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2014年5月27日 (火)

旧柳生街道・当尾ワンデリング:2014.5.24②

旧柳生街道・当尾ワンデリング:2014.5.24①から続く

円城寺から岩船寺(がんせんじ)までは、長い道のりでした。

円城寺からバス道でもある国道369号線を奈良方面に下り、新奈良ゴルフクラブから奈良県道・京都府道33号線を目指して、谷沿いの林道をひたすら歩きました。
岩船寺口に着いて、“もう少しだ!”と長い坂を上ると、そこからまた工事車両が通る府道が2kmほど続きました。
…結局、円成寺から岩船寺につながるミロクの辻(分岐)まで、約8㎞のアスファルト道を歩くことになりました。

ミロクの辻から広葉樹と杉の山道に入るとホッとしました。森の中を上ると、三体地蔵が見えてきました。

■三体地蔵①

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*ここで、おにぎりを食べてエネルギーを補給し、一休みして岩船寺に向かいました。

■三体地蔵②

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*近づいて撮影しました。地蔵さんの微笑みにホッとします。

京都府木津川市にある当尾(とうの)と呼ばれる里山には、平安時代に建立された名刹(岩船寺・浄瑠璃寺)があります。
両寺を結ぶ奥深い山道を歩くと、鎌倉時代に彫られた様々な石仏に出会えます。

【石仏の里MAP】

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*午後のコースが分かり易い「石仏の里MAP」です。
*MAP右下の道からミロクの辻に入り、オレンジ色の山道(三体地蔵が記載されています)を歩いて、岩船寺を訪ねました。岩船寺からは点線の山道を下りながら道沿いの石仏を拝観し、浄瑠璃寺を目指しました。

■岩船寺・本堂①

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*本堂には、中央に本尊の阿弥陀如来坐像(平安時代)が祀られ、周囲を四天王立像(鎌倉時代)が護っていました。
*本堂内に安置されている普賢菩薩騎象像は、京都国立博物館の「南山城の古寺巡礼」展にお出まし中でした。

■岩船寺・本堂②(阿字池側から撮影)

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*堂内で案内されていたご住職の説明では、「阿弥陀如来坐像は像高が280㎝を越えるケヤキの一木造です。947年頃に造られた十世紀中期を代表する尊像で、浄瑠璃寺の本尊より200年ほど古く、宇治平等院の本尊より100年ほど古い像です。このような大きな仏像が造られた時代は『乱世』であり、世の中が平和になるにつれ仏像が小さくなって行きます…」とのことでした。
*“本尊の大きさで時代の平安がわかる”とすると、“今まで拝観した仏像と造られた時代環境を比較してみるのも面白いな”と思いました。もっとも、岩船寺は承久の乱で大半の堂宇を焼失しているので、“戦争の時代は、仏像を造るのではなくいかに護るかが寺(僧)の使命だったのでは?”と考えてしまいました。

■岩船寺・三重塔①(阿字池【東南東】側から撮影)

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*阿宇池を挟んで、本堂と向かい合う形で三重塔が建っています。
*三重塔は、729年に聖武天皇の命で創建され、1221年の承久の乱によって焼失しました。その後、室町時代(1442年頃)に再建されるですが
2003年に大改修されたため、古びた感じがしませんでした。建立当時はこのような鮮やかな朱色だったのでしょう。木々の中で光輝いていました。

■岩船寺・三重塔②(山【西南】側から撮影)

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*上から間近に見下ろせる三重塔は、洛中には無いようです。近くから見ると、一層目の屋根の反りが美しい三重塔でした。

■岩船寺・三重塔・隅鬼

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*三重塔の四隅の垂木を支える隅鬼は、背中に圧倒的に重い荷物(垂木)を背負って支えているスーパー鬼でした。

岩船寺から、当尾の石仏群を観ながら浄瑠璃寺を目指しました。

■からすの壺二尊

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*東面の阿弥陀磨崖仏です。この岩の左側(南面)に地蔵磨崖仏が彫られていました。

■当尾の道

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*からすの壺二尊からやぶの中三尊の間で、落ちた竹の葉で埋めつされた道が現れました。この道を歩くと、竹の落葉でサラサラとした音が聞こえてきます。竹の葉の道は、当尾に風情と彩りを与えていました。

■やぶの中三尊

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*藪の中の岩に、舟形の光背を持つ地蔵(中央)と十一面観音(右)、向かって左に阿弥陀を配置した石仏です。1262年作と言われています。

やぶの中三尊から約200mで浄瑠璃寺バス停でした。バス停着が14時40分、一本前の奈良行きのバスが止まっていました。
バス停からは、浄瑠璃寺の参道となります。お土産屋を抜けて、さらに100m程歩くと浄瑠璃寺の山門でした。

■浄瑠璃寺・参道

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【当尾・案内板】

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*浄瑠璃寺参道に立っていました。当尾が良くわかる案内版です。(それにしても地図や観光案内の立看板・説明版を画面にまっすぐ写す技術が歩歩歩ポ~ンのブログ用の撮影によって格段に進歩しました。ほとんどが1枚撮りです。“自画自賛”。)

■浄瑠璃寺・山門

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■浄瑠璃寺・三重塔

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*浄瑠璃寺の三重塔は、藤原時代の建立だそうです。塔内には、薬師如来像が祀られていて、東方の浄土(浄瑠璃浄土)を護っているとのことです。
薬師如来像も京都国立博物館の「南山城の古寺巡礼」展に出展され、拝観できませんでした。

■浄瑠璃寺・本堂①(三重塔側・此岸から撮影)

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*本来は、本堂の九体阿弥陀如来像を三重塔側・此岸から宝池(阿字池)越しに拝観するそうです。

■浄瑠璃寺・本堂②(彼岸・南東側から撮影)

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*本堂の前面には、本来のお参りができるように障子が張られた大きな格子戸が9つありました。

■浄瑠璃寺・本堂③(正面・東側から撮影)

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*本堂の真正面格子戸の中央に格子窓がありました。

■浄瑠璃寺・本堂④(彼岸・北東側から撮影)

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■浄瑠璃寺・本堂⑤(本堂内から撮影)

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*本堂内の中央の窓から彼岸と宝池(阿字池)と此岸を写しました(仏像の撮影は禁止です)。“この窓は阿弥陀如来中尊像が常に彼岸と此岸を観ておられる窓なのだ”という絶妙な配置の格子窓でした。
*狭い本堂内で拝観した九体阿弥陀如来像(九体の阿弥陀如来像を横一列に配しています)は、素晴しい九体像でした。平安時代は、このような御堂が30以上あったそうですが、戦災等で焼失し、現在はこの浄瑠璃寺のみだそうです。

■浄瑠璃寺・バス停

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浄瑠璃寺バス停から奈良行き最終バス(16時46発)に乗り、近鉄奈良に戻りました。

旧柳生街道・当尾ワンデリングコース

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*PC画面では、上の地図を クリックすると拡大されます。

今日の歩歩歩数は、33,400歩でした。

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