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2014年5月20日 (火)

風雲・高取城:2014.5.18①

奈良で訪ねたいお寺がありました。それは「壺坂霊験記」の舞台である壷阪寺です。
“午前中に壷阪寺を参拝、午後に飛鳥や藤原京の寺社を再訪しよう。”と計画していましたが、調べるうちに、日本一の山城と言われる「高取山の高取城跡」に惹かれ、眺望の良い朝方に登ることにしました。

近鉄阿部野橋駅(大阪の近鉄ターミナル駅としては、難波が有名ですが阿部野橋も大きなターミナル駅です)7時20分発吉野行急行に乗りました。

壺阪山駅着8時、降りたのは3人、他の2人(山ガール)は、壺阪寺に向かったようでした。

■壺阪山駅

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■高取・土佐街道

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*2万5千石の城下町として栄えた高取・土佐街道。その街道を歩いて高取山に登るのは私だけでした。

【高取MAP】

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■植村邸家老屋敷の長屋門①

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■植村邸家老屋敷の長屋門②

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*土佐街道に面した素晴らしい長屋門です。腰板張りの部分は、珍しい意匠の海鼠壁でした。

■高取城再現写真①

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*土佐街道沿いに「在りし日の高取城CG再現写真」の看板が立ってました。

…林道から山道に入ると、「七曲がり」「一升坂」と呼ばれる急登が続きました。急登を登り詰めて明日香への分岐路に出ると猿石がありました。

*一升坂は、運搬する人に米一升追加して運んでもらうくらいの長い急登という意味でした。

■猿石

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*この猿石と同様の猿石が、飛鳥(明日香)にあります。看板にも記されているように、高取城築城用に運ばれた際に、この場所に置かれたようです。高さは85㎝あり、重量もある石でした。“よく運んだ”と思いました。

猿石を過ぎると、二の門跡、宇多門跡、千早門跡が現れ、平たい稜線部をさらに進むと大手門跡に着きました。壺阪山駅発8時5分、大手門跡着9時15分でコースタイムは70分でした。

■大手門跡

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■大手門跡・高取城再現写真②

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*明治中期に取り壊されるまで、大手門から望む石垣の上に看板のような天守閣があったと考えると、まさに「風雲たなびく高取城」というキャッチフレーズが浮かびました。

■二の丸の「日本三大山城説明版」

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*日本三大山城(大和高取城、美濃岩村城、備中松山城)のなかで、高取城が「日本一の山城」と言われる理由は、城の規模にあります。

*高取城の城内(ニノ門より内)は、約10,000平方m、周囲約3Km、城郭は約60,000平方m、周囲約30Kmという広さです。建造物は三層の天守、小天守を擁し、27の櫓(内、多門櫓5)、33の門、土塀2,900m、石垣3,600m、橋梁9、堀切5ヶ所と記されていました。城跡を歩いてもその規模に驚かされました。

■本丸・石垣①

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■本丸・石垣②

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■本丸・天守閣跡地

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*手前が高取山(583.9m)三角点(山頂)です。奥の敷石が天守閣の礎石と思われました。

■本丸・天守閣跡地からの眺望

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*中央左の山が金剛山、右が葛城山です。右の木立の中に二の丸の石垣が見えました。

■本丸跡地と羅針盤

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*本丸跡地は広く、南側は吉野や大台ケ原、東側は葛城山、金剛山、北側は香久山や奈良方面が望めます(現在は、城跡の大木で見えない山もあります)。

*高取城は、南北朝時代に南朝方であった越智邦澄が1332年に築城したのが始まりと伝えられています。その後、戦国時代には大和国が豊臣秀長の支配下となり、高取城は秀長の重臣脇坂安治、後に本多利久に与えられ、1589年に築造されています。
高取城が明治時代まで存在していたことから考えると、500年以上、城主が変わっても城として機能してきたのですね。

10時に高取城を出て、壷阪寺に向かいました。山道を歩き、壷阪中門跡や壷阪口門跡を過ぎて車道と合流した所に高取城内図がありました。

【高取城内図】

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*この場内図を見ても、高取山の尾根を最大限に生かした城郭づくりと規模がわかります。

壷阪寺への参道(山道)を歩きました。途中、五百羅漢遊歩道に入ると、山の岩肌に五百羅漢の石仏群がありました。

■五百羅漢・石仏群①

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■五百羅漢・石仏群②

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*五百羅漢像が掘られたのは、関ヶ原の戦い前後の西暦1600年頃と伝えられています。

■五百羅漢・石仏群③

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五百羅漢遊歩道から再び壷阪寺参道に戻り、壷阪寺を目指しました。

霊験記の壷阪寺:2014.5.18②に続く

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