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2014年5月12日 (月)

愛宕山・愛宕神社:2014.5.11

今日は、念願の愛宕山(890.06m)に登りました。
愛宕山(あたごやま)は、いつも嵐山渡月橋から眺めて、“登りたい”と思っていた山です。


5月4日に比叡山から望み、5月5日に保津川下りの舟から何度も眺めた愛宕山に、“週末、天気が良かったら登ろう”と決めていました。
今日は、京都駅発清滝行きの1番バス(7時30発)に乗り、8時25分に清滝バス停着。そこから下り渡猿橋を渡って、登山口の清滝口鳥居に着きました。

愛宕山と比叡山は、古から都を護る神聖な地(西北の愛宕山、東北の比叡山ですが、緯度もほぼ同じです【愛宕山:北緯35度03分36秒、比叡山:北緯35度03分57秒】)です。

【愛宕山登山MAP】

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*今日は、登り・表参道ルート、下山・月輪寺ルートを歩きました。

■清滝・清滝口鳥居

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*清滝口鳥居が登山口(85m)となります。これから山頂との標高差839mの登り・下りになるので、ゆっくり登ることにしました。

■愛宕山鉄道ケーブルカー軌道跡

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*ケーブルカー軌道がトンネル跡(写真奥)も含め、残っていました。
愛宕山鉄道のケーブルカーは、昭和4年~19年(1929年~1944年)の間、山上まで敷設されていました。山上にはホテルや愛宕山遊園地も造られて参拝者と観光客で賑わったそうです。
しかし、世界恐慌や戦争の影響で客足が落ち、第二次世界大戦末期にはケーブルカーが廃線になり遊園地やホテルも閉鎖されたとのこと。

■お助け水

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*ここで、持参のペットボトル(2L×2本、500mL)に湧水を詰めました。にわかに重くなった「愛宕山登山養成ザック」を背負い、200mごとに置かれたお地蔵様にお参りしながら足を進めました。

■水尾分れ

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*今日の道は、本能寺の変の直前に明智光秀が愛宕神社を参詣した道で「明智越え」と呼ばれていました。

【明智光秀と愛宕山】「敵は本能寺にあり!」

明智光秀は主君織田信長を本能寺に攻める(本能寺の変)数日前の天正10年(1582年)5月下旬、愛宕山に参詣し愛宕五坊の一つである西坊威徳院で連歌を興行した。
発句を光秀が詠み、脇句を威徳院の行祐法印、第三句を連歌師の里村紹巴がつけた。全九名で100韻を詠み(愛宕百韻)、書き留めた懐紙を神前に捧げた。
その光秀の詠んだ発句『ときは今 あめが下しる 五月哉(さつきかな)』は有名であり、古来政治的な解釈がなされている。
出典:愛宕神社HPより

■愛宕神社・黒門

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*神仏習合時代の愛宕山には、愛宕権現を祀る白雲寺を含め6つの寺がありました。黒門は白雲寺の京側の惣門で京口惣門と呼ばれていたそうです。境内に寺の跡地を見かけました。神仏棄却の影響は、この地にも及んでいたのですね。

■愛宕神社・社殿

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*愛宕神社(旧称:旧称は阿多古神社)は、火伏せ・防火に霊験のある神社として知られ、全国約800社の分社の総本社です。

*愛宕神社は、京都で「愛宕さん」と呼ばれ、「火迺要慎(ひのようじん)」と書かれた愛宕神社の火伏札を求める人たちが参拝します。

*3歳までに参拝すると一生火事に遭わないとも。今日、表参道で1、2歳の子供を背負った家族連れが数組いた理由が分かりました。また、愛宕神社は、家族連れの新生児から70~80代の御爺ちゃん、御婆ちゃんが個人やグループで三々五々に歩いていて、幅広い世代の人が身近にお参りする神社だと思いました。

愛宕神社・若宮(右)と奥宮(左奥)

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*社殿の奥が若宮、その奥に奥宮があります。社殿」・若宮・奥宮が愛宕山の山頂となります。

■愛宕神社・樒

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*神社といえば榊ですが、愛宕神社では樒(しきみ)が置かれていました。これは標高が高いので榊が育たないためだそうです(月輪寺ルートで自生する樒の木を見かけました)。

■愛宕神社・子守り

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愛宕神社を出て月輪寺(つきのわでら)を目指しました。

■愛宕山からの嵐山方面

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*月輪寺ルートに入ってすぐの稜線で撮影しました。写真中央の川がカーブして右の山(嵐山)と交差した所が渡月橋です。

月輪寺コースは、表参道と比べると狭い山道ですが、手入れが行き届いた登山道(山道)でした。
月輪寺は、愛宕山の東尾根の下(標高:560m)に建つ山岳寺院です。浄土宗の開祖・法然や九条兼実とゆかりある寺で、仏像にもその歴史を感じました。

■月輪寺・本堂

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■月輪寺・本堂・阿弥陀如来立像

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*月輪寺の本尊の阿弥陀如来立像は、親しみのある仏様でした。

■本堂・四天王像

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*四天王像の内、多聞天と広目天を写しました。明るい本堂の中で凛々しく立っていました。

月輪寺に着いた時、住職の方が谷沿いの水回りの修理をしていました。境内は土砂崩れや台風の影響で御堂のの痛みが激しい状況でした。
月輪寺は、愛宕山域の奥深いところに位置しています。境内には下から生活物資を運ぶ野猿があり、衣食住で大変な状況がうかがわれました。

…月輪寺から急登をひたすら下り、林道を経て、約1時間で清滝に着きました。

今日の歩歩歩数は、26,100歩でした。

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コメント

失礼致します。
じつはわたしもこの初夏に久し振りに登りたいと考えております。これまで何度か参りましたが、もう前回から十年以上はたちました。
愛宕山はどこも木がうっそうと茂っており、見晴らしの良い地は数えるほどしかありません。ただし、一か所はとても良い所があります。それは三角点です。どうもそちらには行かれてないようですね。ちょっと分かりにくく、またいろいろ危ない面もありますが、次回には用心のうえ行っていただきたいと思います。
ところで、月輪寺を通られるとき、通行料のようなのは請求されましたか。たしかに山道は境内(私有地)を横切るのですが、なかなかその“根拠”は難しいようにも思われ、わたしはこれまでいつも素通りしております。

コメントありがとうございました。
月輪寺では通行料はとられませんでした(私は利用しませんでしたが、トイレ使用料:200円の張り紙と、痛んだ寺社の補修協力金らしき募金箱【任意】がありました)。
本堂前の長椅子で小休止し、本堂を参拝しましたが、京都や奈良の寺院のように撮影禁止の張り紙がなかったので写真を撮らせていただきました。こじんまりとした本堂で、四天王像も身近で拝観できました。
お礼の意味で気持ち(お賽銭)を。ということでよいのではと思いました。
晴れた日には、愛宕山とともに月輪寺も渡月橋の欄干から三笠山越しに見えていたので、宝物殿前で嵐山方面の写真を撮ろうと立ち止まりましたが、かわいい猛犬?に突然吠えられてしまい、あきらめました。このワンちゃんに気を付けて登って(下って)ください。

ご回答ありがとうございました。通行料のような名目でないということは良かったと思います。修繕のためという正面からのことであるのならば、協力もやぶさかではありません。

ところで、「三笠山越しに…」とされていらっしゃいますが、細かい話で恐縮ですが、これは小倉山のことではありませんか。長年京都におりますが、これは初耳です。もし存在するのでありましたら、勉強のため、小倉山に対してどの位置にあるのかお教え願えれば幸いです。

なお、三角点のある所は、市街地から愛宕山山頂に向かってすこし右下に大きな鉄塔がかすかに見えますが(その下にはすこし地面も見えます)、そのエリア内にあります。ほんとにそこからの眺望はまったき最高です。

このたびはありがとうございました。またブログを拝見させていただきたいと思います。

ご指摘ありがとうございました。
三笠山は奈良の若草山のことで、小倉山でした。以前、嵐山の二尊院で「小倉餡発祥之地」を拝観し、「あんこ」繋がり(小倉山>小倉餡>三笠山【どら焼きの別名】)で間違えてしまいました。

承知しました。ありがとうございます♪

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