« 水無月の古都・寺社巡り③:2014.6.21 | トップページ | 水無月の古都・寺社巡り⑤:2014.4.22 »

2014年6月26日 (木)

水無月の古都・寺社巡り④:2014.6.21

水無月の古都・寺社巡り④は、岩船寺から当尾(とうの)の石仏群を辿りながら、浄瑠璃寺に向かいました。

■一眼不動

Dscn5601_r

*何か一つだけ願い事をかなえてくれるという一眼不動です。

■わらい仏

Dscn5605_r

*阿弥陀三尊磨崖仏(阿弥陀如来・観音菩薩・勢至菩薩)は、皆微笑んでいるような表情なので、わらい仏と呼ばれています。わらい仏は、当尾を代表する石仏です。

■眠り仏

Dscn5606_r

*わらい仏の横で、首元まで埋まった眠り仏が横たわっていました。

■からすの壺二尊①

Dscn5609_r

*東面の阿弥陀磨崖仏です。

■からすの壺二尊②

Dscn5608_r

*前回は、撮影できなかった南面の地蔵磨崖仏です。

愛宕(あたご)灯篭

Dscn5611_r

*三叉路に立っていました。鬼太郎のねずみ男をスマートにしたような石灯篭でした。

■やぶの中三尊

Dscn5614_r

*中央が地蔵、右側に十一面観音、左に阿弥陀を配置した石仏です。再び観ることができてヨカッタ。

浄瑠璃寺から約3㎞の道を時計回りに歩いて、点在する石仏を辿り、再び浄瑠璃寺に戻りました。

■ 長尾の阿弥陀 

Dscn5631_r

*浄瑠璃寺から西小墓地へ向うバス通りに面していました。阿弥陀坐像の上には、笠石が置かれています。

■大門仏谷の磨崖仏

Dsc_0114_r

*当尾では最大(像高288cm)の阿弥陀磨崖仏です。林道から谷越しに撮影しました。

■大門の石仏群

Dscn5633_r

 

■首切り地蔵 

Dscn5635_r

*首のくびれが深く切れて見えるため、首切り地蔵と呼ばれています。当尾の中では最古の阿弥陀石仏です。

浄瑠璃寺発13時46分のバスに乗り、朝、出発した近鉄奈良駅に戻りました。

…近鉄奈良駅から、バスと徒歩で、東大寺・三月堂(法華堂)に向かいました。

途中の東大寺の南大門は、修学旅行中の中高生と海外からの観光客であふれていました。鹿と観光客の間をくぐり抜け、中門前から鏡池の先にある東塔跡を観に行きました。

■東大寺・東塔跡の基壇

Dscn5636_r


*東大寺には、かつて高さ100m超える東西2つの七重塔が建っていたという言い伝えがあります。東西に塔が聳える様子は、大仏殿内の惰廬舎那仏の後ろにある創建当初の境内を示す伽藍模型と七重塔復元模型で知ることができます。

*記録によれば、東西塔の竣工は764年頃であり、西塔は934年に雷火で焼失し、その後は再建されませんでした。東塔は平安時代に火災や落雷の被害を受け、その度に修理されています。1180年の平重衡の焼き討ちで焼失した後も再建(1227年)されました。しかし、1362年の落雷で焼失し、その後は再建されませんでした。

…東塔跡から三月堂への参道を登りました。
これまでも、東大寺を訪れると、二月堂の舞台から東大寺の甍や奈良盆地を眺めた後に、必ず三月堂の前を通っていました。しかし、三月堂の拝観停止が長かったこともあり、御堂に入らないまま春日大社に向かっていたのです。

最近、『見仏記ガイドブック』を読んだとき、「見仏記の著者の一人であるみうら氏が、三月堂がどこよりも好きな御堂」であることがわかり、“次に東大寺に行くときは必ず見仏しよう”と思っていました。

今日、初めて三月堂の中に入りました。三月堂では、内陣に安置された不空羂索観音菩薩(ふくうけんさくかんのん)をはじめとした仏像(梵天、帝釈天、金剛力士(阿吽)、四天王、執金剛紳)を畳じきの縁から、ゆっくり見仏することができました。
10名前後の人が、縁側に座り場所を変えながら拝観していました。中には、船を漕いでいる人もいて静かで微笑ましい空間でした。

三月堂を後にして、春日大社の参道をゆっくり歩いて、猿沢の池を周りながら近鉄奈良駅にゴールしました。

今日の歩歩歩数は、20,900歩でした。

水無月の古都・寺社巡り⑤に続く

« 水無月の古都・寺社巡り③:2014.6.21 | トップページ | 水無月の古都・寺社巡り⑤:2014.4.22 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 水無月の古都・寺社巡り④:2014.6.21:

« 水無月の古都・寺社巡り③:2014.6.21 | トップページ | 水無月の古都・寺社巡り⑤:2014.4.22 »