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2014年6月24日 (火)

水無月の古都・寺社巡り②:2014.6.20

水無月の古都・寺社巡り②は、修学院離宮と赤山禅院を訪ねました。

鴨川を渡り、出町柳を経由して修学院離宮に向かいました。

■丸太町橋から見た鴨川上流

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出町柳から叡山電鉄に乗り、修学院駅で下車。そこから音羽川沿いの修学院離宮道を歩き、修学院離宮に向かいました。

修学院離宮は、17世紀中頃に後水尾上皇によって造営されました。上・中・下の3つの離宮からなり、借景の手法を採り入れた庭園として、我が国を代表する庭園です。

修学院離宮は、1時30分からの参観コースでしたが、京都御所と同様に宮内庁京都事務所職員の方2名(ガイド役と最後尾の監視役)の案内でした。

■下離宮・御幸門

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■下離宮・寿月観

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*寿月観(じゅげつかん)は、後水尾院の御座所となった所です。

■下離宮裏門から比叡山方面を望む

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*左奥が比叡山の山頂です。下離宮、中離宮、上離宮の間には田植え後の水田が広がっていました。

■中離宮・客殿

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■中離宮・客殿一ノ間

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*客殿の一ノ間の霞棚は「天下三棚」の一つで、桂離宮の桂棚、醍醐寺三宝院の醍醐棚とともに知られています。

■上離宮に向かう松並木

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*松並木の道を上りつめ、上離宮に入る御成門を潜って急な石段を登った丘の上に隣雲亭(りんうんてい)がありました。

■上離宮・隣雲亭

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*隣雲亭は、上離宮の中で最も高所に建てられていています。浴龍池をはじめ洛中や北山を眺望するために建てられた茶室で、余分な飾りのない建造物です。

■隣雲亭・一二三石

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*隣雲亭の軒の床には、小石が1つ、2つ、3つとちりばめられていて、一二三石(ひふみいし)と呼ばれています。ガイドの方の説明では「一二三石の黒色は加茂川、赤色は鞍馬山から集めてきた」とのことでした。

■隣雲亭から臨む洛中

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*南西の方向に京都御苑(御所)の森が見えました。

■隣雲亭から臨む浴龍池

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■上離宮・窮邃亭

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■上離宮・浴龍池

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■上離宮・大刈込み(奥)

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*下離宮と上離宮を繋ぐ松並木から大刈込み(奥)が見えました。

修学院離宮を出て、北側に隣接する赤山禅院に向かいました。

■赤山禅院・山門

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■赤山禅院・拝殿

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■拝殿・鬼門除けの猿

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*屋根の上には、鬼門除けの猿。御幣とかぐら鈴を持ち、皇城(京都御所)を守護しています。

*表鬼門を守護するしるしとして、赤山禅院の拝殿の屋根には、鬼門除けの猿が置かれています。
猿(申)は、鬼門とは反対の方角である西南西を指すことから、邪気を払う力があるとされます。金網の中にいるのは、かつて夜になると暴れだし、いたずらを繰り返したため閉じこめたのだと言われています。
ちなみに、京都御所の東北の角にある猿ヶ辻や、滋賀県大津市の日吉大社にも鬼門除けの猿が置かれていることが知られています。
【赤山禅院HP:
http://www.sekizanzenin.com/kimon.html より】

■赤山禅院・赤山大名神(本殿)と正念珠

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赤山禅院の参拝後、修学院駅に向かって歩いていると、燕の巣がありました。雛に餌を与えるため、両親(両燕)が絶え間なく巣に行き来ししていました。

 ●燕の巣

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今日の歩歩歩数は、28,600歩でした。

 水無月の古都・寺社巡り③に続く

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