歩歩歩数は、14, 060歩でした。

END

2017年12月29日 (金)

●ホールカバーその38:石垣市・竹富町


ホールカバーその38は、2017年12月10日と11日に石垣島、竹富島、小浜島で出会ったホールカバーを紹介します。

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【2017年12月10日】

●ホールカバー①:石垣市

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朝、石垣市内のホテルの前を散策したとき、市道で出会ったマンホールです。
**中央に石垣市の市章、その周りに市の花・サキシマツツジ(サキシマツツジは、石垣島と西表島に分布する固有種です。)がデザインされています。
上部に「サキシマツツジ」、下部に「おすい」と「石垣市」が刻まれた汚水管ホールカバーです。

●ホールカバー②:石垣市

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*①の側で私道に入った所で出会ったハンドホールカバーです。
**周りに10個の◎、上部に〇の中に石垣市の市章(「石」を図案化したもの)、そして中央の□の中には、「仕切弁」と刻まれた水道の仕切弁***です。
***水道管を仕切るバルブの開閉によって水道水の流れを調整する設備です。

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●ホールカバー①:八重山郡竹富町

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*竹富島の西屋敷集落(重要伝統的建造物群保存地区)で出会いました。
珊瑚の白砂を敷き詰めた道路に設置された消火栓です。
**白砂でよく見えませんが、中央に竹富町の町章、上下に「消火栓」と「駐車禁止」が刻まれた消火栓のホールカバーです。

●ホールカバー②:八重山郡竹富町

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*①から50mほど離れた集落内の道路で出会いました。
**①とはデザインが異なる消火栓です。上部に竹富町の町章(「竹」を図案化)、中央に「消火栓」と書かれています。
その周りには滑り止めを兼ねた波型、外周には小石を埋め込んだようなデザインの消火栓です。

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【2017年12月11日】

●ホールカバー①:竹富町小浜

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*シュガーロード近くの小浜集落に着き、「ちゅらさん」が住む古波蔵家に設定された民家の傍で出会いました。
**上部に竹富町の町章***、中央に「防火水そう」と「駐車禁止」が刻まれ、周囲を10個の◎を配した防火水槽のホールカバーです。
***八重山群島の島々で、石垣島と与那国島を除いた島全てが竹富町です。

●ホールカバー②:竹富町小浜

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*①の横で見つけたハンドホールカバーです。
**上部に竹富町の町章、中央に「仕切弁」が刻まれています。周りに10個の◎を配した水道の仕切弁です。

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●ホールカバー①:石垣市

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*川平湾の海辺にある、琉球真珠の店の駐車場で出会いました。
**中央に石垣市の市章、その下に「汚水ポンプ蓋」と書れていて、周りを東シナ海のような波が四重に囲んでいるデザインの汚水ポンプのホールカバーです。

●ホールカバー②:石垣市

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*川平公園の川平観音堂の参道が始まる土産店の前で出会いました。
**①と同じく中央に石垣市の市章、周りの東シナ海のような波が三重(四重に見えますが、よく観ると受枠にも波の模様が付いているのでホール自体は三重です。
に囲んだ汚水管ホールカバーです。

2017年の「くぼた歩歩歩ポ~ン」のUPは、今日の「ホールカバーその38:石垣市・竹富町」で終了です。今年も当ブログを観ていただきありがとうございました。
良いお年をお迎えください。

END
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2017年12月26日 (火)

[5]またやーさい・石垣島

高速船で石垣港に戻りました。石垣港離島ターミナルには、今日もくよーなーら・具志堅像が立っていました。

●石垣港

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*石垣港離島ターミナルに立つ、石垣市名誉市民第1号の具志堅用高氏(カンムリワシ)の銅像です。
乗船時や下船時には観光客が殺到するため、シャッターチャンスがありませんでした。3度目でようやく周りに人がいない具志堅像を撮影できました。

ツアーバスに乗り、バンナ展望台→石垣やいま村→川平湾を回りました。

●バンナ展望台・ブッソウゲ

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*ハイビスカスは、沖縄では古くからブッソウゲまたはアカバナーと呼ばれているそうです。

●於茂登岳

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*バンナ展望台から見た220mピーク(アンテナ塔の立つピーク)です。そして奥のピークが、石垣島最高峰の於茂登岳(525.5m)です。

●オオベニゴウカン

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*「石垣やいま村」で見た和名「オオベニゴウカン」です。マメ科の非耐寒性常緑低木の花で真っ赤な花でした。 
**「オオベニゴウカン」は、中南米のボリビアが原産で「カリアンドラ・ハエマトケファラ」という長い名前がついています。

●カンムリワシ・よんなー君①

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*「石垣やいま村」の動物園に、国の特別天然記念物・カンムリワシの「よんなー君」がいました。
よんなー君は、2007年に西表島で交通事故に遭って保護され、「石垣やいま村」の保護ケージで飼育されています。

●カンムリワシ・よんなー君②

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*止まり木まで、わずか2m。よんなー君の目の周りの色はレモンイエローで、全身の羽毛は褐色です。翼や腹面の白い斑点もよく見えました。

●オヒルギ

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*「石垣やいま村」の自然探勝路を散策し、名蔵川沿いに群生するオヒルギを森の内側から観察しました。
**オヒルギの支柱根(しちゅうこん)や呼吸根の膝根(しっこん)の形状がよく分かりました。

「石垣やいま村」は、八重山の古民家を移築し、昔の家並みを再現した日本最南端のテーマパークです。

●旧喜舎場邸・欄間

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*旧喜舎場邸(きしゃばてい)で、これまで見たことのない欄間を発見しました。
スタッフの方に尋ねると、「舟板を海に沈め、フナムシの虫食い跡を付けた板を使うので、一点ものです。意匠(デザイン)はフナムシ次第ですよ。」と説明してくれました。

●旧牧志邸

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*昼食後、三線と太鼓の民謡ショーが行われている旧牧志邸に向かいました。
縁側に座ると、すでに50名近くの聴衆が、三線と太鼓のリズムに合わせて三板(さんば)を鳴らしていました。

●旧牧志邸・おじぃとねーねー

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*旧牧志邸で、三線と太鼓を演奏し、民謡を唄い踊った2人のおじぃとねーねーにお願いして写真を撮らせていただきました。
唄の音色も温かいおじぃとねーねーでしたが、笑顔も飛び切り温かいお三方でした。ありがとうございました。

●旧牧志邸・欄間

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*民謡ショーの後、旧牧志邸の欄間を写しました。この欄間もフナムシが作ったドットの芸術作品でした。

●川平湾・グラスボート①

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*川平湾でグラスボート遊覧を体験しました。造礁サンゴの群落、色とりどりの熱帯魚、美しい海の姿を観ることができました。

■川平観音堂①

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*川平湾を見下ろす川平公園に、古い参道を発見しました。
石段を上ってみると川平観音堂でした。観音堂は、川平湾を出航する船の無事を見守るように建っていました。

■川平観音堂②

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*川平観音堂の参道入口に、創建の由来**が書かれた説明板が立っていました。
**「昔、川平湾で風待ちをしているマーラン船があった。たまたま小僧が上陸している間に順風となり、船が急遽出港した。
村に取り残された小僧が、船が戻ってくるよう祈った所、逆風となり船が戻り、小僧は乗り込むことができた。
小僧は後に一人前の僧となり、この地に観音堂を建てたのが始まりといい、17世紀の頃とされている。
川平の下田原に流れ着いた仏像も、この観音堂に安置されたといわれている。」

●川平湾・グラスボート②

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*川平観音堂奥の高台から、川平湾とグラスボートを写しました。

空、星、雲、海、山、風の自然の美しさ、その中で生きる動植物の素晴らしさがたくさん詰まった八重山諸島の旅でした。
「またやーさい(またね)八重山」で、石垣空港をあとにしました。

今回の3日間の歩歩歩数は、合計で36,700歩でした。

END

2017年12月25日 (月)

[4]小浜島・夕陽と星とシュガーロード

西表島⇔小浜島間は直行便がなく、高速船は石垣港に渡り、石垣港から別の高速船に乗り換えて小浜島に渡りました。

●小浜島・小浜港(17:03)

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*高速船・ドリーム6号の船内は、石垣市でアメフトの試合に出た地元の選手達とその家族で満員でした。

小浜港で送迎バスに乗り、南側の「はいむるぶし」に向かいました。その時、車窓からシュガーロードと第2シュガーロードが見え、明朝の探索コースに入れることにしました。

●はいむるぶし①

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*はいむるぶし**の玄関です。ハイビスカスを銜えたアロハ姿のシーサーが出迎えてくれました。
**「はいむるぶし」とは、八重山地方の方言で「南群星(はい・むる・ぶし)」と言い、「南十字星を中心とした南に群れている星」の意味だそうです。

●はいむるぶし②

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*左側のシーサーは、ムームーを着ていました。

●はいむるぶし・案内図(17:39)

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*コテージに荷物を置き、案内図6から7の角を曲がって、サンセット広場に向かいました。

●はいむるぶし・夕陽①(17:46)

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*サンセット広場から観た西表島に沈む夕陽です。

●はいむるぶし・夕陽②

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*広場に設置された大人用のブ
ランコを揺らしながら、海と夕陽を観ていました。

●はいむるぶし・夕陽③(18:13)

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*夕陽に照らされた海面も、最後の輝きとなってしまいました。

暮れなずむサンセット広場を引き上げ、センター棟のレストランに向かいました。

…夕食後、予約したカートに乗って、1㎞程離れた星空カフェに向かいました。
星空カフェからビーチサイトに降りると…、満天の星空が広がっていました。

●星空カフェ①

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*星空撮影にチャレンジしましたが、手持ちのカメラでは綺麗に写せませんでした。そこで、星空の代わりに幻想的な星空カフェの照明を写しました。

●星空カフェ②

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*ビーチに下りる木製階段の照明です。階段と砂浜に映る影は、絵のようなシルエットでした。

●星空カフェ③

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*キャンドル風の明かりは、近くで星座を見ているようでした。

ビーチチェアに寝ころび、足元の地平線から頭の上まで、空に輝く満天の星を観ながら、星座を確かめてみました。


…南中時間の関係で南十字星は見えませんでしたが、東の空にオリオン座や三ツ星、シリウス、プロキオンなど、冬の大三角形が明るく輝いていました。

…朝食後、昨日の計画を実践すべく、ジョギング&ウォーキングで小浜島を巡りました。

●はいむるぶし④(7:54)

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*振り返って写した門です。ここにも、シーサーが座っていました。

門から、ジョギングでシュガーロードを目指しました。

●シュガーロード・南出入口(7:58)

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*真っ直ぐな道の両脇に、サトウキビ畑が広がっていました。
今日は東側(右側)からの風が強く、サトウキビ畑から“ザワヮ、ザワヮ”という音が聞こえてきました。

●シュガーロード沿いの黒牛(8:00)

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*シュガーロードのなだらかな坂を降りた所に、小さな牛舎がありました。
道端から牛たちに「おはよう」と挨拶すると、中央の黒牛が“この人たちはなんだぁ?”みたいな表情で近づいてきました。

●シュガーロード・一本松(8:08)

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*シュガーロードを北上し、振り返って一本道と一本松(石垣黒牛がいた牛舎は、一本松の先です)を写しました。

約1.2kmのシュガーロードが終わると、近くの小浜集落に「ちゅらさん」が住む古波蔵家と設定された民家がありました。

●こはぐら荘①(8:13)

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*現在は、人が住む家なので、表から見るだけです。竹富島でも見たシーサーが、赤い屋根瓦の上に置かれていました。

●こはぐら荘②

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*玄関口の”ヒンプン”の前に「こはぐら荘」の看板が置かれていました

小浜集落の東側の小高い場所にある、嘉保根御嶽(かぶにわん)に向かいました。

■嘉保根御獄①

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*嘉保根御嶽は、島の中央部・小浜集落の近くにある御嶽(うたき・わん)です。

■嘉保根御獄②

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*嘉保根御嶽では、その年の豊作を感謝し翌年の五穀豊穣を願う結願祭(国の重要無形民俗文化財に指定)のほか、島の主要神事が行われます。

●小浜島・大岳

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*嘉保根御嶽の鳥居の横から、小浜島の最高峰・大岳(うぶたき・標高99.3m)が見えました。

小浜集落からの帰りは、第2シュガーロードを通ることにしました。

●シュガーロード④

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*シュガーロード(左)と第2シュガーロード(右)の分岐点です。分岐点には「節さだめ石」と石碑がありました。

●シュガーロードのヤギ

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*シュガーロードの牧草地では、多くのヤギ(今朝、出会ったヤギは5ヶ所・8頭でした)が草を食んでいました。

小浜島の滞在は、10日夕方から11日朝という短い時間でしたが、天候に恵まれ、夕陽と星とシュガーロードを観ることができました。

[5]またやーさい・石垣島に続く

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2017年12月24日 (日)

[2]西表島・マングローブと特別天然記念物

竹富港を出た高速船は、島の南側の海を通り、西表島の大原港に向かいました。

●船からの風景①(10:35)

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*左側が西表島の東海岸の400m級の山々です。右側の島は小浜島で、小高い山が大岳(標高99m)です。

●船からの風景②(10:40)

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*海の色が青白くなり、波も弱まってラグーンに入りました。
この海域【石西礁湖(せきせいしょうこ)】
**から、西表島と小浜島を写しました。
**石垣島と西表島の間に広がる石西礁湖は、東西約20km、南北約15kmにわたって広がる日本国内最大のサンゴ礁の海域です。
この海域には、400種を超える造礁サンゴが分布していて、沖縄本島を含め高緯度域へのサンゴ幼生の供給源としての可能性もあり、重要な役割を果たしています。

●西表島・大原港①(11:00)

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*前と比べると、大原港は様変わりしていました。(家人は初めての西表島ですが、私は2度目で、西表島の横断**以来、〇十年ぶりの来島でした。)
**大原港で、当時の体験がフラッシュバックしました。

・その頃の西表島は、道が島の北側で途切れていて、海岸沿いや海の中を歩いて上原集落までたどり着いたこと
・上原の民宿では、夕食時におじぃが蛇味線(三線)で「安里屋ユンタ(あさとやユンタ)」を唄い、踊ったこと
・翌日、上原から漁船で浦内川を遡上し、マリユドゥの滝やカンピレーの滝を見て山間部をトレッキング、山中で1泊して東海岸の古見まで横断したこと


…今昔物語のような、懐かしい昔の思い出でした。

●西表島・大原港②(11:04)

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*大島港ターミナルで、竹富町のキャラクター・ピカリャ~と再会しました。

●マングローブ・クルーズ①(11:25)

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*仲間川の下流部で、前を航行する遊覧船です。ヒルギやマヤプシキの群生が見えてきました。
**遊覧船の舵をとる森本船長が、「日本に植生するマングローブ林は、約600ヘクタールで、その内約160ヘクタール(25%)が仲間川流域に生育しています。
流域一帯のマングローブ林は『仲間川天然保護区域』として国の天然記念物に指定されている貴重な場所です。」と解説してくれました。

●マングローブ・クルーズ②(11:29)

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*森本船長が、「珍しいムラサキサギがいます!」と教えてくれました。

●マングローブ・クルーズ③(11:29)

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*ムラサキサギは、国内では先島諸島にのみ生息するサギの一種で、体長が80㎝近くあり、翅の大部分は紫褐色で、首は薄い紅色と黒色の縦筋模様がありました。

●マングローブ・クルーズ④(11:30)

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*仲間川の川辺に群生するオヒルギです。
森本船長が、「マングローブは木の名前ではなく、海水が混じる“潮間帯”という特殊な環境に生育する植物を総称してマングローブと言うんです。」と説明してくれました。

●マングローブ・クルーズ⑤(11:42)

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*仲間川の中流部に自生する「ウブンドルのヤエヤマヤシ群落」は、国の天然記念物に指定されています。

●サキシマスオウノキ①(11:47)

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*マングローブ・クルーズ⑤の地点で遊覧船を降り、船着き場から50mくらいの場所に聳えるサキシマスオウノキの巨木を観に行きました。

●サキシマスオウノキ②(11:50)

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*この樹は、推定樹齢350年、樹高18m、周囲35.1m、板状の根の高さは最大3.3mもあり、日本最大のサキシマスオウノキだそうです。

●サキシマスオウノキ③(11:51)

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*巨木の奥に、サキシマスオウノキの若木が板状の根を広げていました。
これから300年後、あの巨木のようになるのですね‥。

●マングローブ・クルーズ⑤(11:53)

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*船着き場から大原港に引き返す遊覧船です。
この時間帯は満潮に近く、遊覧船がこの地点まで遡れたため、サキシマスオウノキと出会うことができました。
二週間ぶりの晴天、そして満潮でここまで来れたたこと、幸運に恵まれたクルーズでした。

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マングローブ・クルーズを終えて、由布島観光のためにバスに乗りました。
…すると、先ほどまで遊覧船の船長兼ガイドの森本さんが、バスの運転手兼ガイドとして現われました。森本ガイドは、大型バスと特定旅客免許を持つプロだったのです。

【[3]由布島・海を渡る水牛車を参照】

…由布島観光を終え、大原港に戻るためにツアーバスに乗りました。

●西表交通・ツアーバス(15:12)

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*ツアーバスのフロントに、イリオモテヤマネコ**が描かれていました。
**世界中で西表島だけに生息するイリオモテヤマネコは、国の天然記念物に指定され保護されています。
近年は交通事故などで激減し、現在100頭以下と推測されているそうです。

…東海岸道路を南下しているとき、森本運転手がバスのスピードを落としました。森本ガイドが「左前方の木の枝にカンムリワシがいます。」とガイドし、ゆっくりバスを止めました。

●カンムリワシ・望遠①(15:20)

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*道路沿いのサトウキビ畑の奥の林に、カンムリワシがいました。

●カンムリワシ・望遠②(15:21)

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*ズームで枝にとまっているカンムリワシを写しました。
**森本ガイドが、「カンムリワシは、後頭部に白い羽毛の混じった冠羽が生えることが名前の由来で、八重山を代表する鳥です。国指定特別天然記念物で、西表の生息数は100羽位と言われています。」と解説してくれました。

森本ガイドは、チーム芦生の梶原師匠(キノコ発見)のように天然記念物を発見する動体視力が抜群でした。
スムースな運転をしながら、仲間川や東海岸の道路上で瞬間的に発見した動植物を、即、解説してくれる文武(運転・ガイド)両道のプロフェショナルでした。

[3]由布島・海を渡る水牛車に続く

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●くよーなーら八重山:2017.12.9-11・[1]竹富島・シーサー巡り

12月9~11日にかけて、家人と八重山諸島(石垣島・竹富島・西表島・由布島・小浜島)を巡りました。
今回の歩歩歩ポ~ンは、

[1]竹富島・シーサー巡り
[2]西表島・マングローブと特別天然記念物
[3]由布島・海を渡る水牛車
[4]小浜島・夕陽と星とシュガーロード
[5]またやーさい・石垣島

の5回シリーズで特集します。

12月9日、14時過ぎに羽田空港を離陸したJTA073便は、18時前に雨模様の石垣空港「南ぬ島(ぱいぬしま)空港」に到着しました。
さぁ、今日から「くよーなーら八重山」の3日間です。
*「くよーなーら」は、八重山地方で「おはよう・こんにちは・こんばんは」で使う言葉だそうです。
調べてみると、大元の「くよーまなーらー」の短縮形が「くよーなーら」で、意味は“今日も貴方と出会ったことを神に感謝させて下さい。”とのこと、良い言葉ですね。

●八重山諸島・案内図

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*到着した石垣空港に、案内図が立っていました。
石垣島・竹富島・西表島・由布島・小浜島と石西礁湖(せきせいしょうこ)の位置関係が、とても分かりやすい案内図でした。

●ピカリャ~

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*竹富町のキャラクター・ピカリャ~です。案内図と同じ石垣空港に立っていました(石垣島公認キャラクターの「ぱいーぐる」は見かけませんでした)。

9日は、夕食後に石垣市内のホテルへ直行、明日からの八重山諸島巡りに備えて早めの就寝zzz…でした。

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[1]竹富島・シーサー巡り

翌12月10日、石垣港から高速船で竹富島に向かいました。
*竹富島は、石垣島の南西・約6㎞の沖合いに浮かぶ周囲8㎞余りの平坦な島です。
集落は島の中央部より北寄りにあり、赤瓦を漆喰で塗り固めた平屋建ての家、珊瑚石を積んだ石垣、緑の木々、白い砂を敷き詰めた道路の風景が特徴です。

●竹富港(8:49)

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*高速船・ドリーム7号は、時速50㎞以上のスピードで青い海を滑走し、10分ほどで竹富港に到着しました。

竹富港からマイクロバスで島の中心部に向かい、重要伝統的建造物群保存地区の西屋敷集落のシーサーを写しながら回りました

●シーサー①②

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*竹富島で出会った、第1、第2シーサーです。

●シーサー①:デフォルメシーサー

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*第1シーサーは、魚を銜えていました。後ろは尻尾だと思いますが、尾の先が灰色で後脚の様(後脚だったら、ビールマンスピン・シーザー?)にも見えます。尻尾、後脚のどちらであっても力強いデフォルメのシーザーでした。

●シーサー②:魚眼シーサー

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*第2シーサーは、屋根瓦と同じ朱色で、深海魚が釣りあげられたときのように眼を見開いて火災**から護っていました。
**シーサーは、沖縄や八重山の伝統的な赤瓦屋根に載せられる魔除けの獅子で、シーサーが火を食べるので火除けとして屋根の上に置かれています。

●シーサー③唐三彩シーサー

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*唐三彩(とうさんさい)の釉薬で作られたようなシーサーでした。薄目のコバルト(藍色)のタテガミがクールです。

●シーサー④:ネイルシーサー

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*手毬を銜えながら、前脚が指先まで緊張していて、今にも飛び上がろうとしているシーサーです。全ての脚の爪を真っ白にネイルしていました。

●シーサー⑤:脚細シーサー

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*躰や頭に比べて、前脚がとても細いシーサーです。

■世持御嶽

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*村役場跡地に建つ世持御嶽(ゆーむちおん)は、火の神と農耕の神を祀った御嶽です。
毎年11月には、この世持御獄で竹富島の重要な伝統行事である「種子取祭」が行われているとのことでした。

●西屋敷集落①

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*重要伝統的建造物群保存地区の集落に、電柱が並んでいました。八重島諸島の電気は、石垣島の3つの火力発電所で作られた電気が、海底の送電網で供給されているそうです。

●水牛車①

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*白砂の道の奥から水牛車が近づいてきました。ゆっくり、ゆっくり、こちらに向かってきます。

●水牛車②

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*道を渡り、水牛の邪魔にならないよう四ッ角の奥から水牛車①を写しました。

●西屋敷集落②

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*集落にある「なごみの塔」の下から、西屋敷の集落を写しました。
「なごみの塔」がある場所は、島の中で最も高い場所で、重要伝統的建造物群保存地区に選定された赤瓦の家並みを一望できる場所です。

●シーサー⑥:シュナウザーシーサー

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*このシーサーは、スタンダードシュナウザーやミニチュアシュナウザーのような前脚と顔立ちのシーサーでした。

●シーサー⑦:脚細シーサー

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*⑤の兄弟(屋根の色合いから、⑤のシーサーの兄)と思える脚細シーサーでした。

●シーサー⑧:獅子舞シーサー

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*左の前脚で、毬のような物を抑えて獅子舞をしている姿のシーサーでした。

重要伝統的建造物群保存地区でもある西屋敷集落の民家のシーサーを撮影していると、マイヤシ(目隠し)越しの主屋におじぃが見えました。
「素晴らしいシーサーですね。写してもいいですか?」と訊ねると、「いいよぉ」と言いながら、外に出てきてくれました。
そして、おじぃがシーサーと竹富島について、次のようなことを話してくれました。


・「シーサーは、新築などで瓦を葺いた瓦職人がお祝いに作って、プレゼントしてくれるから、瓦職人の個性が出てるんだょ。」
・「この地区が重要伝統的建造物群保存地区になってから建て替えや改築が厳しくなって、屋根も竹富島の伝統的な屋根瓦で葺いているんだょ。」
・「赤瓦の色合いで、古い屋根瓦か新しいか分かるし、シーサーも時代を反映しているのさぁ。」
・「竹富はいいところだょ、私たちが石垣に用事で出ることがあっても家に鍵をかけてことなんてないさ。周りの住人の目が行き届いていて、駐在さん10人分のセキュリティだょ。」

●シーサー⑨:おじぃとおじぃの屋根のシーサー

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*優しいおじぃから、丁寧なシーサーの説明と竹富島の話を聴きました。ありがとうございました。

●シーサー⑩:おじぃの屋根のシーサー

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*⑨のおじぃの屋根のシーサー(望遠)です。左の前脚で毬のような物を抑えて、睨みを効かしていました。

●シーサー⑪:獅子舞シーサー

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*左の前脚で毬のような物を抑えて、獅子舞をしている姿とタテガミや唇の形状から、⑧と兄弟(屋根の色合いからは⑧の弟のようですが、おそらく屋根を新しくして昔のシーサーを載せ替えたと思われ、兄シーサーであろう)と思いました。

●西屋敷集落③

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*珊瑚石を積んだ石垣の上に、赤いブーゲンビリアの花が咲いていました。

●水牛車③

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*水牛車①、②とは別の水牛車がやってきました。よく見ると、ハイビスカスの角飾りが素敵な水牛でした。

●カイジ浜

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*星砂浜とも呼ばれるカイジ浜からは、エメラルドブルーの海の向こうにこれから上陸する西表島と小浜島が見えました。

[2]西表島・マングローブと特別天然記念物に続く

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