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2019年10月26日 (土)

●旧中山道・木曽路峠歩き:2019.10.21-22[1]鳥居峠越え①・奈良井宿

10月21日と22日、木曽路の峠を歩きました。
今回の ●旧中山道・木曽路峠歩き

[1]鳥居峠越え①・奈良井宿
[2]鳥居峠越え②・奈良井宿から鳥居峠を越えて藪原宿へ
[3]馬籠峠越え①・妻籠宿から馬籠峠へ
[4]馬籠峠越え②・馬籠峠から馬籠宿へ
の4回に分けて特集します。
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[1]鳥居峠越え①・奈良井宿

東京から中央高速の高速バスに乗り、塩尻を経て木曽の奈良井宿で降車しました。
江戸時代、中山道は江戸日本橋と京都三条大橋を結ぶ重要な街道(69宿・約534km)で、東海道 とともに参勤交代に利用されました。
*中山道は山道や峠道が多く、人馬の往来が大変だったため、参勤交代での利用は東海道の154家に対して中山道は34家でした。しかし、東海道に比べ大河がなく、洪水に伴う渋滞も少なかったことから、徳川将軍家に嫁いだ皇女和宮もお輿入れに利用した街道です。
中山道のうち、塩尻から中津川までを木曽路(総距離・88km)と言い、宿駅は贄川から馬籠までの11宿**です。
**中山道の宿駅として木曽11宿が指定されたのは、1602(慶長6)年です。その後、各宿に本陣や脇本陣、宿屋、茶店などが置かれました。

奈良井宿は、木曽路11宿の中で北から2番目に位置しています。鳥居峠の登り口にある鎮神社を京都側(南側)の端として、約1kmにわたって町並みを形成している日本最長の宿場です。

奈良井川に架かる木曽の大橋を渡りました。

●木曽の大橋①:11.43
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*木曽の大橋は木曽檜で造られた大鼓橋で、1991(平成3)年に完成しました。

●木曽の大橋②:11.44
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*木曽の大橋は、脚を持たない橋としては日本有数の大きさ(長さ:33m・幅:6.5m・水面からの高さ7m)です。

●木曽の大橋③:11.45
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*川辺に降りて、橋の下部を写しました。木組みの曲線も檜の色彩も美しい太鼓橋でした。

奈良井宿は、中山道にそって北側から下町、中町、上町の三町に分かれています。木曽の大橋から下町に出て、奈良井川沿いを緩やかに上る街道を歩き、中町、上町に向かいました。

●下町の水場 :11.50
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*湧き水が流れ落ちる下町の水場**です。軒先に「下町」の行燈が掛けられていました。
**奈良井宿では、下町、中町、上町の各町に水場がありました。各町には、水場の維持・管理を行う水場組合が作られているそうです。

●奈良井宿・案内板①:11.54
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*中町の水場横の案内板です。街道の要所要所に、この案内板が設置されていました。

●横水の水場 :11.55
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*中町の水飲場です。

●中町の風景:11.56
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*奈良井宿の中心・中町の風景です。江戸時代は、中町に本陣、脇本陣、間屋などが配置されていました。

●道祖神:11.58
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*中町と上町の境の鍵の手に、「道中安全」を願う双体の道祖神が祀られていました。

●かぎの手の水場:11.59
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*鍵の手に設置された水場です。

●中村邸:12.00
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*中村邸は、漆器商を営んでいた中村家の住居で、天保年間(1830~1843年)の建物です。 2階が少しせり出した出梁(だしばり)造りで、奈良井宿の典型的な民家の様式を残しています。

●高札場:12.02
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*鎮神社の手前に、高札場が復元されていました。

●宮の沢の水場:12.02
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*高札場と鎮神社の間に設置された水場です。

■鎮神社・鳥居と神楽殿:12.03
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*鎮神社(しずめじんじゃ)は、奈良井宿の南側(京都側)の鳥居峠への登り口にあって、鳥居が街道に面しています。昔は、鳥居峠越えの安全祈願やお礼参りで賑わったことでしょう。
**鎮神社は、元は鳥居峠に建立されていた神社で、1582(天正10)年に戦火で焼失したため、現在の地に遷座されたと伝えられています。また、 1618(元和 4)年には 、奈良井宿に流行った疫病を鎮めるために香取神宮から経津主命(ふつぬしのみこと)を勧請しました。その後疫病が鎮まったことから鎮神社と呼ばれるようになったそうです。

■鎮神社・神楽殿と本殿
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*境内の南側から神楽殿と本殿を写しました。本殿は1664年の建築で、屋根が柿葺(こけらぶき)、一間社流造(いっけんしゃながれづくり)の建築様式でした。

■阿形狛犬
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*拝殿前の阿形狛犬です。左前肢で黄金の玉を押さえている岡崎型の「玉取りの狛犬」です。

■畔形狛犬
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*岡崎型の「子取りの狛犬」で、台座に「昭和八(1933)年八月建立」と刻まれていました。

[2]鳥居峠越え②・奈良井宿から鳥居峠を越えて藪原宿へ 続く

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