« 生田緑地バラ苑と桝形山散策:2021.5.10 | トップページ | ●ホールカバーその62:2021.5・府中市・多摩区・狛江市 »

2021年5月17日 (月)

穴澤天神社と小沢城址:2021.5.15

今回の歩歩歩ポ~ンは、東京都稲城市に鎮座する穴澤天神社(あなざわてんじんしゃ)と小沢城址です。
*小沢城址のことは、5日前に訪れた桝形山の「●桝形城址と多摩丘陵・説明板」で初めて知りました。
小沢城は、平安時代末期に稲毛三郎重成が築き居城していました。後に息子の小沢二郎重政に小沢城を譲り、自らは東南4kmの地に築城した桝形城に移ったことを知り、小沢城址を訪ねてみたくなったのです。

12時半に家を出て、野川→国領駅→多摩川河川敷(多摩川サイクリングロード)をジョギング、ゴールを鶴川街道の多摩川原橋(6.5㎞地点)としました。
多摩川原橋からは歩いて京王よみうりランド駅に向かい、駅前から穴澤天神社を目指しました。
*京王相模原線で南大沢のアウトレットに向かう途中、車窓から丘陵の中腹に参道や社殿が見え、気になっていた神社です。その神社が穴澤天神社という名で、小沢城址の丘陵に属していることが分かり、小沢城址とともに参拝することにしました。

●多摩川から望む小沢城址
0_r    
*多摩川サイクリングロード(ジョギング4.2㎞地点)から、二ヶ領上河原堰堤と奥の多摩丘陵を写しました。小沢城址は、中央左端の丘陵部です。

●多摩川原橋から望む小沢城址
1_r_20210517104701
*多摩川原橋から、多摩丘陵を写しました。丘陵の右側の白い建物(ジャィアンツ球場)から左が小沢城址で、右側の塔の辺りがよみうりランドです。

鶴川街道から、周りに梨畑の広がる都道124号を歩きました。

●矢野口橋
2_r_20210517104701

*三沢川に架かる矢野口橋(やのくちばし)です。稲城市は梨の名産地で、欄干に梨デザインのレリーフがありました。

矢野口橋から京王よみうりランド駅を経由して、よみうりランドに上る車道を歩いて穴澤天神社に向かいました。

■穴澤天神社・鳥居
5_r_20210517104701
*穴澤天神社の石鳥居と社号標です。社号標には「延喜式内 穴澤天神社**」と書かれていました。
**穴澤天神社は延喜式神名帳所載の穴澤神社に比定される古社で、紀元前423年(第6代・孝安天皇時代)の創建と伝えられています。

■穴澤天神社・境内
6_r_20210517104701

*参道の奥に、拝殿が見えてきました。

■穴澤天神社・御神木
7_r_20210517104701

*穴澤天神社の一角に、境内から掘り出された御神木(巨大な木の根)* * が祀られていました。
** 御神木前の石碑には、「昭和58(1983)年 神輿庫建設をする際、地盤から、一千年有余の巨大な根を発見、これは昔から御神木と伝へられて来た老木であった事が分かり、神輿会有志の尊いご奉仕によって、この根を掘り起こし、今後神社の歴史を語る宝物として、神輿会は東舎を建立し、当社に奉献されたのである。」と由来が書かれていました。

■穴澤天神社・狛犬と拝殿
9_r_20210517104701

■阿形・駒犬
10_r_20210517104701

*江戸流れ尾型の阿形の狛犬です。江戸時代の作と思えないほど手入れの行き届いた狛犬でした 。

■吽形・駒犬
11_r_20210517104701

*台座には、「天保十四(1843)年 三月奉納 石工・巳之吉」と刻まれていました。

穴澤天神社・拝殿
20_r_20210517104701

*穴澤天神社の主祭神は、少彦名命(すくなひこなのみこと)です。少彦名命は、 大国主命の国造りの際に、常世の国から天の羅摩船(あまのかがみぶね)に乗って来て、農業技術、国土開発技術、医療技術、酒造技術の普及に協力した神様です。

■穴澤天神社・拝殿・本殿
22_r_20210517104701

*穴澤天神社の本殿を観るため、外を一回りしました。本殿の北側と東側は崖になっていて、穴澤天神社が北側の丘陵を削って造られたことが分かりました。

穴澤天神社の境内から、小沢城址へ向かう山道を登りました。

■小沢城址への登山道①
25_r_20210517104801

*登り始めてすぐ、振り返って穴澤天神社の境内を写しました。薄暗い森から見ると、神々しい神域の風景が広がっていました。

■小沢城址への登山道②
26_r

*天神坂と合流して、幅の広い山道に出ました。この道は、小沢城址碑のある山頂広場に続いていました。

●小沢城址・石碑
27_r

●小沢城址・説明板
28_r

*説明板には、小沢城が築城された平安時代末期から鎌倉時代、南北朝時代、室町時代、戦国時代に至る城主や合戦の歴史が書かれていました。

●山頂広場
30_r_20210517104801

*小沢城址・石碑のある山頂広場は、緑豊かな空間でした。子供連れの家族や近隣の人達が、板張りの椅子でのんびり休んでいました。

●小沢城址・空堀
32_r_20210517104801

*小沢城址の遺構の1つである空堀が、尾根を横切っていました。

●小沢城址・物見台
33_r

*立て看板のある小高い頂が物見台です。

●物見台の物語
35_r

*物見台の頂に立てられた物語板(看板)です。ここに物見台で敵の動きを見張る武士の辛苦(防人のような物語) が語られていました。

●古井戸跡
36_r

*物見台の頂から小沢城の本郭に降りる途中、道の脇に古井戸跡がありました。左下が説明板です。

●小沢城の本郭跡
37_r

*古井戸跡前に立つ説明板の左側の風景です。下の木洩れ日が当たる平場が、この井戸の水を運んだ小沢城の本郭跡といわれています。

●浅間山①
39_r

*浅間山の頂(標高90m)です。説明板の奥に浅間神社が見えました。

●浅間山②
40_r

*浅間山の頂に祀られている浅間神社の石の祠です。

●浅間山③
41_r
*浅間山から見下ろした北東側の風景です。
真下に京王相模原線の高架があり、上り電車(調布・新宿行き)が走っていました。北側の麓には、稲城市と川崎市多摩区の住宅地が広がっています。中央左側には多摩川鉄橋、中央の枝の上には今日ジョギングで通った国領駅前の高層マンションが確認できました。
小沢城が多摩丘陵の先端に位置していること、鎌倉道・矢野口(多摩川)の渡しを抑える交通の要衝にあること、丘の麓を三沢川が流れる要害の地に築かれていたことなどが実感できる風景でした。

●小沢城址の概要・説明板
42_r
*小沢城址里山の会**作成による小沢城址の概要です。地図上の道筋と平場(黄色)や空堀・堀切(青色)に分けられたエリア図で、城郭全体が概観できる地図でした。
**小沢城址里山の会HP

●浅間山からの下坂①
43_r
*浅間山南側の平場で、スマホのコンパスで方位を確認していた時、浅間山から80歳位のおばあちゃんがスーッと降りてきました。
そこからしばらく一緒に歩いたおばあちゃんは、杖をお持ちでしたが軽快な身のこなしで飄々と歩いています。「お元気ですね。」と声をかけると、「ここは、毎日散歩していますので。」とクールな返しでした。このコースは「小沢城址 多摩自然遊歩道」の名称ですが、麓からは50mほど登り、3つの峰と各鞍部の標高差も20mほどの尾根歩きが続く山道です。正に“スーパーハイカー・おばあちゃん”でした。

●浅間山からの下坂②
45_r

*「浅間山・薬師堂の下に多摩自然遊歩道」と書かれた道標が立っていました。

麓の三沢川に下って稲田堤駅まで歩き、今日のゴールとしました。

【小沢城址コース】
1_20210517104901

*出典:小沢城址里山の会

今日のジョギング+ウォーキングの歩歩歩数は19,700歩でした。

END

« 生田緑地バラ苑と桝形山散策:2021.5.10 | トップページ | ●ホールカバーその62:2021.5・府中市・多摩区・狛江市 »

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 生田緑地バラ苑と桝形山散策:2021.5.10 | トップページ | ●ホールカバーその62:2021.5・府中市・多摩区・狛江市 »