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2019年2月 5日 (火)

厳冬の奥飛騨・白川郷の旅:2019.1.25-26


2019年の初旅は、春めく奄美大島でした。
そして2回目の旅は真冬に戻って…、雪と氷の奥飛騨と白川郷の旅です。

ツアーバスは、長野自動車道・松本ICから国道158号線を通って安房トンネルを抜け、上高地の西側に位置する奥穂高に向かいました。

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【奥飛騨】

●新穂高ロープウェイ①

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*新穂高ロープウェイは、北アルプス穂高岳の千石尾根に2区線**が敷設されています。
**第1ロープウェイは、麓の新穂高温泉駅(標高・1,117m)から鍋平高原駅(1,305m)間の全長573mです。
次の第2ロープウェイは、しらかば平駅(1,308m)から西穂高口駅(2,156m)間の全長2,598mです。

●新穂高ロープウェイ②

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●新穂高ロープウェイ②
*第2ロープウェイ**のゴンドラ2階にあった北側のパノラマ写真(山名付き)です。
乗車時は、笠岳をはじめ北側の山稜は雲に隠れていて、笠ヶ岳や槍ヶ岳、西穂高岳をパノラマ写真で想像しながら昇りました。
**第2ロープウェイは、日本で唯一の2階ゴンドラが稼働しています。

●新穂高ロープウェイ③

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*ロープウェイから観た、西穂高口駅近くの千石尾根に広がるオオシラビソの樹氷です。

●新穂高ロープウェイ④

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*15時25分、西穂高口駅(2,156m)に到着しました。駅の温度計は、-9度(駅舎屋上・展望台は、-12度)でした。

●展望台から望む焼岳

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*展望台から南側に位置する焼岳(2,455m)の山容です。南側は雲が薄く、焼岳や乗鞍岳を確認することが出来ました。

今回、旅の前から、西穂高口駅展望台の映像をチェックしていました。
今日の午前中、展望台は1週間ぶりに晴れ間が広がり周辺の山並が見えていました。しかし午後から雲がかかり始め、笠岳や西穂穂高岳以北の稜線を見ることができませんでした。

*新穂高ロープウェイ・ライブカメラ
 
http://shinhotaka-ropeway.jp/livecamera/

●展望台から望む笠ヶ岳

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*笠ヶ岳は杓子平(2,472m)あたりからガスが濃くなっていて、笠ヶ岳山頂(2,898m)も説明板にある水平な縞模様も確認できません。
説明板の写真で、笠ヶ岳山頂を想像しながら見ていました。

●展望台から望む西穂高岳①

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*北側の雲が少し晴れてきて、展望台の雪だるまの後ろに西穂高岳の稜線が見えてきました。

●展望台から望む西穂高岳②

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*西穂高岳(左側・2,909m)と西穂高山荘(右側の尾根・2,361m)が見えました。

●展望台から望む西穂高山荘

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*西穂高山荘を望遠で写しました。
西穂高口駅から千石平を登った尾根にある西穂山荘です。そこからは、西穂高岳や上高地への登山道が通じています。
”夏から秋にかけての西穂山荘ー丸山(2452m)ー西穂独標(2701m)ピストンは、魅力的なコースだなぁ…”と思いました。

●新穂高ロープウェイ⑤

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*下りの第2ロープウェイから、南側の奥飛騨温泉郷を写しました。蒲田川沿いの奥飛騨温泉郷も雪の世界でした。

●新穂高ロープウェイ⑥

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*第2ロープウェイの中間地点で、上りのゴンドラ(2階)を写しました。

…冬季の穂高連邦や北アルプスの景色を満喫して、今日の宿泊先・奥飛騨温泉郷に向かいました。

●奥飛騨のキハ27

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*奥飛騨ガーデンホテル焼岳のロビー前に、国鉄時代に活躍したキハ27の551・552車両が「カラオケ列車」になって保存されていました。

雪を見ながら泉質の良い露天風呂に浸かり、心身ともに温まった奥飛騨温泉でした。

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【白川郷】

1月26日、奥飛騨温泉郷から白川郷に向かいました。
2年ぶりの白川郷
は、中国をはじめインバウンドの旅行客がさらに増えていました。
●飛騨・北陸極寒の旅②-白川郷編:2016.1.23
 
http://momo2011.way-nifty.com/blog/2016/01/-2016123-78f4.html

●であい橋

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白川郷せせらぎ公園駐車場から、荘川に架かる吊り橋(であい橋)を写しました。

今回は、前回行けなかった神社を参拝し、神田家まで足をのばしました。

●白川八幡神社・二の鳥居と拝殿

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*白川八幡神社の創建は不詳ですが、伝承によると和銅年間(708~714年)に勧請されたのが始まりと伝えられています。
御祭神は第15代天皇・応神天皇で、時代が下ると白川(下白川郷)と荘川(上白川郷)の43か村の総鎮守として崇敬されていた神社です。

●阿形狛犬

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*雪に埋まりそうになっている拝殿前の阿形の狛犬です。鼻に積もった雪の下で阿形の狛犬らしく、口を開いていました。

●吽形狛犬

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*吽形の駒犬は雪も少なく、閉じた口も確認できました。

白川八幡神社・拝殿

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*白川八幡神社は寛永12(1636)年に再建されたものです。
雪除けのシートが掛けられた拝殿の周りは、入母屋造り・檜皮葺で、正面中央には「八幡宮」の社号額が掲げられていました。

白川八幡神社・拝殿と本殿

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白川八幡神社・釈迦堂

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*白川八幡神社の拝殿の横に、神仏習合時代の名残ともいえる釈迦堂が残されていました。
釈迦堂(左側)の雪除けシート(昔は木板で囲んでいたのでしょう)、丸太で雪囲いされた石塔群(右側)は、豪雪から神社を護ってきた人達の思いが伝わってきました。

白川八幡神社を参拝した後、100mほど北に歩いて、明善寺の鐘楼門前に出ました。

●明善寺・鐘楼門①

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*鐘桜門は、この2年の間に屋根が葺き替えられていました。

●明善寺・鐘楼門②

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*鐘楼門をくぐり、明善寺の本堂前から鐘楼門を写しました。
本堂前から観ると、「大きな茅葺き屋根と1階の柱との間にある2階の柱(梵鐘を囲む柱)」のバランスが絶妙な鐘楼門です。

●明善寺と水田

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*明善寺の庫裏(右から2番目の合掌造り)、本堂(中央奥)と北側に広がる水田**です。
しんしんと降る雪の中で、右端の家の人が家の周りを除雪していました。

**●飛騨・北陸極寒の旅②-白川郷編:2016.1.23  「●白川郷・ライトアップ③・明善寺庫裏」と同じ小路から写しました。

…明善寺から合掌造りの集落を歩き、和田家に向かいました。
*和田家は、江戸期に名主や番所役人を務めるとともに、白川郷の重要な現金収入源であった焔硝の取引によって栄えました。

●和田家

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*北西側から和田家を写しました。和田家は、この合掌集落で最大規模の合掌造りですが、屋敷林も見事でした。

●和田家前の放水銃

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*白川郷の集落では、合掌造り1軒に1基の合掌造り風の格納箱に収納された放水銃を59基設置しています。
その中で、
最大規模の合掌造りである和田家にだけ2基設置してあります。そのうちの1基を写しました。

次回は、すべての放水銃から放水される年1回(10月末~11月初めに実施)の「一斉放水訓練」時に訪ねてみたいと思いました。

2日間の歩歩歩数合計は、17,100歩でした。

END

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