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2021年5月13日 (木)

生田緑地バラ苑と桝形山散策:2021.5.10

今回は、ジョギング+ウォーキングで訪れた秘密の花園と桝形山散策の歩歩歩ポ~ンです。

10時過ぎから野川沿いをジョギング。いつもの小田急線・高架下の道を走り、多摩川水道橋(6.5㎞地点)をゴールとしました。
そこから多摩川に架かる多摩水道橋を渡って、向ヶ丘遊園駅に向かいました。

●向ヶ丘遊園駅・北口駅舎
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*向ヶ丘遊園の駅舎を見るのは初めてです。北口駅舎は、2020年4月にリニューアルされましたが、1927(昭和2)年の小田急開業時の面影を残していて、昭和モダン建築とも言われる腰折れ屋根(マンサードスタイル)が特徴的です。

北口駅舎から線路沿いに西に向かい、地下連絡通路を通って南口に出ました。

●向ヶ丘遊園駅・南口駅舎
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*南口駅舎は、北口より1年前(2019年4月)にリニューアルされました。北口駅舎との違いは、2階の壁に窓が2つありその間に大きな丸時計が掛けられています。

南口のロータリーから、向ヶ丘遊園があった時代に運行されていた向ヶ丘遊園モノレール線**の廃線跡を通って生田緑地バラ苑へ向かいました。
*1927(昭和2)年4月開園-2002(平成14)年3月閉園
**向ヶ丘遊園モノレール線は、向ヶ丘遊園の来園客輸送のために1966(昭和41)年に運行を開始しました。
ロッキード式(跨座式)モノレールを世界で初めて採用した路線で、小田急線・向ヶ丘遊園駅と遊園地の1.1㎞を結んでいました。
2000(平成12)年2月、台車枠に亀裂が発見され運休となりました。修理に多額の費用がかかることが分かり、赤字路線だったモノレール線は、2001(平成13)年2月に廃止されました。

●五ヶ村堀緑地
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*五ヶ村堀緑地は、生田緑地バラ苑とともに藤子・F・不二雄ミュージアムへ行く道となっています。

五ヶ村堀緑地内の散策路では、藤子・F・不二雄の漫画キャラクターのブロンズ像が出迎えてくれました。

●コロ助
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*五ヶ村堀緑地の入口で、キテレツ大百科のコロ助が迎えてくれました。

●オバケのQ太郎とO次郎
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*O次郎(オーじろう)は、Q太郎とP子の弟で「バケラッタ」しか喋れない赤ん坊のオバケでした。

●バラの花壇
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*五ヶ村堀緑地の散策路に、バラの花壇が造られていました。

●パーマン1号
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*次は、パーマン1号です。♪ パーマン パーマン パーマン 遠くで呼んでる声がする ♪ の歌が聞こえてきました。

●パーマン2号
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*パーマン1号の後ろに、チンパンジーのパーマン2号(ブービー)がいました。

●チンプイ
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*マール星人・チンプイです。チンプイの口癖は、「ちんぷいかんぷい」や「しらんぷい」でした。

懐かしいキャラクターを確認しながら、モノレール廃線ルートを歩きました。

新川(二ヶ領用水)の右岸にある入口から、急坂を上り丘陵の尾根の板張り階段をのぼりきると、目の前にバラ苑が広がっていました。

●生田緑地バラ苑・案内図
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●生田緑地バラ苑
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*林に囲まれた丘陵窪地に広がる生田緑地バラ苑は、「秘密の花園」と言われています。

バラ苑をゆっくり観て回りました。春秋の限定期間で無料開園されているこのバラ苑は、向ヶ丘遊園バラ苑を引き継いでいて、見ごたえのある「秘密の花園」でした。
神奈川県 新百合ヶ丘・登戸 4:「向ヶ丘遊園」の歴史
  
40種以上のバラをカメラに収めましたが、その中から厳選した【十花十色】です。

【十花十色】
①ヒストリー(ピンク)
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②トルナード(レッド)

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③アイスバーグ(ホワイト)

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④ルンバ(イエロー・オレンジ・レッド)

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⑤ブルー・フォー・ユー(青みのある紫色)
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⑥グラハム・トーマス(ピュアイエロー)
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⑦グランデアモーレ(レッド)

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⑧プリンセス・ド・モナコ(白地にピンク)
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⑨プリンセス・ミチコ(黄色みを帯びたオレンジ)
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⑩プリンセス・サヤコ(サーモンピンク)
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ばら苑・西口から、丘陵の尾根を歩いて生田緑地に向かいました。

●生田緑地・案内図
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*東口の案内図です。生田緑地は初めてなので、今日は桝形山を中心に回りました。

生田緑地・東口から西口に続く坂道を登りました。

●山下家住宅
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*七草峠に向かう途中、道端から日本民家園内*の山下家住宅*** を写しました。
** 川崎市立日本民家園は、日本を代表する古民家の野外博物館で、 江戸時代の民家など25の文化財建造物が移築されています。
*** 山下家住宅は、江戸時代後期(18世紀末から19世紀初め頃)に岐阜県大野郡白川村に建てられた合掌造りの民家で、御母衣ダム(1961・昭和36年完成)による水没地域から川崎市に移築され、その後日本民家園に移築されました。

七草峠から尾根道を歩き、桝形山を目指しました。

●桝形城址と多摩丘陵・説明板
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桝形山の山頂広場に設置された説明板です。多摩丘陵に築かれた7つの城(桝形城を含む)の場所と説明文が書かれていました。鎌倉時代に、多摩川右岸に多くの城が連なって北の守りを固めていたことは知りませんでした。

●桝形山・説明板
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*桝形山の説明板です。桝形山は、向ケ丘遊園駅の西南約800mに位置し、山頂(標高84m)は東西130m、南北80mの平坦地で、四方は断崖で囲まれた要害の地をなしています。

●稲毛三郎重成と桝形城址・説明板
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*稲毛三郎重成と桝形城**の歴史が書かれていました。
**桝形城は、源頼朝の時代に関東の支配を固めるため、多摩川右岸に鎌倉の防衛拠点として作られました。枡形というのは、山の斜面が絶壁で、山頂が正方形に近い形をしていることに由来します。

●枡形山広場・展望台からの眺望
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*枡形山広場の展望台に登りました。そこから見た北東側の風景です。高層マンション(中央右)の左側に、渡ってきた多摩水道橋をはじめ、今日の歩歩歩コースが一望できました。
**展望台に貼られていた写真には、西側に富士山、南側に川崎市内、東側に新宿高層ビル群やスカイツリー、北側に赤城山が写っていました。

枡形山広場から北側に延びる尾根を下りて、向ヶ丘遊園駅を目指しました。
駅前の食堂で遅い昼食をとり、小田急線沿いの道を歩いて登戸駅→多摩川沿道→多摩水道橋に向かいました。

●多摩水道橋の県境標
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*多摩水道橋中央の神奈川県と東京都の県境・標識です。

多摩水道橋からは、松原通りをジョギング+ウォーキングで帰宅しました。

今日のジョギング+ウォーキングの歩歩歩数は、久々の3万歩超え・32,500歩でした。

END

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