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2019年10月28日 (月)

[2]鳥居峠越え②・奈良井宿から鳥居峠を越えて藪原宿へ

鎮神社で道中の無事を祈願して、旧中山道屈指の難所と言われる鳥居峠に向かいました。
鎮神社から 車道を100mほど歩くと石の階段があり、ここが鳥居峠への入口でした。
そこから山道と車道をしばらく歩くと、旧中山道の石畳道が現れました。

●旧中山道・石畳道入口:12.14
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*右手に「中山道・石畳道」の標識がありました。ここから本格的な鳥居峠越えの始まりです。

●木漏れ日の中山道:12.27
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*色づき始めた広葉樹の森が続く道**は、木洩れ日で明るく、爽やかな谷風が吹いていました。
**この道の下に広がる谷は、木曽義昌が武田勝頼軍を通撃したと伝わる古戦場跡でした。

途中の中の茶屋で見た説明板によると、「1582(天正10)年2月、木曽義昌が武田勝頼の2000余兵を迎撃し、大勝利を収めた鳥居峠の古戦場である。この時、武田方の戦死者500余名でこの谷が埋もれたといわれ、戦死者を葬った場として、葬沢(ほうむりさわ)と呼ばれる。」と書かれていました。

中山道の前、東山道(とうざんどう)と呼ばれていた時代に鳥居峠周辺が戦場だったことを思うと、江戸時代に鳥居峠を歩いた松尾芭蕉や十返舎一九***の旅は隔世の感があります(現代から見ると、芭蕉も一九の時代も「隔世の感」ですが… )。

***芭蕉は、1684(貞享元)年と1688(元祓元)年に鳥居峠を越え、「木曽の栃 浮き世の人の 土産かな」と「雲雀より うえにさすらふ 嶺かな」の句を残しました。また一九は、1811(文化8)年 に中山道を旅して、弥次さん喜多さんの「木曽街道膝栗毛」を書きました。

●一里塚跡:12.43
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*奈良井宿と鳥居峠の間に復元された一里塚です。

…12時50分に鳥居峠を越えました。鳥居峠は尾根を削った旧国道(狭い車道)の中間地点で、峠を「越えた」というより「通過した」という感じでした。

●鳥居峠・案内図:12.51
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*鳥居峠(標高・1197m)は、伊勢湾に注ぐ木曽川と日本海に流れ出る信濃川の支流・奈良井川の分水嶺です。

鳥居峠から御嶽神社に向かう途中、広葉樹の森にトチノキの大木群が現れました。

●栃の木の大木:12.55
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*近くに「木祖村天然記念物 鳥居峠のトチノキ群」と刻まれた石柱が立っていました。

●熊除けの鐘:12.56
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*栃の木が多いということは、秋には栃の実が落ちて周辺が熊の食料庫になる訳です…。この鐘は、他の場所より強めに鳴らしてしまいました。

■御嶽神社・鳥居:12.58
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*鳥居峠の名は、戦国大名の木曽義元が戦勝祈願のために御嶽山を望むこの地に建てた鳥居に由来すると伝わっています。

■御嶽神社・拝殿
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*山頂の御嶽神社には、北から冷たい秋風が吹いていました。

■御嶽神社・扁額
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*「御嶽山」の扁額です。左上の白い残像は、北風に揺れる紙垂(しで)です。

■御嶽神社・本殿
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*御嶽神社の南側から写した本殿と石碑、石像群です。本殿の北側にも、多くの石碑や石像が建っていました。

●御嶽山(望遠):13.05
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*おにぎり昼食の後、本殿脇の御嶽山遥拝所から眺めた御嶽山(標高・3,067m)の山頂部です。道中の安全を祈願し、御嶽山に向かって拝礼しました。

●藪原宿遠望:13.16
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*御嶽神社から急坂を下りて少し歩くと、木々の間に藪原宿(やぶはらじゅく)の町並みが見えました。南に流れる木曽川や藪原駅も見えて、鳥居峠越えのゴールが確認できました。

檜やカラマツ林に囲まれた九十九折の道を下り、石畳の道をしばらく歩くと、藪原の集落に出ました。

…ここまでの鳥居峠越えで出会った人は、約30人(10組)でした。

*30名の内訳は、14人(2組)が台湾からのツアーの人達、残りの16人は欧米人のペア(20代1組、50~60代7組)でした。外国の人の中山道ウォークがブームになっているニュースを観たことがありましたが、実際に出会った人たちを見ると、企画ツアーで来ている感じでは無く、各人が各々プランを立てて中山道の宿場や街道歩きを楽しんでいるようでした。

藪原宿の町並みに入る前に、中央西線の線路脇に鎮座する藪原神社を参拝しました。

■藪原神社①:13.58
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*一の鳥居は、真つ赤に塗られた両部鳥居です。

■藪原神社②
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*石段を上りきると、石造りの明神鳥居が建っていました。

■藪原神社③
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*急な石段の下から見上げた荘厳な社殿です。
薮原神社の歴史は古く、天武天皇の時代に熊野から勧請したのが始まりと伝わる神社です。そのため、1871(明治4)年に藪原神社に改称されるまで熊野大権現、熊野大神宮などと呼ばれていました。

藪原神社から中央西線の軌道下トンネルを潜り、薮原宿の中心部に入りました。

中山道と高山に向かう飛騨街道の追分でもあった薮原宿は、馬籠や妻籠をしのぐ宿場町だったということでしたが、道筋には往時の面影を残す店や家が少なく、歩く人も少なくて寂しい街道でした。

●藪原駅:14.22
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*ゴールの藪原駅です。入口に、大相撲秋場所で7場所ぶりに優勝した関脇・御嶽海関のV2を祝う幟旗がありました。

1本早い電車でしたが、藪原駅に停車していた電車に乗り、木曽福島駅に向かいました。

【おまけ】
●313系普通列車:14.47
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*木曽福島駅ホームに到着した313系・普通列車です。

●御嶽海関・優勝祝いコーナー
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*木曽福島駅の通路に、地元のヒーロー御嶽海関(出身が木曽福島駅のある木曽町の隣町・上松町です)のV2を祝うコーナーがありました。

列車が木曽福島駅止まりだったので、次の南木曽駅行きの電車が来るまで木曽福島駅前を散策し、観光案内所で鳥居峠や中山道の地図をもらいました。

●NAKASENDO TRAIL
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*観光案内所でもらったNAKASENDO TRAILに、今日歩いた鳥居峠越えの英語版のMAP(日本語版よりも3ランク位い品質が高いMAPです)がありました。

●NAKSENDO WALKING MAP表紙
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*これも観光案内所で貰ったMAPです。案内書のスタッフの方によると、馬籠峠や鳥居峠を歩く人はほとんどが欧米の人で、このMAPを元に歩いているとのことでした。

●NAKSENDO WALKING MAPの馬籠峠越え(男滝・女滝付近)ページ
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今日の歩歩歩数は、17,550歩でした。

[3]馬籠峠越え①・妻籠宿から馬籠峠へ 続く
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