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2014年5月25日 (日)

旧柳生街道・当尾ワンデリング:2014.5.24①

今日は、奈良北部・柳生をスタート地点とし、午前中に江戸時代の剣豪が行き来した旧柳生街道を歩いて、円成寺を訪ねました。
午後は、京都府に足を延ばして、当尾(とうの)の岩船寺(がんせんじ)と石仏を巡り、浄瑠璃寺を訪ねしました。

柳生は、柳生石舟斎が開いた「柳生新陰流」の剣豪の里**です。
**剣豪の里と言われる由縁は、徳川将軍家の兵法指南役として柳生藩の大名になった柳生宗矩や柳生十兵衛など名だたる剣豪(宮本武蔵も柳生の里を訪れ柳生道場で指南を受けています)を輩出しているからでしょう。

…近鉄難波駅発(7時6分)の急行に乗り、奈良着7時43分。近鉄奈良駅前の奈良交通バス停から柳生方面への一番バス(8時19分)に乗り、柳生着は9時5分でした。

●柳生バス停

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バス亭から南に少し歩くと、右手の山裾に長い石垣と石塀が見えてきました。田植えが終わったばかりの田んぼの中の道をまっすぐ進み、左に曲がると柳生藩家老屋敷の入り口でした。

■旧柳生藩家老屋敷

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*旧柳生藩家老屋敷は、1826年に奈良に移り住み柳生藩1万石の藩財政の立て直しに成功した家老・小山田主鈴の旧邸です。
*この旧柳生藩家老屋敷は、1964年に小説『徳川家康』などで有名な作家・山岡荘八氏の所有となり、NHK大河ドラマになった「春の坂道」の構想がここで練られたそうです。

■小山田家分家

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*旧柳生藩家老屋敷の南側に建っていました。本家と同様の立派な石垣と長屋門です。

里道を歩き、柳生陣屋跡に立ち寄った後、今川を挟んだ東側の小高い山にある芳徳寺(ほうとくじ)に向かいました。

【柳生MAP】

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*芳徳寺・入り口(MAP上の「現在地」)に立っていました。MAPの右側が北方向です。

●芳徳寺・入り口の野菜スタンド

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*奥のチェックの缶に100円を入れ、スナックエンドウを買いました。

■芳徳寺・参道

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*芳徳寺は臨済宗の寺院で、柳生宗矩が父の石舟斎の菩提を弔うために建立した柳生一族の菩提寺です。

■芳徳寺・山門からみた本堂

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■柳生一族の墓

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*芳徳寺奥の杉山の中に、柳生一族の墓がありました。写真の墓石で、左端が柳生宗冬、左から2番目が宗矩(むねのり)、3番目が三厳(十兵衛)の墓です。

芳徳寺の本堂を参拝後、10時に神殿橋を渡りました。いよいよ旧柳生街道です。

*旧柳生街道から円成寺までのルート
●東海自然歩道・「16.旧柳生街道」URL

http://www.tokai-walk.jp/course_guide/course16.html

■ほうそう地蔵

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*柳生から坂原峠に向かう街道沿いに「ほうそう地蔵」と称される鎌倉時代の地蔵石仏がありました。右の道が柳生街道(奥に進むと柳生)です。

…江戸時代、名だたる剣豪が行き来した柳生街道。その一つの坂原峠を越えると、桃源郷のような大柳生盆地に出ました。

■大柳生の集落

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*旧柳生街道(東海自然歩道)は、左手の山沿いを縫って山向こうの円成寺に続いています。吹き抜ける風がすがすがしい大柳生盆地でした。

■水木古墳

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*水木古墳は、大柳生盆地が一望できる高台に造られていました。看板には、6世紀にこの地を治めた首長の墓だと書かれていました。

■水木古墳と夜支布山口神社間の道

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*写真右奥(東側)の小高い丘の向こうが、水木古墳です。この道標から左(北)に5分ほど歩くと夜支布山口神社に着きました。

■夜支布(やぎう)山口神社

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■摂社立磐神社・本殿

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*境内にある摂社立磐神社・本殿は、1747年に春日大社の第四殿をここに移したものだそうです。本殿の後ろには、ご神体の大きな岩(岩座)がありました。

■旧柳生街道の道

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*夜支布山口神社から円城寺方面へ向かう街道(山道)です。旧柳生街道は、里の道を除くと、このような雰囲気の道でした。この道を物資を運ぶ牛車や剣客が行き来していたのでしょう。

…夜支布山口神社から白砂川まで下り、そこからひたすら山道を登り詰めて、11時45分に円成寺のある忍辱山(にんにくせん)に着きました。

●忍辱山バス停

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●バス停前「一富久食堂」

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*朝、柳生行のバスが忍辱山バス停で停車したとき、「一富久食堂」が見え、店の人が暖簾をかけているところでした。“昼食は、雰囲気のあるこの食堂にしよう”と思っていました。

*一富久食堂では、玉子うどんを食べました。うどんを食べながら地図を確認していると、テーブルで横の席だった70代と思われる男性が、一足先に滝坂道を下って奈良に帰って行きました。店のおばちゃんが「あの人は、私の同級生で、2、3週間に一度奈良から旧柳生街道を歩いて、ここで昼食をとって帰って行くんだよ」と話してくれました。“約12Kmの山道を往復しているのはすごいなぁ!”と思いました。

昼食後、円成寺に向かいました。

円成寺は、奈良市街から柳生の里に向かう柳生街道きっての古刹で、山号を忍辱山(にんにくせん)といいます。

■円成寺・本堂

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*本堂で、ご本尊の阿弥陀如来坐像と四天王立像を参拝しました。また、内陣の柱に極彩色で描かれた聖衆来迎二十五菩薩も見事でした。

■円成寺・本堂から望む楼門と多宝塔

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*本堂東端の縁側から撮影しました。右の舞台は、寺院建築には珍しい舞台付寝殿造(本堂両脇に舞台スペースがあります)です。この舞台に座って、しばらくの間、楼門と多宝塔を眺めていました。とても優雅なひと時でした。

■円成寺・多宝塔

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*多宝塔内には、大日如来像(運慶の初期の作)が安置されていました。

■円成寺・石楠花(シャクナゲ)

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*多宝塔の北側に石楠花の花が咲いていました。赤い大輪の花も見事でした

●円成寺HP:URL
http://www.enjyouji.jp/

旧柳生街道・当尾ワンデリング:2014.5.24②に続く

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