2019年6月
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2019年6月14日 (金)

●備前楯山とわたらせ渓谷鐡道②

午後は、ノグチ師匠の企画で“わ鐡に乗ろう”でした。
*わ鐡は、わたらせ渓谷鐡道の愛称です。

計画では、わ鐡・通洞駅13時33分発の列車に乗る予定でしたが、私が本山坑跡の写真撮影で時間をとったため、通洞駅の乗車時間に間に合わなかったのです。
師匠の車で国道122号線を走っていると…。川向こうの線路に車両の姿がなく、一駅先の原向駅で乗車できそうでした。
車は、渡良瀬川に架かる原橋を渡って下流に100mほど進み、駅に列車より先に到着しました。


●原向駅のわたらせⅢ号・13:38
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*原向(無人)駅のホームに出るとすぐ、わたらせⅢ号 (わ89-315)がやってきました。写真は、ケースから出したカメラで構図も決めずに秒撮した渾身の1枚です。

●線路と渡良瀬渓谷・13:42
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*わたらせⅢ号の後ろの「かぶりつき窓」から、線路と渡良瀬渓谷を写しました。


●わたらせⅢ号の運転席・13:49
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*わたらせⅢ号の後ろ側の運転席(運転席は、わたらせⅢ号の車両の前と後ろの2か所にあります)です。


●第一渡良瀬川橋梁・13:49
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*「かぶりつき窓」から、草木ダム湖に架かる第一渡良瀬川橋梁を写しました。渡ってきた鉄橋は、ワーレントラス構造の桁が美しいシンメトリー(相似形)になっていました。


●大間々駅のわたらせⅢ号①・14:36
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*大間々駅に到着したわたらせⅢ号の後ろ姿を写しました。


●大間々駅のわたらせⅢ号②・14:38
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*構内の跨線橋(こせんきょう)の上から、わたらせⅢ号の全景を写しました。あかがね色の車体が渋いです。


●わ鐵のわっしー・14:39
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*改札ホームに、写真撮影用の「わ鐵のわっしー**車両」がありました。
**「わ鐵のわっしー」は、わたらせ渓谷鐵道のマスコットキャラクターです。


●車内補充券・14:39
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*車内で車掌さんが、現役の穴開けパンチで、車内補充券の「日付:2」、「駅名:原向・大間々」、「収受金額:800・60」に穴を開け発券してくれました。
懐かしい切符に感動し、改札で「無効|わ鐵」のスタンプを押してもらって収集鉄しました。


●大間々駅舎・14:40
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*窓下の板壁に、これまた懐かしい「おおまま」のホーロー製駅名板が貼られていました。


わ鐵乗車の3名は、大間々駅前の駐車場で先回りしていてくれた師匠と合流し、帰路に着きました。
今日の鉄道旅は、撮り鉄、乗り鉄、収集鉄に加えて、かぶりつき窓からの線路展望も満喫でき、「隠れ鉄ちゃん」の私にとって至福の「わ鐵旅」でした。

■備前楯山とわたらせ渓谷鐡道①②MAP
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今日の歩歩歩数は、12,100歩でした。

END

2019年6月13日 (木)

●備前楯山とわたらせ渓谷鐡道①:2019.6.2

“新緑の山に行こう”の第2弾は、足尾の備前楯山です。
梅雨入り前の6月2日、4人(ノグチ師匠、オマタさん、ヤスダさん、私)は、師匠の車で館林駅を出発し、渡良瀬渓谷と林道を走って備前楯山の登山口・舟石峠を目指しました。

*備前楯山は、1610(慶長15)年に備前出身の二人の農民が山頂近くで銅鉱床(「楯」は銅鉱床の露頭の意味なので、楯山=銅鉱床が露頭した山となります)を発見したことから名付けけられました。


10時40分に舟石峠(1,040m)を出発、新緑に囲まれた登山道をゆっくり歩き備前楯山(1,272.4m)に向かいました。

●登山道のヤマツツジ
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*登山道沿いには、ヤマツツジの群生地が広がっていました。

●ヤマツツジの花
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*満開のヤマツツジの 花を写しました。

●サラサドウダン(更紗灯台・更紗満天星)
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*鐘形の花には、更紗の名のように更紗染めのような紅色の模様がついていました。


●備前楯山山頂①・11:50
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●備前楯山からの眺望①
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*山頂には、中禅寺湖畔を囲む山々の説明板が設置されていました。

●備前楯山からの眺望②
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*説明板に隠れていた山域を写しました。

この山域は、足尾銅山の精錬所があった所で、長年の煙害や酸性雨の影響で禿山になっています。「樹木が枯れてしまった山肌を元に戻す事の難しさ」が実感できた光景です。


備前楯山の山頂で、おにぎりと館林駅前で買った「ずんだ餅」を食べ、12時35分に山頂を後にしました。


●備前楯山登山道・13:03
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*下ってきた登山道を振り返って写しました。
登山道の周りの笹(ミヤコザサ)が、刈り取られた芝生のように見えます。ノグチ師匠が、「鹿が餌の少ない冬季に、ここ一帯の笹を食べたのでこの様になっているんだよ。」と教えてくれました。

13時10分に舟石峠に到着。雲の間に中禅寺湖方面の山並みを観ることができました。

●舟石峠からの眺望・13:15
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*舟石峠から望む北東側の山並みです。

奥の稜線の左端が社山(1,827m)、中央が阿世潟峠**、右端が半月山(1,753m)です。阿世潟峠の奥には、男体山(2,486m)の山影も確認できました。

**阿世潟峠(1,410m)は、「語らい山行・中禅寺山:2018.5.25」で登った時、ノグチ師匠が「この峠は、昔、中禅寺湖と足尾を結ぶ主要道だったんだよ。」と教えてくれた峠です。

舟石峠から車で林道を下り、東側の旧足尾銅山・本山坑跡を目指しました。

●足尾銅山・本山説明板
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*説明板には、昔の本山の全景が写っていて、奥には本山鉱山神社跡の説明板も立っていました。

しかし現在の本山一帯は、“かっての足尾銅山の中心地”と思えないような雑木林が広がっていました。


●本山坑跡
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*本山説明板から、出川を挟んだ対岸の本山坑を写しました。雑木林の中央の暗部が、本山坑の坑口跡**です。

**足尾銅山は、1610(慶長15)年の発見から1973(昭和48)年まで、約360年続いた歴史のある銅山です。

銅山は、3ヶ所(西側の小滝・南側の通洞・北側の本山)から開発され、坑道の総延長は1,200㎞といわれています。


備前楯山を歩いてみて、「この山の地下に1,200㎞の坑道がある」ことが信じられませんでした。

近年、禿山になった足尾の山々も、ヘリによる種子散布や「植生盤」を利用した緑化、足尾に緑を育てる会による植樹活動などが行われています。
その結果、緑の再生とともに山にはツキノワグマやニホンカモシカ、沢には岩魚やヤマメの姿も見られるようになったとのこと。緑の再生の希望が見えはじめた足尾でした。


●備前楯山とわたらせ渓谷鐡道道②に続く
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2019年6月11日 (火)

●ホールカバーその46:2019.4、5:喜多方市、会津若松市、郡山市、八王子市、調布市

ホールカバーその46は、2019年4月、5月に訪れた喜多方市、会津若松市、郡山市、八王子市で出会ったホールを紹介します。

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【2019年4月21日】
●ホールカバー①:福島県・喜多方市
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*旧日中線のしだれ桜を観た後、「蔵の街・喜多方」の市内で出会ったホールです。
**旧喜多方市の市の木「マツ」が全面にデザインされていて、左下に「きたかたし」、右下に「おすい」と書かれたホールカバーです。

●ホールカバー②:福島県・会津若松市
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*会津若松駅から飯盛山方面に向かう途中、幹線道路で出会ったホールです。
**亀甲模様の中心には、会津若松市の市章(市章は、会津藩の旗印や白虎隊士など会津藩士の肩章として使われていた「會」の字をデザイン化)があり、下部に「汚水」と書かれたホールカバーです。

●ホールカバー③:会津若松市
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*石部桜に向かう旧白河街道の民家前で出会ったホールです。
**美しい流線の中央に市花・タチアオイが描かれています。電話線などの敷設・修理のためのハンドホールです。

●ホールカバー④:会津若松市
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*飯盛山から鶴ヶ城公園に向かう歩道でで出会ったホールです。
**磐梯山と麓に広がる畑、左側には市の木・アカマツがデザインのされ、左下に「あいづわかまつし」、右下に「おすい」と書かれたホールカバーです。

●ホールカバー⑤:福島県・郡山市
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*郡山駅から「薄皮饅頭」で有名な柏屋本店に向かう歩道で出会ったホールです。
**郡山市の市章・「山」を図案化し、下部に市の鳥・カッコウ、右側に市の木・ヤマザクラ、左側には市の花・ハナカツミ(ヒメシャガ)がデザインされた単色カラーのホールカバーです。

 

●ホールカバー⑥:郡山市
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*柏屋本店から引き返して、「ままどおる」の三万石本店の店頭で出会ったホールです。
**中央に「水」、上部に「空気弁付消化栓」と書かれた消化栓のカラーホールカバーです。

 

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【2019年5月19日】
●ホールカバー①:東京都・八王子市
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「●高尾山と冷え冷えジャンボかき氷②」で、下山した高尾山ケーブルカー・清滝駅前の道で出会ったホールです。
**全体に江戸時代から伝わる人形芝居・車人形がデザインされ、右側に「げすい」と書かれた下水管のカラーホールカバーです。

■おまけ
【2019年5月20日】
●ホールカバー①:東京都・調布市

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*京王線・調布駅上の広場を中心に、10カ所のマンホールの蓋が新しくなっていました。
**2019年ラグビーワールドカップの大会ロゴをデザインしたホールで、ホストシティーとして調布市の駅前広場に設置され(ラグビーワールドカップ会場となる味の素スタジアムの最寄り駅・飛田給駅・西調布駅周辺の歩道にの設置)ました。

END

●ホールカバーその45:2019.1、3:奄美市、白川村、府中市

ホールカバーその45は、2019年1月と3月に奄美市、白川村、府中市で出会ったホールを紹介します。
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【2019年1月14日】
●ホールカバー①:鹿児島県・奄美市
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*居酒屋が立ち並ぶ名瀬の中心街・屋仁川通りで出会ったホールです。
**亀甲模様の中央に奄美市の市章(市章は、奄美市のイニシャルであるAをモチーフとし、奄美の豊かな自然と共生する市民の姿を表しています)、下部に「下水道」と表記されたホールカバーです。


【2019年1月15日】
●ホールカバー②:奄美市
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*田中一村終焉の地である有屋地区を訪れ、有屋川に架かる「一村橋」の傍で出会ったホールです。(参照:●きょらぁ奄美・[2]田中一村ゆかりの地を訪ねて )
**ホール全体に熱帯魚やサンゴをあしらったデザインで、左下に「なぜし」、右下に「げすい」と表記されたホールカバーです。

●ホールカバー③:奄美市
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*名瀬港に面する名瀬湾合同庁舎の前で出会ったホールです。
**中央にホールカバー①と同じ奄美市の市章、下部には「下水道」と表記されています。①と異なるところは、亀甲模様と受枠のデザインです。

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【2019年1月26日】
●ホールカバー①:岐阜県・白川村
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「厳冬の奥飛騨・白川郷の旅:2019.1.25-26」で、白川郷のメインストリートで出会った雪と氷のホールです。
**白川郷に浮かぶ雲、杉並木と合掌造り集落がデザインされ、雲の中に「白川郷」と書かれた汚水管ホールカバーです。
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【2019年3月30日】
●ホールカバー①:東京都・府中市
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*府中駅南口の歩道で出会ったホールです。
**紺色の背景に府中市の花・梅が描いたカラーマンホール蓋です。左下に「ふちゅうし」、右下に「ごうりゅう(雨水と汚水が合流するマンホール)」と表記されたホールカバーです。


●ホールカバーその46に続く
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2019年6月 1日 (土)

●高尾山と冷え冷えジャンボかき氷②

缶ビールで乾杯の後、おにぎりと春美茶屋名物のナメコ汁を食べました。

そして…、念願の冷え冷えジャンボかき氷の番です。

●ジャンボかき氷①
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*春美茶屋のジャンボかき氷です。かき氷は削りたてで、抹茶シロップとコンデンスミルクは未だかかっていません。。

●ジャンボかき氷②
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*てっぺんから抹茶シロップとコンデンスミルクをかけ、少しずつ食べていきました。

5回がけの最後の氷を食べ終わると、指先が紫色になっていました。

山頂でしばらく日光浴をして、冷え切った体を温めた後、14時に小仏城山を出発しました。

●高尾山展望台・14:47
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*今日も、高尾山展望台から富士山を観ることは叶いませんでしたが、大室山(奥右:1,588m)、神平山(奥中央:1,432m)、そして雲に隠れた蛭ヶ岳(奥左:1,673m)が確認出来ました。

高尾山展望台から、稲荷山コースと6号路を下り、麓を目指しました。

●6号路の路・15:07
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*沢沿いに下る6号路の路です。6号路沿いの森は、濃い緑の葉が茂った常緑樹の森でした。

●シャガの花・15:30
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*6号路の沢沿いには、シャガの群生地が数多く広がっています。4、5月は花の季節で、薄紫色の花弁に濃い紫と黄色の模様の花がいっせいに咲いていました。

●琵琶滝・15:40
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*琵琶滝は、蛇滝と並ぶ薬王院の水行道場です。お堂の左に見える滝が琵琶滝で、一般の人も入瀧指導のもとに入瀧修行ができるそうです。


●琵琶滝説明板
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●水行道場石碑・15:49
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*6号路の入口に出ました。脇に建つ石碑に「高尾山琵琶瀧水行道場」の銘が刻まれていました。


●高尾山・洗心地蔵尊・15:53
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*6号路と高尾山ケーブルカーの軌道の間に、赤い帽子を被った石地蔵が見えてきました。


●高尾山ケーブルカー・15:56
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*清滝駅に停車中のケーブルカー・あおば号です。車両は、日本一の急勾配31度18分を上る(下る)ため、大きな斜度の窓となっていました。


16時5分、高尾山口駅に到着。表高尾と裏高尾、そして登りと下りを繰り返えす変化に富んだコースを歩き、高尾山の奥深さを感じた山行でした。

今日の歩歩歩数は、28,100歩でした。

END

 

●高尾山と冷え冷えジャンボかき氷①:2019.5.19

“新緑の高尾山に行こう”、“ジャンボかき氷を食べよう”ということで、久しぶりに高尾山と小仏城山に登りました。

●高尾山口駅・10:30
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*高尾山の玄関口である京王電鉄・高尾山口駅(標高:190m)です。2015年リニューアルの駅舎は隈研吾氏デザインで、和モダンの佇まい**でした。
**駅舎の天井や壁には杉が使われ、大和張り、羽目板張り、小端立て張りの木組みで仕上げられていました。


ケーブルカー清滝駅を通り過ぎて6号路に入り、途中で東京高尾病院からケーブルカー沿いの尾根を登りました。

●2号路分岐・11:07
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*2号路を歩いて、浄心門直下の分岐から表参道(1号路)を目指しました。


●浄心門・11:17
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*薬王院まで続く表参道に建つ浄心門(標高:480m)です。日曜日の表参道(1号路)は、参拝者や登山客でいっぱいでした。


浄心門からすぐ4号路に入り、高尾山の北斜面を歩きました。

●みやま橋・11:25
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*4号路に架かる吊り橋・みやま橋です。吊り橋は広葉樹の若葉に囲まれ、清々しい谷風が吹いていました。

● 4号路の尾根の分岐 ・11:35
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4号路の尾根の分岐(標高:490m)から、北斜面の樹林帯を日影沢(標高:290m)まで下りました。
*登山道沿いには、モミの大木をはじめ、エンコウ、カエデ、カヤ、シロダモなどの広葉樹と杉、檜の針葉樹が見られました。


●日影沢林道の水場・12:15
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*林道沿いの岩場から、冷たい水が流れていました。


NTTの専用林道を登って、小仏城山(標高:670.4m)を目指しました。

●林道から望む高尾山
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*林道の終点近くから見た高尾山(中央の頂・標高:599m)です。


●城山茶屋と春美茶屋・13:05
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*山頂に建つ城山茶屋と春美茶屋です。小仏城山で有名なジャンボかき氷は、店先の看板のように両方の茶屋で売っています。


●春美茶屋
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*春美茶屋前の机でお昼をとった後、春美茶屋のジャンボかき氷を食べることにしました。

●高尾山と冷え冷えジャンボかき氷②に続く
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2019年5月18日 (土)

●あんこ特集①:2019.3-4

今回の歩歩歩ポ~ンは、新企画のあんこシリーズです。
3月から4月にかけて、東京と福島の老舗和菓子店を訪ねました。
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■渋谷区・富留屋古賀音庵

3月21日、京王新線・幡谷駅下車。
甲州街道を渡って商店街を北に400mほど歩き、富留屋古賀音(ふるやこがね)庵・幡ヶ谷本店に着きました。

●富留屋古賀音庵①
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*朝、9時過ぎの本店前風景です。店頭には、「ふるや」の暖簾がかかっていました。
*店の創立は、1954(昭和29)年です。1983(昭和58)年に、店の常連だった作曲家・古賀政男氏により「富留屋古賀音庵」と命名されました。

●古賀音だんご①
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*富留屋古賀音庵の定番は、古賀音だんご(黒胡麻和三盆・大納言・みたらし)です。
店頭には、定番の古賀音だんごに加えて季節限定の桜や苺の団子も並んでいました。

●古賀音だんご②
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*迷った末に、看板商品の黒胡麻和三盆と大納言、桜の3点を買いました(最中2つをおまけでいただきました)。

黒胡麻和三盆はもとより、小豆餡や桜餡が絡んだ団子(餅)も素晴らしい食感でした。
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■郡山市・柏屋本店

4月21日、喜多方、会津若松の桜を観た帰り、郡山市で2つの老舗を回りました。
*郡山市に本店を置く「薄皮饅頭」の柏屋と、「ままどおる」の三万石です。

郡山駅から東に向かう大通りを歩き、18時28分に柏屋本店到着しました。

●柏屋本店
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*店頭には、柏屋の木の看板と柏屋薄皮饅頭の暖簾が架かっていました。
**柏屋は、1852(嘉永5)年創業で、「日本三大まんじゅう」の1つで、福島県を代表する老舗です。
***「日本三大まんじゅう」と称しているのは、福島の「柏屋薄皮饅頭」、東京の「志ほせ饅頭」、岡山の「大手まんぢゅう」です。

●二代目うすかわくんJAPAN
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*柏屋薄皮饅頭は、うすかわくんの顔のように、小豆の餡(つぶ餡・こし餡)を黒糖を使った薄皮で包んでいます。

柏屋本店で、つぶ餡とこし餡の薄皮饅頭を購入して、三万石本店に向かいました。
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■郡山市・三万石本店

福島といえば「ままどおる」。私にとっては「日本三大乳菓まんじゅう」で、一度本店を訪ねてみたいと思っていました。
*福島の「ままどおる」、大分の「ざびえる」、愛媛の「ポエム(母恵夢)」は、「日本三大乳菓まんじゅう」と称したい乳菓です。

18時38分、三万石本店に到着。さっそく「ままどおる」を買いました。
19時の閉店だったため、間に合ってほっとしました。

●三万石本店
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*「ままどおる」**の幟旗が店内に飾られていました。
**「ままどおる」は、スペイン語で「お乳を飲む子」の意味がある乳菓です。今日は、いつもの「ままどおる」の他に、季節限定の「チョコままどおる」を購入しました。

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【おまけ】
「あんこシリーズ」のきっかけは、「あんこの本」姜尚美著・文春文庫です。
“この本で取り上げた店とこれまで歩歩歩ポ~ンで訪ねた店のいくつかが同じ”という御縁もあり、あんこや和菓子の店を取り上げてみようと思いました。
これから「あんこの本」にない店もUPしていきたいと思っていますので…、甘党の方、ご期待ください。

●あんこの本
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*表紙の写真は、奈良・当麻寺駅前の老舗・中将堂本舗の中将餅(よもぎ餅)です。
**奈良・當麻寺:2014.5.3②   

**[4]當麻寺・日本一のよもぎ餅とハルカス300:3.11

END

2019年5月 4日 (土)

●[6]会津若松・鶴ヶ城公園桜

飯盛山を下りて、鶴ヶ城公園方面に行くバスに乗車しました。
すると、運転手さんが「こちらのルートは、花見の車で渋滞していて、1時間以上かかります。反対側のバス停から乗車したほうが早く着きますよ。」とのことでした。

道を渡り、反対側のバス停の案内所で再度確認すると、「今は、時刻表より30分以上遅れています」とのこと。
飯盛山から鶴ヶ城までは、約3.2㎞。40分くらいで行けそうなので、千石通りを南下して鶴ヶ城を目指しました。

…千石通りを右折、大渋滞の車列を見ながら西に向かい、県立博物館を左折して鶴ヶ城三の丸に入りました。

●鶴ヶ城・三の丸の桜
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*三の丸の桜は、散る花の無い100パーセント満開の桜でした。


●鶴ヶ城・二の丸の桜
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*二の丸の桜も満開です。前方に本丸に渡る廊下橋が見えました。


●鶴ヶ城・廊下橋の桜
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*桜の花の間に、廊下橋と天守閣が見えました。


●鶴ヶ城・天守閣の桜①
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*本丸の帯郭から、天守閣と石垣の桜を写しました。


●鶴ヶ城・天守閣の桜②
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*本丸の帯郭を旧表門まで進み、天守閣と石垣の桜を写しました。

 
●鶴ヶ城・天守閣の桜③
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*本丸の北東側から、天守閣と石垣の桜を写しました。


●鶴ヶ城・天守閣の桜④
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*④の東側から、天守閣と石垣の桜を写しました。


●鶴ヶ城・天守閣の桜⑤
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*本丸の北西側から、天守閣と石垣の桜を写しました。


●会津葵シルクロード文明館と外堀の桜
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2階の席から、北出丸の外堀の桜を見ながら、コーヒーとアイスクリームでくつろぎました。


北出丸近辺の道は、相変わらずの渋滞でした。喫茶店で会津若松駅まで歩く時間を訊くと、約45分とのこと、…この時点で歩いた距離は20㎞を超えていましたが、二人ともなぜか脚の調子がよく、「喜多方と会津若松の桜めぐりの完歩を目指して歩こう!」ということになりました。
帰りは、北出丸の交差点から北上する道を、沿道の桜並木や街並みを見ながら歩きました。

●鶴ヶ城・天守閣の桜⑥ (望遠)
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*会津若松駅に向かう途中、振り返って鶴ヶ城と桜を写しました。

今日の喜多方、会津若松の桜巡りの総歩歩歩数は、32,500歩でした。

END

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2019年5月 3日 (金)

●[5]会津若松・戸ノ口堰洞穴と白虎隊

さざえ堂の北側の石段を下り、厳島神社に参拝しました。
*厳島神社の起源は宗像神社**で、その創建は、南北朝時代の1381年~1383年(永徳・弘和年間)といわれています。地域の豪族・石塚、石部、堂塚の三家により社殿が造営されました。
**宗像神社は、1700年(元禄13)年に第3代会津藩主・松平正容により、神像および飯盛山周辺の土地が寄進され、鳥居や仁王門、青銅造りの大仏も建立されました。また、1796年(寛政8)年には、さざえ堂も建てられました。


●厳島神社・鳥居
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*明治時代の神仏分離令で厳島神社に改名され、境内に安置されていた大仏は阿弥陀寺に移管されましたが鳥居は今も残っています。


●厳島神社・社殿
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*小さな社ですが、両脇には数百年の年輪をもつご神木が聳えていました。


●戸ノ口堰(戸ノ口堰洞穴)①
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*厳島神社の北側に流れる戸ノ口堰**です。
**戸ノロ堰は、猪苗代湖の水を会津地方に引くため水路で、1623(元和9)年から70年間もの工事を経て、1693(元禄6)年に鶴ヶ城下まで開かれました。
その後、戸ノロ堰では度重なる改修工事が行われ、1832(天保3)年には、飯盛山の山腹の150mがトンネル(洞門)化されました。


●戸ノ口堰(戸ノ口堰洞穴)②
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*戸ノロ堰洞門は、1868(慶応4)年に、戊辰戦争の戸ノロ原の戦いで新政府軍に敗れた白虎隊士中二番隊20名が鶴ヶ城に戻るためにこの洞門をくぐり抜けたことで有名です。


●戸ノ口堰(戸ノ口堰洞穴)③
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*戸ノ口堰から流れ出る猪苗代湖の水は、現在、会津若松市の灌漑用水、飲用水、工業用水、小水力発電用水等に利用されています。
江戸時代に会津藩が開いた戸ノ口堰は、後世の偉大な財産になっているのですね。


●白虎隊十九士の墓①
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*白虎隊(びゃっこたい)**は、戊辰戦争のおり会津藩が組織した、16歳から17歳の武 家の男子によつて構成された部隊です。
**名前の由来は、中国の伝説の神獣である「白虎」からです。
その他に会津藩が組織した部隊には他に玄武隊、朱雀隊、青龍隊などがありました。

●白虎隊十九士の墓②
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*墓石は19基でした。1868(慶応4)年、白虎隊士中二番隊の少年20人が洞門を抜けた後に自刃し、1名を残して19名が帰らぬ人となったのです。

●白虎隊士自刃の地
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*自刃の地には、鶴ヶ城の方向を見る少年の像が立っていました。


●鶴ヶ城遠景(望遠)

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*少年の像が見る方向に鶴ヶ城(中央の森のアンテナの奥)が確認できました。奥には、屏風のように見える博士山(1482m)が雪を被っていました。


●[6]会津若松・鶴ヶ城公園桜に続く
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2019年5月 2日 (木)

●[4]会津若松・さざえ堂

石部桜の咲く麓から10分ほど歩くと、飯盛山のさざえ堂に繋がる石段が見えてきました。。

●さざえ堂・石段①
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*戸ノロ堰の流水沿いの参道から、さざえ堂への石段を登ります。


●さざえ堂・石段②
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*石段の上に、六角三層の仏堂が見えてきました。


●さざえ堂①
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*東北側から、さざえ堂**を写しました。
**さざえ堂は、1796(寛政8)年に建立された高さ16.5mの六角三層の仏堂です。
正式名称は、円通三匝堂(えんつうさんそうどう)といいます。当時飯盛山にあった正宗寺(しょうそうじ)というお寺があり、そこの住職である僧・郁堂(いくどう)が考案した建物です。
 

●さざえ堂②
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*さざえ堂の正面入口です。


●さざえ堂③
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*さざえ堂は、正面入口から入ると、右廻りのスロープをらせん状に登っていきます。


●さざえ堂④
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*さざえ堂のスロープを登り切った最上階の天井を北側から写しました。


●さざえ堂⑤
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*さざえ堂の最上階の橋と天井を南側から写しました。

●さざえ堂⑥

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*最上階で橋を渡ると、下りの左廻りのスロープとなります。さざえ堂の二重螺旋スロープは、上りと下りが全く別の通路になっている一方通行の構造です。

●さざえ堂⑦
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*さざえ堂の下りのスロープを降りて、出口に出るところに残夢大禅師像が安置されていました。


●さざえ堂⑧
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*西側から、桜とさざえ堂を写しました。この位置からも二重らせん構造が確認できました。


さざえ堂は、入口(左側)から上りのスロープを一回転半、下りにまた一回転半、合計三回転して出口(右側)となりました。
昔、さざえ堂は二重らせんのスロープに沿って西国三十三観音像が安置され、参拝者はお堂をお参りすることで三十三観音参りができるといわれていたそうです。
多くの参拝者がすれ違うこと無く安全にお参りできる二重らせん構造を採用したさざえ堂は、仏堂建築として世界に例を見ない様式でした。

●[5]会津若松・戸ノ口堰洞穴と白虎隊に続く
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