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2019年11月 3日 (日)

[4]馬籠峠越え②・馬籠峠から馬籠宿へ

馬籠峠から下った峠集落に、熊野神社へ上る石段がありました。

■熊野神社・鳥居:11.16
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*鳥居の脇に、「諏訪神社」と刻まれた社号標が建っていました。

■熊野神社・拝殿
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*無事に峠越えが出来たお礼を兼ねて参拝しました。

熊野神社から馬籠宿に下る途中、十辺舎一九の碑が建っていました。

●十辺舎一九の碑:11.23
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*石碑には、十返舎一九が馬籠を読んだ狂歌「渋皮の 剥けし女は見えねども 栗のこはめし ここの名物」が書かれていました。意味は「栗の渋皮のむけたような美女は馬籠にいなかったけど、栗の強飯はここの名物で素晴らしい」でしょうか。
馬籠宿は、古から栗や栗こわめしが名物だったことがうかがえます。

●道祖神:11.33
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*水車小屋の路傍に、「道中安全」を願う双体の道祖神が立っていました。

●石の道標:11.34

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*道祖神の先は石畳の道になっていて、道標には「中山道」の文字が刻まれていました。

石畳の道を経て山道を進むと、周りは竹林や棚田が広がる里山になりました。
棚田の中の街道を進み、車道と交差した所から山の斜面を上って尾根を越すと、馬籠陣馬上展望広場でした。

●馬籠宿・高札場:11.53
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*馬籠宿上入口の高札場を坂下から写しました。高札場には、江戸時代の代表的な高札(当時の法令を往来等に掲示し、民衆に広く周知させる札)が復元されていました。

馬籠宿の中山道は、急な尾根に沿って南北に貫いていて、急坂の両側には石垣が築かれ、家屋敷や店が建っていました。

*馬籠宿の街並みは、1895(明治28)年と1915(大正4)年の大火で、石畳と枡形以外は消失したそうです。その後、復元され昔の面影を残す町並みとなっています。

●馬籠宿①:12.01
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*馬籠宿上入口から少し下った町並みです。馬籠宿**は中山道43番目の宿場で、木曽11宿では一番南の宿場町となります。
**馬籠宿は、かつては長野県木曽郡山口村でしたが、2005(平成17)年の山口村の越県合併により岐阜県中津川市に編入されました。

●馬籠宿②:12.01
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*坂下から写した馬籠宿・上入口と下入口の中間点の町並みです。街道沿いに、永昌寺へ160mの標識があります。

ここから寺道を通って、島崎藤村ゆかりの永昌寺に向かいました。

■永昌寺・本堂:12.06
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*藤村が眠る永昌寺は、島崎家歴代の菩提寺として1665(寛文5)年に創建された臨済宗の古刹です。現在の本堂は、江戸時代後期・寛政年間(1789~1801年)の再建なので、藤村は9才まで遊んだこの本堂や境内をモデルとして「夜明け前」に登場する万福寺を描いたのではないでしょうか。

■島崎藤村の墓:12.07
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*藤村と家族の墓です。藤村の墓標には、「島崎春樹」と本名で記されていました。

永昌寺から中山道に戻り、急坂を下りて12時15分に馬籠宿下入口に到着しました。昼食は、妻籠宿から馬籠宿までの峠歩きゴールを祝って、新蕎麦とビールで乾杯しました。

●馬籠宿から望む馬籠城跡:12.45
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*下入口の馬籠バス停から、南側の馬籠城跡(中央左側のこんもりした森)と田んぼの風景を写しました。馬籠宿から南側は、木曽路の山間部が終わり濃尾平野に向かって開けていきます。

●馬籠宿から望む恵那山:13.12
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*馬籠館の駐車場から、陽が射し射し始めた恵那山(標高2,191m)を写しました。

馬籠発13時25分のバスに乗り、南木曽駅に向かいました。
バスは、今日歩いてきた旧中山道と何度も交差しながら馬籠峠を越えました。峠からは、九十九折の急カーブを下って大妻宿と妻籠宿に出て、14時過ぎに南木曽駅に到着しました。

【おまけ】
馬籠宿下入口で見た用水路の上に、不思議な小屋がありました。

●水力発電機①
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*“小屋の床から落ちている大量の水は、どこから流れてきているのだろう…?”と不思議に思い、すぐ調べてみることにしました。

●水力発電機②
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*用水路の上流から見ると、大きなホースが延びていました。

●水力発電機③
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*横から内部を確認すると、馬籠宿の農業用水路の落差を利用した小水力発電・2号機**でした。
**農業用水路の上流で見た木製水車を利用した1号機と併せて、発電出力は0.9kwとのことです。

南木曽駅発14時44分の列車で木曽福島駅へ向かうため、約40分の時間で木曽川に架かる桃介(ももすけ)橋を観に行くことにしました。

●桃介橋①:14.13
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*桃介橋は、木曽川の水力発電所建設用の機材を運ぶために建設され、1922(大正11)年に完成したた木製の吊り橋です。橋の途中の川岸から西側を写しました。撮影地点は主塔3基の内、中央の主塔から石段を下りた地点です。

●桃介橋②:14.17
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*桃介橋を渡り、西側(木曽川の右岸)から主塔と橋路面を写しました。

●桃介橋③:14.18
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*桃介橋は、全長247.3m、幅2.7m、橋桁の下部に石を積みコンクリート製の主塔3基を備えた美しい吊り橋です。1978(昭和53)年には、デザイン・技術ともに優秀と認められ、国の重要文化財に指定されています。

●桃介橋④:14.22
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*下流の橋から桃介橋を写しました。桃介橋は、1978(昭和53)年には破損・老朽化のため使用できなくなりましたが、1993(平 成5)年に復元され、渡れるようになりました。現在も対岸にある高校の生徒たちが南木曽駅からの通学路として使っているそうです。

●南木曽駅・貯木場④:14.36
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*南木曽駅のホームから南木曽森林管理署の貯木場を写しました。切り出された木曽の杉や檜の丸太が、ホームの端から端まで積まれていました。

●木曽駒ケ岳(望遠):15.55
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*木曽福島から乗車した中央高速バスの窓から見た木曽駒ケ岳(右端・2,956m)です。昨晩から今朝まで降り続けた雨は、高所では雪となっていて、木曽駒ケ岳から茶臼岳に延びる稜線は初冠雪でした。

今日の歩歩歩数は、[3]、[4]、【おまけ】を合わせて24,600歩でした。

END

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